第3話 スズとの秘密

 夢から覚めるべく、君は歩き出した。

 いや。正確には違う。君は目覚めてもいいし、目覚めなくてもいい。

「どっちだよ」

 少年はうんざりした様子だ。状況を説明し続ける謎の声が、ひたすら頭にひびいてくる。

 どうにも『声』と噛み合わず、意思の疎通ができているのか分からない。

 静かに過ごしたい君は、夢でもさわがしいと肩を落とした。

「もうちょっと小さな声にしてくれ」

 ユウが言うと、すこし音量が小さくなる。わずかに遠くへと離れたように感じられた。

 眉を下げたまま、君は薄暗い部屋から出る。


 味噌のやわらかな香りがただよってくる。

 明るいキッチンでは、朝食が作られていた。

「スズ? なんで――」

「ご両親がお仕事の都合で家を空けるから、任せたって」

 隣の部屋に住む少女とは家族ぐるみの付き合いで、幼馴染おさななじみだ。

 ただし、朝食を作ってもらうほどの仲だった覚えはない。

「両親って」

「リュウジさんとルミさん」

 君はうなるばかり。仕事で遠出するという記憶はない。

「変な『声』がずっと聞こえるし、やっぱりまだ夢か」

 ただ寝ぼけているだけだと思っていたスズが、ユウの言葉で真剣な表情になった。

 少女が少年に駆け寄る。おおいかぶさって羽交い絞めにするくらいの勢いだ。勢いあまって、かわいらしいスリッパが宙を舞う。

 圧力に負け、君は後ろに倒れた。

 そのままあちこちを眺められ、頭を触られる。つややかな長い髪とエプロンが身体にまとわりついて、くすぐったい。

 荒い呼吸が聞こえ、少年は身動きひとつできなかった。

「変なもの食べた?」

「え? いや」

 意識がはっきりしすぎている。ユウは、さすがに夢ではないと気づいた。

「夢じゃなかったのか。どこから?」

「早く着替えたほうがいいんじゃない?」

「うん」

「二人だけの秘密にして。その『声』は」

 起き上がったあと、妙な『声』のことは誰にも話さない約束になった。言っても信じないという判断だ。

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