第9話 情報収集
結局、見回りは一旦中止となった。原因がドルトムントが勝手に柵外に畑を作ったことと報告していた魔獣による畑の被害がその柵外の畑の事だったからだ。
次の日、また無職に戻ってしまったレリアさんはお金を稼ぐために朝から冒険者ギルドに出掛けて行った。
朝御飯を食べた後、留守番のリリアと一緒に日課の薬草畑の手入れをする。とはいってもリリアはスライムのスーさんと畑の回りを走り回っているだけなのだが。
畑の隅っこにはドリアードのミキちゃんが根を張った足元から養分を吸収しつつ日向ぼっこをしている。
ミキちゃんは三匹居る俺の従魔の一匹で最初は葉っぱをむしられてガリガリに枯れかけたスモール・トレントだったが回復のために上級回復薬やら万能薬やらMP回復薬やらをガンガン与えたのが良くなかったのか変な副作用でドリアードに進化してしまった。
やはり薬は用量・用法を守って正しく使わないといけないと再認識させられたのだが、まあ元気になってこうして畑で光合成できるまでに回復したので結果オーライだ。
ここ一週間で畑の薬草も充分に成長していたので収穫していく。今日のところは収穫した薬草を早速ポーションにして街の道具屋に納めに行く事にしよう。
****************
「行方不明?」
「そう、魔力を持っている子達がここ一週間で二人も」
「何だそれ。何処かのイカれたカルト教団が変な宗教儀式でもやってるのか?」
「隣国の魔導師狩りの可能性も残っているらしいが、まあ国境に面していないこの街ではその可能性は低そうだがな。」
出来上がったポーションを卸しに街中の道具屋に来て店主との世間話の中で割と深刻な事が起きているのに驚いた。
「街の憲兵達も躍起になって捜索しているのだが、未だ手がかりなしだそうだ。」
「随分と用心深い奴等なのか用意周到なのか、いずれにしても嫌な感じだな。」
「お前んとこも宿屋の娘に確か魔力持ちの子が居たよな。」
「ああ、ただ最近もう一人増えてな。話してくれてありがとう。この後、冒険者ギルドの売店用に納めに行くからそこでも情報を集めてみるわ。」
そう言って納品の終わった街の道具屋から今度は冒険者ギルドに移動する。昼に近いこの時間なら朝の喧騒も既に収まっているはずだ。
『ギー』
軋むドアを開けて中に入ると音に反応してギルド窓口に座っている受付嬢が此方に目線を送ってくる。
最近ギルドに入った何とかいう若い受付嬢だ。声を掛けるか迷っている彼女を片手をあげて軽く制してそのまま売店にいる売り子のお姉さんに声を声を掛ける。
「カサンドラさんおはようございます。儲かりまっか?」
「あぁ、ユージさん。ボチボチでんなーってこれ毎回やってますけど何かの符丁ですか。」
「毎度おおきに。いやー、様式美ってやつですね。でもカサンドラさんだけなんですよちゃんと返してくれるのは。本当ありがたいです。」
「まあこの程度ならお付き合いしますが、新人の子にはあまり変なこと教えないでくださいよ。」
「こんなに気安くできるのはカサンドラさんだけですよ。」
「冒険者の間ではお堅いイメージのはずなのですが…まあご依頼したいこともありましたし丁度良いところに来てくれました。今日は納品ですか。」
「はい、ポーションですがご入り用ですか?」
「では低級を20本ほど。後、お持ちなら魔力回復薬も何本か入れて頂けないかと。」
「それは穏やかでないですね。ゴブリンの巣でも見つかりましたか?」
「いえ、それが…何故か教会から注文が入ったの。」
後半声を潜めてカサンドラがこっそりと教えてくれた。こっそりと教えてくれた情報にあまり公にしたくはないのだろうと声には出さず表情だけでなんじゃそりゃって顔をすると
「不思議よね。でも理由は聞いても教えてもらえなかったのよ。」
回復魔法の使い手である司祭を抱えているはずの教会が魔力回復薬をそれなりの数必要とすることはまああり得るかなとも思うが、ポーションを必要とするのはあまり考えられない。
なにか良からぬことが起きてそうで心配になるし理由も知りたいところではあるのだが…
「女神教は教国が崩壊してからあまりいい噂は聞かなかったんだけど。そういえば回復魔法の使い手も減っているって。魔力ポーションが必要なのはそのせいなのかしら?
あぁ、でも先月確か西の田舎の教会にある孤児院で”聖女”が見つかったらしいのよ。久しぶりの明るい話題で持ちきりだったのよ。
なんでもその教会の司祭は、その功績で国の中央教会の司祭として迎えられたとか。」
「ふーん。同じ司祭でも地方の教会の司祭と中央教会の司祭では同じ司祭でも偉さがだいぶ違うみたいですから出世なんですかね。」
「そうね。中央教会に属しているだけでお偉いさん扱いらしいじゃないの。」
「しかし教会が沢山のポーションを必要とする理由が気にはなるところですが。
とりあえず手持ちの魔力回復薬を少しだけ置いていきます。もっと寄越せとなったらそれをネタに理由を問い詰めてもらってもいいですか?」
「そうね。私も何だか心配だし。それは任せておいて。」
「お願いします。ではこれ魔力回復薬です。足りなかったら言ってください。」
そう言ってアイテムボックスから作りおきの魔力回復薬を取り出した。
「はい、確かに。」
そうしてギルドでポーションをさばいた後に肝心の行方不明事件のことを聞いてみた。
「えっ、行方不明?ギルドでも把握しているけど守秘義務があるからあんまり話せないわよ。」
「それもそうですね。こっちで聞いた話だと魔力持ちの子供が何人か行方がわからなくなっているってことだけど…」
「ハッキリしているのは正確には二人ね。先々週に一人で先週にも一人」
「先週?先々週?」
「どちらも決まって水の日に居なくなっているのよ。」
こちらの世界の一週間は元の世界と同じ七日間で曜日も日曜日が光の日以外は一緒で水の日は水曜日だ。今日は火の日、つまり火曜日だから明日一日は要注意日ってことだな。
「決まって水の日って情報だけでも助かるよ。勿論別の日も油断できないけど。」
「どういうこと?ユージさん、お子さんは居なかったと思うけど。」
「結婚すらしていないのに勝手に子持ちにするな。弟子みたいになっている魔力過多だった子が居てね。後、最近お隣に住み着いた親子も魔力持ちなんで心配でね。」
「ふうん、じゃあ私との子供作ってみる?」
「ほぴょ、おいおいおじさんをかりゃかうなよ。」
カサンドラがいきなり爆弾を突っ込んで来たから変な風に噛んでしまった。
************
冒険者ギルドでの用事と情報収を済ませ終わったのが昼過ぎであったので昼食と行方不明の件の情報提供を兼ねてマーサさんの宿屋を兼ねた飯屋に寄ることにする。
「いらっしゃい、あっユージさんいらっしゃい。」
宿屋の一階にある飯屋でランチタイムのお手伝いをしていたロレッタちゃんが俺を見て笑顔で迎えてくれた。
以前は熱を出して寝込むことも多かったのだが今は元気に家の手伝いが出来るのが嬉しいと言っていたからやり甲斐もあるのだろう。日替わりの焼肉定食を頼んで空いている席に座る。
食べ終わる頃にはお昼のピークも過ぎ他に客も居なくなったので遅い昼の賄い飯を持ってマーサさんとロレッタちゃんが並んで向かいに座る。
「食べながらで良いから聞いてほしいんだが…」
と断ってから今日街中で聞いてきた魔力持ちの子供達が行方不明になっている話をした。
後から来たカルカラが二人の倍の速度で食べ終わった昼食を片付けて一息吐いたところでロレッタちゃんの事を相談する。
「ロレッタちゃん、昨日の今日で申し訳ないのだが属性の調査は少しだけ待った方がいいな。」
「えっ、それはどういうことですか?」
「魔法学校の事とか混乱させるだけさせておいて済まないが今は街中で魔力があることを知られない方がいいだろう。」
「はい」
「まあ行方不明に巻き込まれないようにこの騒動が解決するまでの辛抱だ。将来の事を考える時間が少し延びたとでも思っておいてくれ。」
「…はい。」
「話は変わるんだけどロレッタちゃん、蜘蛛って得意?」
「蜘蛛ですか?虫の?」
「うん。正確には虫じゃないけど、触ったり出来る?」
「得意ではないですけど…あんまり大きくなければ、部屋に紛れ込んできた子をこう…パクっとして外に逃がすくらいなら出来ますよ。」
そう言って両手のひらを丸くして隙間で囲んで捕まえる振りをして見せている。
「なら大丈夫かな?」
そう言って俺は右手のひらを丸くして隙間ができるようにテーブルに置く。実際は影になってれば良いだけなんだけど。
「ラン、おいで」
闇属性魔法の【影忍び】で俺の影の中に潜んでいたランちゃんを手の中に呼び出した。
「「「っう」」」
ロレッタちゃんだけでなくカルカラとマーサさんの三人が息を飲む。
今までスライムのスーさんとドリアードのミキちゃんは三人とも知っているのだがある意味暗部の役割を担ってもらっていた蜘蛛の魔物のランちゃんは見た目のインパクトが強いこともありその存在を隠していたのだ。
「今まで見せたことなかったけどこの子も俺の従魔のランちゃんだ。まあ見ての通り蜘蛛の魔物なのでみんなにお披露目するのはちょっと遠慮していたんだが…」
そう言ってランちゃんを乗せて手のひらを返しロレッタちゃんの前に出す。
「隠し駒で切り札なので周りには存在を秘密にしておいてほしいのだけど。」
「なら、何で見せた?」
カルカラが頬を引きつらせながら聞いてきた。
「この子をしばらくの間、ロレッタちゃんに張り付けておこうかと。まあ、護衛だな。この子が一緒に居れば何処にいるか分かるから万が一行方不明になっても追いかけられるのだが、どうかな?一緒に居ても平気かな?」
ランちゃんは体長5cm程で魔獣のヒュージスパイダーなどと比べればそれほど大きくはないのだが丸いお腹とがっしりした脚にビッチリと毛が生えているのが特徴の大土蜘蛛科らしいいかにもな見た目なのでダメな人にはダメだろう。
だがウチのランちゃんは賢いので手のひらで片足を上げて大丈夫アピールをしている。とても可愛い。
ロレッタちゃんが恐る恐る手を出すのを見てマーサさんが最初にギブアップした。
「むりー、あたしにゃムリー」
と言って奥に引っ込んでしまった。
「おっおい、大丈夫なのか。」
「なんか毛がショリショリしてます。」
どうやらロレッタちゃんは行ける方だったようだ。カルカラは頑張っているけど手はでなかった。まあ無理をしなくてもいいんだけど。
ロレッタちゃんが水をすくう様に両手のひらを出すとランちゃんがその上にゆっくりと移っていく。
「二人とも大丈夫そうかな?」
そう訪ねるとランちゃんが手のひらの上で振り返って此方に片足を上げてアピールしてくる。
「うん、大丈夫そうだね。ランちゃんは人の言葉が分かるから色々とお話ししてみてね。大丈夫なら片足を上げるしダメな時はバツね」
そう言って説明してあげるとまたロレッタちゃんの方に振り返って片足上げてのアピールからの左右前肢クロスのバッテンをして見せる。とても可愛い。
「ランちゃん凄い。私の言うことも分かるのかしら?」
その問いに答えるように今度は前肢で○を描いて見せた。それを見てニコニコと微笑むロレッタちゃんを見てどうやら問題なく受け入れてもらえたようだと安心する。
後は家に帰ってからスーさんにリリアと一緒に居るように念を押しておけばいいか。
************
仕事に戻るマーサさん達にランちゃんを預けておいとまし、一人トボトボと歩いて家に帰ると家の前に貴族のお屋敷で普段使いするくらいの豪華さの馬車が止まっていて執事服を着た若い男が所在投げに立っていた。
馬車までおよそ20mの所まで近付くとようやく向こうも此方に気付いたようだ。
「此方にお住まいの魔法使い様でしょうか?」
「あぁ、此処に住んでいる魔法使いだが?」
「あぁ、良かった。ようやく帰って来られた。此方をご確認下さい。伯爵様からの召喚状になります。
明日伯爵邸まで来るようにとの内容になります。この場でご返答を頂きたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。」
領主様の使者のようなのだが言葉遣いは丁寧だが言っている内容はこちらの都合などお構い無しである。まあ貴族なんてそんなものだろうが。
「あー、明日はどうしてもはずせない用事があるので明後日以降にはならないだろうか?」
どんな理由での召喚かすら説明されないまま話が進んでいく。だが明日は行方不明が起きている水の日だ。子供達に付いていないと心配である。
するとただの護衛だと思っていた騎士っぽい男が話に割り込んできた。
「ただの平民ごときが口答えするとはご領主様の召喚に逆らうなど不敬であるぞ。」
「明日は魔力持ちの子供達の護衛があるから別の日にならないかと言っているだけだろうが。」
「何を言っている。お前こそ行方不明事件の犯人だろうが。」
「はあ?何言い掛かりを付けやがって。護衛の邪魔をする気か。はっはーん、さてはお前共犯者だな。護衛の邪魔をしてその隙に子供達を拐う気だな!」
怒鳴り込んできた騎士モドキを勢いで煽ったら顔を真っ赤にしてプルプルしている。
「キサマ、ティグリッサ憲兵隊副隊長のマイルズ様に向かってなんて口の聞き方」
そう叫ぶと腰の剣に手をかけた。どうやら抜かないだけの理性は残っていたようだ。しかし憲兵か。こいつらめんどくさいんだよな。
「この場で切り殺されたくなかったら黙ってさっさと馬車に乗れ。」
「あれ、召喚はあしたじゃなかったっけ?」
「これからお前はこのアレン様が直々に取り調べてやる。覚悟してさっさと馬車に乗れ。」
こんな無駄な取り調べとかしているから行方不明事件が解決しないんだよとか言ったらまた騒ぎだしそうなのでおとなしく馬車に乗り込む。
ただ、微妙に高級な馬車だからあんまり格好つかないし後から乗り込んできた使者さんも困惑ぎみだ。
微妙な空気感の車内で使者さんと二人、沈黙に耐え続けていると馬車は城壁の門をくぐり抜け中央通りを進み貴族街入り口の監視塔に併設された憲兵隊の詰所前で止まった。
これでようやく気まずい沈黙から解放されると思うと一安心だ。
「しばらく此処でおとなしくしていろ。」
憲兵隊の詰所に連れてこられてそのまま牢屋に放り込むとマイルズは何処かに行ってしまった。
使者さん?「では明日お迎えにあがりますね。」とかいってさっさと引き上げていったよ。
明日のいつ頃来るつもりなんだか…
結局、マイルズは帰ってこないし。取り調べはどこ行ったんだ?
マイルズもだが他の誰も気にしていないようで晩御飯にありつけるのか心配になってきたが、よく考えるとこんなところご飯がマトモな訳無いから出されてもむしろ困ると思い直した。
なので晩御飯が出ないのをいいことにアイテムボックスからマーサさんの飯屋で採取旅行用に作りだめしてもらっていた餃子定食を引っ張り出して美味しくいただいた。
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