第6話 顔合わせ
次の日の朝、いつもの時間に起き出して朝食の支度をしながら今日の予定を考えた所でラリーから今日以降の予定を聞いていなかったことに気がついた。
まあ、何かあれば言ってくるだろう。それまでは庭の薬草畑の手入れでもしていれば良いか。
今日の予定が決まったので朝食にする。今日はレリアさんは来ないようだ。昨日の狩りで疲れたのだろうか。
別に約束をしているわけでもないし【探知】で様子を調べるのも不味いかと外の気配だけさらっと探って何もなかったので食べ始める。久々に独りのボッチ飯なのでちょと寂しい。
気を取り直して野良作業用のローブに着替え麦わら帽子を被り薬草畑の手入れを始めるのだが、この前まで採取で暫く家を空けていたので薬草も雑草も延び放題だ。
『ズモモー、ズモモー』
とは言え鎌で草刈りをするでもなく鍬で耕す訳でもなく土魔法で雑草を抜き伸びきった薬草を収穫し、次に備えて収穫が終わった畑を掘り返しておく。最後に畑全体に魔力が浸透するように魔力で出した水を撒いて終了だ。魔力で生成した水分は直ぐに魔力と共に拡散してしまうので同時に大気中の水分も集めて魔力水と半々位で撒いておけば土中に程よく魔力が浸透した薬草畑の完成だ。
両手を前に出し指先から水芸のごとく出して水やりをしているとラリーが何とも言えない仏頂面で近寄ってきた。
「昨日、言い忘れていた明日の話をしに来たんだが…いつ見ても何度見ても気持ち悪いな、それ。」
「ほっとけ、それで明日の話ってなんだ?」
人のこと気持ち悪いとか酷いことを言いながらキョロキョロしている。なんか探しているのか?
「今日はレリアさんは一緒じゃないんだな。」
「なんだ?惚れたか?ミーシャさんにチクるぞ?」
ミーシャさんはラリーの奥さんだ。子供は男の子が二人。ラリーも合わせて男三人の手綱を握っているしっかりものだが美人という理不尽さだ。全くラリーのくせに生意気である。
「そんなんじゃねえよ。明日の会合の話だ。見回りメンバーの顔合わせをしておきたいんだそうだ。だからレリアさんにも参加のお願いしないとなんだが。」
「それなら俺から後で伝えておこう。」
「すまんな。頼むよ。」
「まあ、とりあえず寄っていけ。昼飯も食べていくだろ?」
「いや、直ぐ済むから。明日は朝と昼の間の鐘のころ家に来てくれ。鐘がなったら"西中"の集会場に集まることになってる。」
「了解。何か必要なものはあるか?装備とはどうすれば良い?顔合わせだけなら剣やら鎧やらは必要なさそうだが。」
「ガチのフル装備でなくても良いけど一応武器くらいは持ってきてくれ。もしかしたらそのまま見回り範囲の確認とかで柵の外に出る流れになるかも知れないから。」
「じゃあ、昨日と同じ位に用意しておくよ。」
「頼むな。さて帰ってミーシャの作ってくれた昼飯を食べに帰らないと。」
そう言ってラリーは家に帰る。ミーシャさんの作った昼御飯が用意してあるようだ。全くしっかり者なのに美人でその上料理もうまいとかやっぱりラリーのくせに生意気である。
まあそれはさておき、改めて自分の分の昼御飯を作るか。
『ギー、ジャバジャバ』
珍しいことにリリアが先に起きてきたようだ。外の井戸で水を汲んで顔を洗っている。
「おはよう。リリア」
伸ばした手が微妙に届いていないタオルを探しているので渡してあげながら声をかける。
「ぷはー、魔術師様お早うございます。」
「ふふ、もうお昼だけど。レリアさんはまだ寝ているのかい?」
「んー、一応起きてるけど毛布の上に座ったままボーとしてる。」
ふーん、レリアさんが寝坊とは珍しいな 。ん?毛布の上?布団とかベットではなく?まあ、後で確認すれば良いか。
「お昼ご飯、一緒に食べるか?作っておくから母ちゃん起こしておいで。」
「ご飯。お腹すいたー。母ちゃん起きろー」
ご飯に過剰反応して家のなかに戻っていった。レリアさんの寝坊は昨日、魔法使いすぎたせいかな。そうなるとお昼の献立はあんまり重たくない方がいいかな。でもリリアはがっつり食べそうだし、こりゃちょっと難しいな。
結局、大皿に盛ったパスタとサラダ、あと篭にパンを入れて置き各料理を各自で好きなだけ取って食べられるようにしたのだが、リリアは勿論レリアさんも結構しっかり食べていた。
しっかり食べてちょっとだけ回復してきたレリアさんに食後のお茶を勧めながらさっき気になったことを聞いてみた。
「レリアさん、さっきリリアと話をしていて気になったのですが、もしかして寝るのにベットに布団がない状態ですか?」
「…えぇっと」
「あぁ、答えづらいですよね。今日は午後時間もあるし材料も有るからレリアさんさえ良ければお布団作りませんか?」
「…お言葉に甘えても宜しいのでしょうか?」
「昨日、あのあと魔法の練習をして魔力を使いきりませんでした?」
「…はい。」
「やっぱり。でもあまり良く眠れていないから魔力が回復しきっていない見たいですし。練習を続けるならしっかり休んで回復できる様にしないとですよね。」
「魔術師様のおっしゃる通りです。昨日の疲れからか今日は寝坊してしまいましたし。」
そう言ってレリアさんが目線をしたに向ける。あぁ、しょんぼりしている。エルフ耳までしょんぼりしているのでとても分かりやすい。ちょっと話をそらすか。
「そう言えば明日朝から例の見回りに向けての打ち合わせをするそうです。」
「あ、はい。分かりました。」
「なので明日の朝と昼の間の鐘が鳴る前にラリーの家に集合して鐘がなったら街道沿いの集会場に移動となりますのでー、んー、昨日と同じくらいに朝御飯を食べに来てください。」
「朝、ご一緒しても宜しいのでしょうか?」
そう言えば何かいつの間にか一緒にご飯を食べるのが当たり前になってるな。
「ふふ、何か今さらでしょう。まあ、無理にとは言いませんが…」
そう言ってレリアさんの様子をうかがうとまんざらでも無いようなの少しほっとした。
「有難うございます。」
さっきの様に目線が下に行くがしょんぼりしているわけではないようだ。エルフ耳的に。何かパタパタしているが、この反応は初めて見た。
「明日は一応武器くらいは持って集合だそうなのでその予定でいてください。まあ、朝食食べた後に準備すれば十分間に合うでしょう。」
「はい。そのつもりで支度をしておきます。」
「ではそろそろお布団作りを始めましょうか。」
そういってお茶セットを片付け布団を作り始めた。
****************
昨日の布団作りは結局一組だけ仕上げて終わらせた。もう一組出来上がるまでは、二人一緒の布団で我慢してもらう。大きめに作っているからそこまで窮屈ではないはずではあるが。
次の朝、朝食を食べに来たリリアとレリアさんを見て安心した。どうやらゆっくり眠れたようだし魔力も回復しているように見える。
「おはようございます。昨日はゆっくり眠れましたか?」
「おはようございます。魔術師様」
「おはようございます。」
「お布団とても寝心地が良く、おかげさまでぐっすり眠れました。」
「お布団、ふかふかでやわやわだった。」
「それは良かった。じゃあ、朝ご飯にしましょう。支度はできているので冷めないうちに食べちゃいましょう。」
今朝も手抜きで相も変わらずベーコンエッグだ。今日はカリカリベーコンの上に目玉焼きの組み合わせにしてみた。
あとは、パンとサラダ。お米もあるので和定食もできるのだがレリアさん達の口に合うか分からないのでまだ試していない。
朝食後、各自装備を調える。今日のお昼の分を含め三食程度をアイテムポーチに忘れずに入れれば準備完了だ。
途中でラリーが合流して来たのでまだ鐘が鳴る前だが街道沿いの集会場にいくと他の地区のメンバーは既に集まっていた。
「遅いぞ。ラリー。わしを待たせるとはけしからん。」
"西南"代表のドルトムントがその出っ張ったお腹を揺らしながら抗議してくる。
「いやぁドルトムント、そう言うお前は随分と早いじゃないか。」
『リンゴーン、リンゴーン』
そうラリーが返したところで丁度鐘が鳴り出した。
「あぁ、遅れてた訳ではなかったな。」
「うるさい。全員揃ったなら話を始めるぞ。」
そう言って集会所に向かうドルトムントの後にゾロゾロと着いていき中の会議室でそれぞれの地区のメンバーに別れて席につく。
「では臨時の西地区集会を始めるぞ。…」
そうドルトムントが切り出して唐突に会議が始まった。仕切りたがりなのだろうか勝手に進行していくがこんな茶番に付き合わせておいてお茶の一杯も出さないとは、全く困ったものだ。仕方がないのでお茶は自前で用意することにした。
アイテムボックスから湯飲みを3つとティーポットを取り出す。ティーポットは入れたてをそのままアイテムボックスに放り込んだので熱いままのお茶が楽しめる。合わせてお茶請けに煎餅の入った木皿を出しておく。煎餅を食べるときのボリボリいう音が地味に嫌がらせになるだろう。
ふと気づくとドルトムントが話を中断して此方を睨んでいる。
「あぁ、こちらは気にせず話を進めてください。」
「ぬぐぐぐ」
血管が切れそうな位真っ赤な顔をして此方を睨んでいる。このまま血管切れて倒れてくれたらこんな面倒なことしなくて済まないかなとか思っていのだが、どうやら気を取り直したらしくまた話始めた。
「…ではお互いに知らないメンバーもいる事だし…そうだな、先ずはカルカラから自己紹介してくれ。」
唐突に挨拶を終えたかと思ったら急にメンバー紹介しろと言い出した。いきなり話を振られた"西中"代表のカルカラも面食らっている。
「"西中"代表のカルカラだ。それとナギルとエミリアの二人が"西中"の見回りメンバーだ。」
「おいおい、そんな若造で大丈夫なのか?」
〈〈〈〈〈…お前が言うな…〉〉〉〉〉
ドルトムントの連れてきた二人の男のうち金髪のチャラそうな若い男が茶々を入れてきた。確かにカルカラが紹介した"西中"のメンバーは二人とも15,6で成人したての若者だがお前みたいなチャラ男に"大丈夫か?"とか言われたくないだろう。
ナギルは"西中"の肉屋の三男坊でエミリアはカルカラの所の長女だ。どちらも家業は長男が継ぐようなので下の子達はいずれは独り立ちする必要があるから今回の魔物討伐は冒険者としての練習には丁度いいのか。
「こう見えて二人ともEランクの冒険者で討伐依頼もこなしているぞ。」
「ふぅん、そうかい。精々俺達の足を引っ張らないように気を付けるんだな。」
何でこいつはこんなに上から目線なんだろう。よっぽど腕に自信があるのだろうか。見た感じはただのチャラ男にしか見えないんだが。
しかしナギルもエミリアもすでにEランクとはたいしたもんだ。確か二人とも今年15歳で成人したばっかりでようやく冒険者登録できたばかりのはずだから余程腕が立つのだろうか。
「まあそう言うなローグ。若い二人には精々期待しよう次、ラリー」
ローグとはあのチャラ男の事だろうか。ドルトムントが一旦止めてラリーに俺らを紹介するように促してきた。
「あぁっ、"西北"のラリーだ。あとレリアさんとユージだ。レリアさんはDランクの冒険者で今回は"わざわざ"西北"で依頼して来てもらっている。西北は俺を含めた三人で持ち回りでの参加だ。」
ラリーがわざわざレリアさんを雇ったことを勿体付けて紹介している。うちら"西北"は、今回のために身銭を切って使える人材を雇ったことを強調してドルトムントへの貸しにしようとしている。
「やれやれ、牛と鶏に使われている"西北"の奴らには今回の魔物討伐は無理だから妥当な判断だな。いくら使えない"西北"の奴らとは言えこれで怪我でもされて変な言いがかりを付けられたらたまったもんじゃないしな。」
先程からいちゃもんを付けているローグが此方にも茶々を入れてきた。我々が住んでいる"西北"地区は酪農と養鶏を主な産業としているのを指して"牛と鶏"的なヤジなのだろうか?今一分かりにくかったのか皆 "なに言ってんの?"って顔をしている。
「そっちこそ鍬もろくに振れそうにないそんなひょろっちい兄ちゃん達で大丈夫なのか?怪我しても知らんぞ?」
ラリーが律儀に切り返している。さっきのヤジが滑った感じになっていたローグが一寸嬉しそうに言い返そうとしてドルトムントに止められている。
「"西南"のドルトムントだ。で、こっちがローグ、こっちがキルドだ。」
ドルトムントの簡単な挨拶で一通りの紹介が終わったので具体的な見回り作業の内容の確認となったのだが、やっぱりもめている。
「だから討伐した物は討伐した地域で分けるべきだと言っておるだろうが。その地域を荒らしていたんだからその地域の住人に還元すべきだろうが。」
「ドルトムントよう、それでは見回り参加者に利益がない。討伐した獲物は討伐者の権利としないと誰も真面目に見回りなんかしなくなるぞ。」
「そこは各地区で何とかすれば良いではないか。」
「ならそもそもの見回り自体を各地区で何とかすべきだろう。うちら"西中"地区は農作物に被害が出ている訳では無いのだから 見回り自体そんなに必要無いわけだし。どう思うラリー?」
「そうだな。では見回りも討伐した獲物も地区毎でどうにかするで良いんじゃないか。」
「うるさい。大体"西北"で獣をこっちに追いやっているから"西南"で被害が増えたんじゃろうが。だからお前らが責任持って討伐するべきだろうが。」
「おいおい、ドルトムントさんよ。言いがかりは止めてくれ。"西南"の被害が増えたのは、お前らが森の伐採を進めずに畑だけを広げたから森と畑の間の緩衝地帯が狭くなったせいだろうが。」
「ぬぐぐ、判った。討伐した獲物は討伐者の物でいい。」
どうやら2対1で形成が不利と見たドルトムントが折れてきた。折角なので追撃してみよう。
「ええー、見回り自体を各地区毎の方が良いんだけど。」
「やかましい。問題事に"西"全体で当たるのは当たり前だろうが。」
「その割には、被害が多い"西南"を重点的にとか自分達の利益ばっかり主張しているな。」
自己利益の追求を隠しもしないドルトムントを追い詰めていると何故かローグがチンピラ紛いの挑発をしてきた。
「何だお前、良い年して魔物が怖いのか、おっさん?」
「おお、怖い怖い。南の猪は餓えて獰猛だから怖い怖い。だから南は勇敢な南のお兄ちゃん達で見回ってな。」
「さっきからうるさいぞお前、議論の邪魔をするな。いいか、見回りは共同で、討伐した物は止めを指した討伐者の権利、これで決定だ。」
ドルトムントが押しきって来た。からかうのも面倒になって来ていたのでそのまま流す。もともと討伐者の権利さえ確保できれば後は妥協する予定だったし。黙って流したので言った本人のドルトムントが驚いていたが、見ない振りをして煎餅に手を伸ばした。
煎餅をかじっていたら会議は終了でこの後は西門から外に出てみるそうだ。何も起きなきゃ良いのだが…
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