第10話 犯人逮捕

「知らない天井だ。」


この年になってこの台詞を言う機会が訪れるとは思わなかった。結局、留置場のなかで尋問される事も無く朝を迎えた。

ここに入れられたっきりマイルズどころか誰も近寄りもせずほったらかし状態である。まさかこのまま永遠に放置じゃないだろうな。まあ脱獄しようと思えば出来るから大きな問題ではないのだが。

腹時計が朝を伝えてきているので昨日の晩御飯同様、アイテムボックスから取り置きの朝食メニューを取り出して勝手に食べ始める。

特に枷も何も付けられていないので脱獄は簡単にできる。魔法を阻害する仕組みも何も用意されていないので魔法使いを閉じ込めて置く事を想定していなのだろうか。【金属錬成】を使えば目の前の鉄格子を通り抜けるのも組紐の暖簾をくぐるのも大した違いはないのだが。むしろ組紐の暖簾の方が絡まって厄介なくらいだ。


悪戯で鉄格子を中抜きして鉄パイプにする衝動を抑えるのに苦労した。無駄に脱獄してそれでお尋ね者になってもつまらないし、鉄格子の強度を落としたせいで後から入れられる住人が脱獄しても責任取れないし。

代わりと言ってはなんなんだが、周りの石材から成分をちょちょっと抜いておいた。この建物の基礎にも使われていたのがマグネシウムを含む蛇紋石でしかも微量だがチタンも含んでいた。

この世界でチタンは有用な金属材料として認知されていないため産地の情報が出回っていないのでなかなか手に入らないのだ。それが微量とは言えこんな近くで見つかるとは。この石材を切り出した石切場もきっと近所にあるはずなので今度見つけ出して根こそぎチタンを抽出してしまおう。


抽出したチタンを錬成魔法でぐにぐにして遊ぶのもあきてきた。お腹も空いてきたのでお昼の買い出しに牢屋を一旦抜け出そうかなとか考えていたらようやく反応があった。

金属鎧をガチャガチャさせながらそれでも重さを感じさせない足取りでこちらに駆け足でやってくる者が居る。ただ昨日牢屋に閉じ込めた憲兵隊のマイルズ君では無かった。


「おいお前、俺の娘をどこにやった。」


駆け足でやって来た金属鎧の男が鉄格子の向こうから何やら訳の分からない質問をしてきた。マイルズ君の物と意匠の違うやや高級そうな金属鎧を来ているのだが一体何者なのだろうか?

誰か俺にも分かるように説明してほしいものだ。


「とぼけるな。お前が攫った事は分かっているんだ。」


「ええっと、娘さんが攫われたのはいつの事で?」


「今朝だ。教会の奉仕活動に参加するためにお供の家令と向かう途中で襲ったんだろうが。」


「それを旦那様は見ていたのですか?」


「私は急な仕事で夜通し警邏に駆り出されていて先ほど帰ってきたらこの有様だ。だが攫うところを見ていた住人がいたんだ。一人が家令の相手をしている隙に二人掛りで娘を袋詰めにして連れさったと証言があるんだ。」


「それを昨日からこうして一人で牢屋に閉じ込められている私がやったと?」


「あっ…だがお前は一連の誘拐犯の一味なのだろう。さあ、娘をどこにやったか白状しろ。」


一体誰が俺の事を誘拐犯の犯人だと吹聴しているんだ?そもそも誘拐って…


「一連の行方不明事件の事を言っているのですか?行方不明の原因は誘拐だったのでしょうか?」


「い、いや、今回は目撃者がいたから誘拐だと分かったが、今までの行方不明の事はまだ何も分かっていない。」


「そんな状況で今回の誘拐と今までの行方不明を結びつけるとか俺が犯人だと決めつけるとか無理がありすぎるだろう。大体こっちにも守るべき魔力持ちの子供が居るんだぞ。その子達にもしもの事があったら、マイルズお前共犯だからな。」


先ほど先陣切って走ってきた目の前の金属鎧の男の後を追ってマイルズを含めた何人かの男達も牢屋の前に遅れて来ていたのだ。


「なっ、憲兵隊のこの俺がそんな事に加担する訳ないだろうが。」


「だがな、俺から見たら子供達を守ろうと思っていた水の日に都合良く召喚してくる領主が実は黒幕なんじゃないかと疑っているんだぞ。そっちの旦那だって娘が出かける朝に限って臨時で仕事とか。そんな都合のいい命令をしたのは領主じゃないのか?」


「馬鹿言うな。ティグリス様がそんな事する訳無いだろうが。大体うちの娘はキャロライン様の従者候補だぞ。」


「キャロライン様がどなたかは分からないが、これでこちらの関係している子供達に何かあれば俺を犯人に仕立て上げたり旦那に仕事を持ち込んだりが誘拐犯の妨害工作に見えるのだが。

マイルズ、お前に俺が犯人だと吹き込んだのは何所の何奴だ?旦那に仕事を振ったのは誰か?その辺りから真犯人を捜してみても良いんじゃないかい?」


「失礼します。隊長、こしょこしょ」


そこへマイルズ君と同じ鎧を着た若いのが割り込んできた。あの鎧は憲兵隊の鎧なのだろうか。後ろに立っていた二人の男達のうち隊長と呼ばれた憲兵隊の鎧を着た男になにやら耳打ちしている。

もう一人は金属鎧の男とそろいの鎧を着ている。こっちは領主の所の騎士団なのだろう。


「なんと、それは本当なのか?」


「犯行の目的が誘拐であったか不明ですが、子供が襲われたと街の門番に届けがあった事は確認しております。」


「よし。ダラス、アレン、今から西の外町に行くぞ。そこでも襲われた魔力持ちの子供がいたそうだ。」


「じゃあ、その子も拐われてしまったのか。」


「いや、子供は無事らしい。さらに犯人どもを生きたまま捕獲したそうだぞ。」


「ならそいつらを締め上げれば犯人どもの正体が分かるかもしれないか。」


「エリザベス、待ってろよ。父さんが必ず助けてに行くからな。」


「あー、盛り上がっているところ悪いんだけどいい加減にここから出してくれないか。」


「ああっん?お前の容疑が晴れたわけではないのだが?」


「あー、誘拐犯らしき奴等を確保しているのは俺の従魔だ。だから俺が行かないと犯人を解放できないがそれでいいのか?」


「な、何でそんなことが判るんだ?」


「今、【念話】で確認したからな。さあ、どうする?」


「くっ」


マイルズ君は答えに詰まってしまったようだ。そんな判断力ではいざというときに咄嗟に動けないんじゃないかと変なところが心配になった。


「判った。釈放して連れていこう。」


「たっ、隊長っ」


「もう良いだろう。おい、出してやれ。」


マイルズ君が迷っているうちに上司の隊長が決断してくれたようだ。やれやれ、これで念話でここから指示しろとか突っ込まれたらどうしようと一寸ひやひやしたが、ようやく釈放されるようだ。隊長が合図をすると後ろに控えていた牢番っぽい男が鍵を開けてくれた。


「うーん、シャバの空気がうまい。」


まだ鉄格子をくぐっただけで地下だから空気が美味いわけはないのでマイルズ君達が怪訝な顔をしているがまあ良しとしよう。だってこのセリフも一度言ってみたかったし。


「よし。このまま外町に行くぞ。」


「ユージ様、申し訳ありませんが旦那様がお呼びです。」


このタイミングでティグリス伯のお迎えの登場である。


「どうする?」


自分の持っている情報だけでは優先順位付けも取捨選択の判断も付けられないので回りに確認してみる。


「そうだな。ここは一旦、二手に別れよう。伯爵様には私が行って状況の説明しておくから、君達は外町に行って現場の状況と実行犯の確保をしてもらえないだろうか?」


「悪いな、ダラス。伯爵様への説明は任せた。所で、ええっとユージだったか…」


「ああ、ユージだ。で?」


騎士っぽい男の提案に憲兵隊の隊長が同意した後、此方に話しかけてきたので、一言答える。


「ユージだな。ええっと捕縛した実行犯は何人か分かるか?」


「一寸待て。…二人だそうだ。」


「そうか。マイルズ、護送の馬車と手勢を御者を含めてあと四人準備。準備が整い次第、私とアレン副団長、ユージとともに出発。」


「復唱します。護送用の馬車に隊員二人を用意。準備が整い次第、ヨシュア隊長、アレン副団長、ユージを伴い外町に出発。犯人確保後ただちに憲兵隊本部に連行します。」


「よし。ではその手筈で頼むぞ。」


「ダラス団長もお願いします。」


四人で段取りの確認を済ますとまずマイルズが駆け出していく続けてダラス団長が伯爵様のお迎えを伴って出ていく後を俺、ヨシュア、アレンと続く。

しかし容疑者じゃなくていきなり犯人なのだな。物騒なことだ。さっきもそうだが無実の人間を捕まえていきなり犯人扱いとは、30年こっちで暮らしたけど未だに違和感がぬぐえないのは、相も変わらず平和ボケしているのだろうか。


地下牢から憲兵隊の詰所一階を抜けて外に出ると止まっていたお迎え用の馬車にはダラス団長とお迎えが乗り込み伯爵邸に出発していく。

お迎えの馬車を見送っていると奥から別の馬車が引き出されてきた。護送用にしっかりとした造りの箱馬車だ。その後ろにはマイルズと部下?の二人がそれぞれ二頭ずつの馬を連れている。

馬車には若干軽装な平隊員が御者台に二人、馬車後部の左右にある見張りスペースに一人ずつ計四人が別途護送の任務に就くようだ。


「ユージは馬に乗れるか?」


憲兵隊の隊長らしいヨシュアが俺に聞いてくる。此処でダメと言ったら暑苦しい鎧男とタンデムになることを考えるとNoとは言えないな。乗馬はそんなに得意ではないのだが…


「まあ、嗜む程度には?」


「なら、この子を使え。優しい子だから大丈夫だろう。」


そう言いながら部下Bに目で合図している。


「成る程、とても賢そうだ。よろしく頼むな。」


そう言いながら部下Bに手綱を渡されつつ軽く撫でてご機嫌を伺いながら無難に騎乗する。念の為、重力魔法をかけつつこっそりと無属性魔法で支えていたのは秘密だ。仕方がないだろう?だって普段、移動に馬とか使わないし…


************


西門から出てそのまま街道沿いに進むと右手にカルカラの宿屋が見えてきた。宿の回りには人だかりが出来ていた。


「おらー、道を開けろ、此処の者はいるかー」


マイルズが乱暴に人だかりを蹴散らしていく。がさつな奴だぜ、全く。


憲兵隊に続けて宿屋に入るとロレッタちゃんが近寄ってきた。


「ロレッタちゃん、無事だった?けがはない?怖い思いしなかった?」


「ユージさん、はい大丈夫です。ランちゃんが守ってくれたみたいで。むしろ私が気付かないうちに全部終わっていたといっうか…」


「憲兵隊の人に犯人引き渡しちゃうから済まないが案内してほしい。」


「それは俺が案内しよう。」


「貴方は?」


アレン副団長が自分から案内を買って出たカルカラに聞いている。

カルカラは、ロレッタちゃんを直接犯人達と合わせたくないのだろう。


「この宿の主のカルカラだ。」


厨房からカルカラが出て来てアレン副団長達に挨拶すると奥の住居スペースに続く扉を開け奥へと誘う。マイルズを先頭に憲兵隊員達がゾロゾロ進むと裏口の脇の壁に蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされている人型が壁に貼り付けられていた。

その人型の上に陣取っているランちゃんに気づいたのだろうか?隊長と副団長が揃って腰の剣手を掛けたので一言注意しておく。


「その蜘蛛は俺の従魔だから。」


そう声を掛けると隊長達の緊張がほどけたようだ。その前に居たマイルズ君はランちゃんに気づいていなかったようだ。


「ランちゃん、おいで」


声を掛けて両手のひらを前に翳すと天井を伝ってこっちに来ると目の前にツツーとぶら下がってその手の上に降りてきた。


「護衛任務お疲れ様。さすがランちゃん、バッチリ犯人捕まえてくれて凄い凄い。」


そう誉めると片足上げてアピールしてきた。


「イヤー、大したもんだ。そのサイズで二人も捕まえるとは。」


「むふー」


ヨシュア隊長がランちゃんの凄さに感心している。誉められたのはランちゃんなのについ自分の事のようにどや顔して鼻息が荒くなってしまった。


「あー、所でコイツらまだ生きているのか?」


おおっといけない。目的を忘れるところだった。コイツら尋問しないといけないんだった。一人ずつ喋れるようにするか。


「ランちゃん、もう一働き頼む。左側の奴だけ喋れるように顔だけ出して」


そうお願いしたら持ち上げていた脚を伝い降りてきた糸に掛けてピンと弾くとハラリと左側の人型の顔を覆っていた部分が剥がれ落ちた。必殺か。


「ん、なんだ?何が起きた?そっそうだ蜘蛛の化け物が…おおッオイあんた、助けてくれ、蜘蛛が、蜘蛛が、ああああ」


「なんか、壊れっちゃってるけど…」


「アハハ、なんだろうなー、きっと蜘蛛が嫌いだったのかなー」


ランちゃん、あんた一体なにをしたのさ。


************


犯人どもが正気に戻るのに時間を置く必要がありそうなのでその間に憲兵詰所まで護送してしまうこととなり宿の外に止めてある護送用の馬車に詰め込む。


「じゃあ、俺はこれで…はいこれ」


「ああ、どうも…ってはいこれじゃないだろ。」


「っち」


なにか嫌な感じがするので宿屋の前でサヨナラするために手綱をマイルズ君に渡してそのまま家に帰ろうと思ったのだが回り込まれてしまった。この時、無理をしてでも一旦帰るべきだったのだがさすがにこの時の事点ではそこまで見通せなかった。

仕方がないのでとんずらすることはあきらめてランちゃんに引き続きロレッタちゃんの護衛をするように目で合図を送っておく。


「伯爵様を待たせているんだからさっさと行くぞ。」


残念ながら護送車と一緒に憲兵隊の詰所まで戻ってきてしまった。マイルズ君とアレンは残って犯人とお話をするそうだ。お話の様子は見たくないので諦めて憲兵隊隊長に伯爵邸までドナドナされる。


「お待ちしておりましたヨシュア様、それと…」


「ユージだ。」


「ユージ様、ご足労頂きありがとうございます。わたくしティグリス家の執事のロベルトと申します。早速で恐縮ですが伯爵様と騎士団長様がお待ちです。こちらへどうぞ。」


そう言って執事のロベルトに連れられて伯爵と騎士団長のダラスが待つ執務室に連れていかれた。


「ユージと言ったか。よく来てくれた。私がティグリスの領主をしている、ワーレン・ティグリスだ。まあ、掛けてくれ。ヨシュアもご苦労様。色々聞きたいこともあるのだがまずは捕縛してきた犯人どもの事を聞かせてくれ。」


伯爵様も街で起きている行方不明事件は気になって居たようだ。ダラスと二人揃って前のめり気味にヨシュアの報告に聞き入っている。


「すると犯人を捕らえたのはユージの従魔と言うのは間違いないのだな?」


「はい。」


「なぜそう言いきれるのだ?」


「あれを見たら疑いようがありません。何せ蜘蛛の従魔が糸でがんじがらめにして身動きが取れない様に壁に貼り付けられていましたから。」


「そうか。ユージよその従魔は今見れるのか?」


「すみません。念のため護衛対象の子供に張り付かせたままで置いてきました。」


「まだ襲撃があると?」


「いえ、もう無いとは思いますが。」


『じー』


なんか伯爵様が睨んでくる。本当の事を言えとばかりに。


「はぁ、敵いませんね。ランちゃんは隠し玉の切り札なので余り人目に付けたくないんですよ。それなのにコイツらと来たらペラペラと余計なことを口走りやがって。」


そう言ってヨシュアをにらむ。口封じに消した方が良いかも。特にマイルズは煩そうだし声もでかいし。


「仕方がないだろう?上司の伯爵様には報告しない訳には行かないんだから。」


「どうせ隊に帰ったら有ること無いこと大袈裟に話して人気者になろうとするんだろ?」


「まあまあ、そのくらいにしておいてくれ。ヨシュアもダラスもこの事は広めないように。」


「「はっ」」


「特にマイルズ君には口止めしておいてくれよ。あいつ声もでかいし口も軽そうだ。」


「ふふっ、そうだな。マイルズにも忘れずに口止めしておこう。」


「所で報酬はどうする?今回は犯人を捕まえてくれたのだからそれなりに出さないとなのだが…」


「事件の解明に繋がる有力な情報で最高金貨一枚、犯人逮捕に協力したなら最高で金貨十枚が標準の報酬額ですが。」


「まあ、あいつら下っぱぽかったから一人金貨一枚の計二枚でいいぞ。」


「それだけでいいのか?もう少し出しても良いのだが…」


「捕らえたのは、こっちの都合で偶々だし。貰わなくても構わないがそれじゃあ気が済まないんだろ?」


「そうだな。」


「だからそれだけで構わない。後はそうだな。手切れ金にでもしてくれ。」


「手切れ金」


「次何かあっても此方を頼るなってことだ。」


「この後の調査には協力してくれないのか。」


「今回の捕縛は偶々だ。こっちの事情でもあったわけだし。それに捜査に関しては素人だからそんなに期待されてもな。さて、そろそろ帰らせてもらうぞ。何せ昨日から牢屋に放り込まれてて家に帰れていなんでね。」


「なっ、マイルズか。あー、なんかすまん。やっぱり…」


「ああ、もうそういうの良いからとりあえず帰らせてくれ。」


「ふー、判った。ロベルトっ」


「はい」


「ユージがお帰りだ。馬車で送って差し上げろ。」


「承知しました。」


ここまで言えばさすがに諦めたのかようやく帰宅出来るようだ。褒賞金の金貨二枚を貰ってロベルトさんが用意してくれた馬車に乗って二日ぶりの我が家に帰るのだった。

まさかすぐ領主の館にとんぼ返りする事になるとも知らずに。

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