第33話 小説に依存しすぎない、『自己救済』にしない

 これをお読みの方は皆さん昭和生まれの自分よりお若いと思うので、あまりピンと来ないかもしれませんが「小説を書籍化して、人生一発逆転☆」と考える人がいます。


 勉強も出来ない、外見も良くない、体力もないし、コミュニケーション能力もない。

 でも、俺の小説が書籍化して売れたら俺の人生は一変する!


 小説を書くことが「自分の人生を一変させる」「不遇な自分を救ってくれる」という『自己救済』になってしまう人がいるのです。


 自己救済の何が問題かというと「小説が読まれること」より「自分が有名になること」が目的になってしまうことです。

 

 それが叶えられないと、段々と気鬱になっていきます。


 また「頭の中にあることを表現したい」や「人に楽しんで読んでもらうこと」を求めている人より「自分が評価されること」がメインになってしまい、段々、視野が狭くなってしまいます。


「俺の小説が読まれないのはネット小説の流行に乗ってないから」くらいならまだいいほうで、その内「ネット小説の流行は頭が悪い」とか「読者の理解が足りない」と周りや人を攻撃し始める場合があるのです。


 こうなるともうコンビニで安カップ酒を買って、くだをまいてるおっさんと変わりません。


「ネット小説の流行に合わないと思うなら、公募でもすればいいじゃない」とか人に言われて揉めて小説を全消しする人まで現れます。

 

 中には悪の道に手を染める人がいます。


 依頼サイトで「評価します」という怪しいところに手を出したり、複垢を作ってポイント操作をしたり、さらにはユーザーを買ってまで評価を増やそうとする人がいるのです。


 その根底には多くの場合「有名になりたい」「小説を書籍化して、人生を変えたい」という『自己救済』の意図があるのです。

 

 ただ「小説を書きたい」だけならそうはなりません。


 また「コミュニケーション能力がなくても認められる!」も現実は甘くありません。

 

 書籍化された本を宣伝するため、たくさんの付き合いが必要になることもあります。

 

 一冊書籍化されても、次があるかわからず、別のところでまた仕事をもらうため、いろいろなところに顔を出しておいたり、関係を持ったりする必要が生じる場合もあるのです。


 さて、タイトルに、小説を『自己救済』にしない、と書きましたが、ただ、書くことで気持ちが救われるという意味で、自己救済にするのはいいと思うのです。


 抱えていた思いを書く。

 伝えられなかった想いを綴る。


 それによって救われる気持ちになるなら、書くことに意味があると思います。


 ただ、小説に依存しすぎてないか、自己救済が目的になっていないか。


 PV数とかを気にしすぎて、カリカリしてしまった時は思い出してみてください。


 

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