第2話 レリアさんちの事情
「ただいまー」
今日も一日街の外の森を一日かけて食料を探してきたのだが手に入れられたのは食べられる野草ばかりでお肉になるような獲物は一匹も取れなかった。
野生の角ウサギや大鹿も見かけたのだが得意の弓が弦が切れてしまって使えない今、ナイフだけではなかなか捕まえられない。
家でお腹を空かせているであろう娘のリリアのためにと頑張ってはいるものの弓を直すためのお金もなく、何もかもが上手くいかない状況が続いている。
「お母さん、お帰り。」
出迎えてくれる娘のリリアの声にほっとしつつも今日も手ぶらで帰ってきたことが申し訳なく思えて気持ちが沈んでいく。
「お母さん、こっちこっち、早く」
そんな私の気も知らずにニコニコと手を引くリリアに連れられて行くとテーブルに何やら並べられている。
「お母さん、凄いの!晩御飯。お肉さんなの!」
ここ何日もウサギの一匹も取れていないので当然肉など家にはない。一体どうやって手に入れたのだろう。
しかもしっかりと調理されたそれは美味しそうな匂いを放ち空腹の胃袋にぐりぐりと突き刺さってくる。
「リリア、あなたこの料理、どうしたの?」
空腹と混乱でうまく言葉が出てこない。ミュロの葉に乗せられた作りたてとまでは言えないがまだ多少の温かさが残っているそれは野菜と肉の炒め物だろうか。
「えっと、これは神様の贈り物なの」
「か、神様?」
「そう、神様。神様の贈り物をお願いして分けてもらったの。そしたらとっても美味しかったからお母さんにも食べさせたくて持って帰ってきたの。」
まさか本当に神様が降臨したわけではないだろうが、どういうことだろう。何処かの神官が分けてくれたのだろうか?
「とっても美味しいの。母さんにも食べてほしいの。ねぇねぇ食べてみて」
どうやって手に入れたかは、全く分からないがリリアの思いと空腹に耐えられずつい一口食べてにしてしまったのだが…
「?」
ほんのり温かさの残るそれは野菜の歯ごたえと肉?の濃厚さとしっかりした味付けで何とも言えない美味しさであった。しかしこのお肉はいままで食べたことがない食感である。一体何の肉なのだろう?
余りの美味しさに全部食べてしまいそうになったが、物欲しそうに料理を見つめるリリアに気づいて残りを半分分けてあげた自分をほめてあげたい。
「「ごちそうさまでした。」」
久しぶりにまともな料理を食べた気がする。量が少ないのは仕方がないとあきらめよう。
今は冒険者ギルドの依頼のついでに森で積んできたハーブを入れた食後のお茶を飲んでいる。
「美味しかったよ、リリア。分けてくれた神様に感謝しないとだけど…どこの神様かしら。」
「ええっと、空と地の神さまって言ってたと思う。」
「それは神様が?」
「ううん、隣のお家のひと。」
『ぶふっ』
思わず飲みかけのお茶を吹き出してしまった。
一週間ほど前にこの空き家に潜り込んだのだが、隣には防御魔法で固められた近寄るだけでも危険な家が建っていた。
おそらく力がある魔導師様の工房か何かなのだろうが留守なのか人の気配はしていなかったのだが、そういえば今日帰ってくるときにお隣の窓に明かりがさしていた。
まさか隣の魔導師様の所から貰ってきたのだろうか?
魔法自体は私でも使える。ダークエルフも含めエルフという種族自体が魔法の能力が高いのだが中でも基本属性のうち土と水の二属性に加え闇属性魔法が使える私は魔法使いとしても能力が高い方だ。
だからこそ分かるのだが隣の家はだめだ。高度な魔方陣による結界魔法でこの家も含めたここいら一帯が守られているだけでなく認識阻害や人除けの効果までが付いている。
私自身は闇属性持ちなのでこの家も隣も認識できるが、魔力を持たない人族ならば家があることすら気付けないだろう。おそらく導師クラスの高レベルの魔法使いの工房なのではないだろうか。
この世界で導師クラスの魔法使いの権力は大きく高位貴族並みであり機嫌を損ねたり逆らったりすれば命に係わる危険な存在なのだ。
その後、リリアから食べ物を持ってきた時の様子を詳しく聞き出すうちに死を覚悟したのか過去の出来事が走馬灯がよぎるのだった。
****************
私たちを含むエルフ族は人族による奴隷狩りの対象となっていたため魔物の住む森の奥深くで逃げ隠れるように住んでいた。
特に私たちダークエルフは、森で暮らすエルフからも迫害の対象となっていたためにさらに山の中に追いやられていた。
そんな私が生まれたのは山の中で8世帯30人ほどが暮らすダークエルフの集落だった。
幸い弓と魔法で戦えるのと山の恵みで小さな集落ながらも食べるものにも困ることなく平和に暮らしていたのだが、100歳を超えたころに私たちの集落は森のエルフたちの襲撃を受け両親は殺され生き延びた人も山の中に散り散りに逃げていったようだ。
私は捕まって奴隷として森のエルフの集落に連れていかれた。
森のエルフは魔力資質は高いが体つきは華奢で我々ダークエルフの方が体力があるため薬草畑を耕すなど労働力のための奴隷として畑を耕す日々となった。
森のエルフは性欲自体が低く繁殖力が弱いため人族と違い性奴隷として慰み者になることは暫く無かったのだが、収穫祭の夜に若いエルフのグループが酔った勢いで一人の気弱そうな子をけしかけてきた。
どうやら意中の女性に告白する度胸を付けるために私相手に童貞を卒業しておけということらしいのだが、私だって初めてなのだからそんな理由で襲い掛からないでほしい。
その後の告白は上手く行ったのどうかも知らないが結局その男の子は族長の三男坊でその後ときどき私の所にこっそり来ては行為に及んでいくようになった。
いくら繁殖力が低いとはいえヤルことをやっているのだからそうなる可能性もある訳で気が付けばリリアを身ごもっていた。
族長家の初孫であったことと出生率が低く子供は宝として部族全体で大事に育てる風習が有ったため、ダークエルフの私とのハーフということで含むところはあったのだろうが奴隷部屋から村はずれの離れに親子揃って移されて妾扱いで生活自体は最低限食べていけるギリギリではあったが母子共に暮らしていくことを許されていた。
そんなリリアも大きな病気や怪我も無くようやく魔法の勉強を始めるくらいに育ったころ再び集落が襲撃されたのだった。
「ギャー」
「捕まえろー」
「そっちに行ったぞー」
今度の襲撃者は人族の奴隷商に雇われた傭兵団の様で集落のそこかしこから火の手が上がり悲鳴が聞こえてきた。
私はともかくリリアが人族の奴隷にされるのはあまりに不憫なのでこの騒ぎに乗じて逃げ出せないかと思ったが奴隷の拘束が思った以上に頑丈で逃げ出せずに居るとそこに例の三男坊が片手に弓、もう片方の手の中には鍵束を握りしめてやってきた。
『ガチャリ』
「人族の奴隷商が雇った傭兵達が攻めてきている。此処にもいずれ来るだろう。その前に一緒に逃げ出そう。」
“別に一緒でなくてもいいのだけれど…”
今までも拘束はそれほど厳しくなかったので逃げ出すことは簡単だったのだが幼いリリアを連れて森の中を彷徨うよりもと思い集落に残っていたのだがこのまま残っていては悲惨な運命が待っていることは明白なのでリリアの手を引いて檻から出ようとした時だ
「ぐぁー」
檻の死角から現れた傭兵が三男坊の後ろから斬りかかった。
「なんだ、男か。手加減して損したぜ。本当エルフって奴は男も女もなよっとして後ろからじゃ区別が付きゃしねえ。ああ男のエルフに用は無いんで…」
「エアカッター」
「ウグ」
『ガシャン』
背中を斬られながらも振り返えった三男坊も最後の力を振り絞り倒れながらも【風属性魔法】のエアカッターを傭兵に撃ち込んだ。
「クッソ、油断した。俺の手が」
だが斬られた体で放った魔法では致命傷には至らなかったようだが傭兵の利き腕に大きなダメージを与える事は出来た。お陰で持っていたロングソードを落としており大きな隙をレリアに晒していた。
【ダークバインド】
【スリープクラウド】
その隙を見逃すことなく得意の【闇属性魔法】で傭兵の動きを封じ込めた。動けない間に近寄り傭兵が落としたロングソードを拾って止めを刺す。
「なにか良いものを持っていてくれると良いのだけれど…」
そう言いながら止めを指した傭兵と三男坊の持ち物を探る。
傭兵が持っていたロングソードはレリアには長すぎる上に重すぎたので諦めサブウエポンであろう大振りなナイフを抜き取り腰に挿し、小銭とポーション、携帯食料が入っていたウエストポーチを腰からはずすとリリアの肩から斜め掛けにする。
三男坊からは弓と矢、スローイングダガーを2本と腰からぶら下げていた革袋を中身をろくに確かめずに抜き取る。
「お肉の人、死んじゃったね。」
リリアが三男坊を見ながら呟く。この男はリリアの父親なのだが彼女にとってみれば、たまに肉を持ってきてくれる人でしかなかったようだ。
「逃げるよ。此処に居たら私達も殺される。」
「わかった。」
森を目指して駆け出した。この騒ぎである。逃げ出した私たちに森エルフの誰かが気づいたとしても自分が逃げることで手いっぱいであろう。
幸い人族の傭兵に見つかることもなく集落から離れ以前に集落があった山を目指して進んでいくと運がいいことにダークエルフの少し大きな集落にたどり着くことができた。
しかも其処には生まれた時の集落から逃げてきた夫婦がいてその夫婦の協力でリリアと二人何とか暮らしていけるように取り計らってもらえたのだ。
だがやそこは元々森のエルフの迫害から逃れてきたダークエルフ達が作った集落なので森エルフとのハーフであるリリアに冷たい目を向ける者が多く居た。
「この山を越えた向こう側の国は我々エルフやドワーフなどの妖精族も獣人族も差別の無い国があるそうだよ。」
私達を助けてくれた夫婦の奥さんに聞いた噂話にすがるように夜逃げ同然にダークエルフの集落からも逃げ出したのだった。
****************
「リリア、よく聞いて。これからお隣の魔導師様の所に謝りに行きます。」
「なんで?」
「お隣の魔導師様が神様にお供えした食べ物をリリアが勝手に持ってきてしまったからよ。
人の物を勝手に持ってきたら泥棒になってしまうわ。
それにもしこの食べ物が神様の力を引き出すための魔術の触媒だったら私たちが食べてしまったことで魔術が失敗してしまうかもしれないでしょう?
そうなったら魔導師様を怒らせることになるから、もしかしたら魔法で殺されてしまうかもしれないの。」
「そ、そんな。私、お腹がすいていて、目の前に置かれたから…それに美味しくてお母さんにも食べてほしくて…」
リリアが目に涙をためて小刻みに震えている。母親思いの優しい子だ。
脅かすつもりはないのだが危険なことをしてしまったのだと理解させる必要がある。震える体をそっと抱きしめて頭を撫でる。
「リリア、リリアが母さんのことを思ってくれたのはとっても嬉しかったの。貴女の事は母さんが絶対に守ってあげるから魔導師様の所に一緒に謝りに行こうね。」
「うん。」
リリアが落ち着くまで待ったのでだいぶ夜も更けてしまっていたが、お隣の窓にはまだ明かりが灯っているのが見える。
お詫びに行くなら早い方がいいだろうと覚悟を決めてお隣の玄関をノックする。
「ハイハイー」
思っていたより軽い返事がした。これならばそれほど深刻なことにならないのではないかと淡い期待を抱いていると人族の若い男が玄関のドアを開けて出てきた。
「あの、その、初めまして。私はパルミレリアと申します。どうぞレリアとお呼びください。」
「あっはい。」
「娘のパルミリリアです。リリアと呼んでください。」
「あっはい。」
私たちが挨拶をするとそれに返事を返すだけでいっぱいいっぱいになっている。
どうやらあまり事情を理解できていないようだ。比較的穏やかな性格の人族なのだろう。
あるいはまだ神様のお供え物を私とリリアが食べてしまったことに気づいていないのだろうか?
あぁ、だがこれはだめだ。淡い期待は出てきた人族の男と目を合わせた瞬間に吹き飛んだ。
最初の印象はあまりぱっとしない普通の人族に見えたのだが目を合わせた瞬間、強者の放つプレッシャーに晒されて膝が震えだす。
目の前にいるのにもかかわらずその魔力を感じることができない。それなのにこのプレッシャーである。
その強大な魔力を完全に制御できているために漏れ出る魔力を感じ取ることができないのだろう。その圧力のために自然と膝をついて頭が下がる。
「申し訳ありませんでした。」
そこから先のことはあまり覚えていない。気がついたら一週間ほど前に住み着いた家に戻って朝を迎えており何故か【魅了】のスキルが増えていた。
しかもスキルレベルがすでに3になっているなんて…
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