お隣のダークなエルフさんは子持ちでバツイチでした。

街狸

第1話 久しぶりの我が家

「ただいま~」


久しぶりの我が家だ。まあ、独り暮らしなので答える人は居ないのだが。

ティグリス伯爵領の領都ティグリッサの外れの空き家だった鍛治工房を三年前に買い取り以来ここを拠点として冒険者家業を続けている。


転生特典で【言語理解】と【錬金術】のスキルを もらったは良いのだが気がついたときには田舎町の教会に捨てられた孤児だった。

もっとも拾ってくれた教会のシスターにポーション作成を教わり近所の冒険者を引退した爺さんに森の歩き方を厳しく叩き込まれたお陰でそれなりの暮らすには充分すぎる位のチートスキル持ちに育ててもらえたお陰で今も家を買えるくらいに暮らすには充分な余裕がある。


鍵の代わりに掛けた封じの刻印を外しながら窓の鎧戸を開け空気を入れ換える。

ついでに風魔法で埃を巻き上げて窓から外に捨てたあと生活魔法の【クリーン】をかけて三週間ぶりに帰ってきた我が家に溜まった汚れを掃除は終わりだ。

前世に比べて文明はだいぶ遅れているがその分魔法技術が発達しているので部分的にはむしろ充実していたりする。

ここ三週間で採取してきた素材を整理して冒険者ギルドの依頼品をまとめ直し納品にいくついでに外でお昼を食べることにする。

長期間家を開けていたので食料のストックはスッカラカンなので帰りには色々と買い込む必要がありそうだ。アイテムボックスにもストックはあるので古いものからこちらも使っていこう。

久しぶりに帰ってきた街の中心にある商店街市場を回ってあれこれ買い込んではアイテムボックスに突っ込んでいく。

一通り見て回って帰る頃には一応アイテムボックス持ちなのを悟られないように両手に荷物を抱えて帰路につく。

もっとも軽く【認識阻害】もかけているしそもそもこんな冴えないアラサーのおっさんに注目するような変わり者はまずいないだろうが用心するにこしたことはない。

遠くに我が家が見えてきた。そう言えば朝、ギルドに行くときに気づいたのだがこの三週間留守にしていた間に空き家だったお隣に誰か引っ越してきたようだ。

不在がちで引きこもりなんて怪しさ満点の錬金術師のお隣に引っ越してくるとは結構肝が座っている人なのだろうか。

そういえば、この家を購入するついでに空いているからと隣も一緒に購入してたからこの家の大家は俺になるのか。

領都の東側が新たに拡張された影響で人の流れが変わり 西の外れのここいらへんはすっかり寂れてしまい過疎化が進んでいたのでそこを格安で購入したわけだ。建物は解体して庭として拡張しようと思ったまま手を付けずにうっかり忘れていた。

見たところ壊れたりゴミが散らしたりと荒れた感じはない。

どうやら野盗の類いではない様なので、まあ今すぐどうこうしようとも思わないし面倒なので今日の所は様子見と言うことで放置しておこう。

何か犯罪めいたことをしているようであればその時はお上にお恐れながらを訴えれば良いのだし。


それより晩飯だ。韮が美味しそうだったので晩御飯はレバニラ炒めにしようと買ってきた韮とアイテムボックスから取り出したレバーの下ごしらえをしていると外から此方を伺うようにしている気配がする。

早々害もなさそうなので気付かないフリをしつつ作業を進める。


『コトコト』

『ブクブク』

『トントン』


胃袋が定食を欲しているので米を炊き味噌汁も勿論用意してキャベツの千切りまで用意したところで炒め始める。


『ジャー』


味噌汁が良い香りを漂わせ始めた頃から隠れている気配の持ち主がそわそわし始めて最後の炒め物を仕上げる頃にはもうバレバレだった。出来上がったレバニラ定食を用意した二人分の食器に配膳し片方を開いたままの腰窓の広めの窓台に置く。


「えー、空と地の神よ今日の食事に感謝し喜びを分かち合います。なむー」


適当に祈りを捧げると窓から離れて取り分けてあった自分の晩御飯を食べ始める。


「うめぇ、韮とモヤシがシャキシャキだ」


わざとらしく声をあげて一口食べて後は普通に食べ進めながら窓を見ていると小さな手が延びて皿を引き寄せると一心不乱に食べ続ける気配が伝わってきた。どうやら餌付けは無事に出来たみたいだ。


****************


お母さんと一緒にたどり着いたこのお家に住み始めてから何日くらい経っただろうか。お母さんが得意の闇魔法で【認識阻害】を掛けているため勝手に住み始めたことを注意する人は誰もいなかった。

この辺りは何故か人が少なくスラムでもないようなのだが、少し古いが空き家が何軒かあった。その中でも一番きれいな掃除をすればすぐにでも住めそうなこのお家をこっそり借りている。

お隣には少し大きなお家がある。こっちも誰もいないみたいなんだけど家具や荷物があるからここはお留守なだけだろうとお母さんが言っていた。

朝、葉っぱが入った味がしないスープを飲むとお母さんはお仕事に出掛けていった。

お母さんは弓の名人で森の中ではよくウサギや鳥を捕まえてくれたのでお肉を食べることが出来たのだけど、この間森で怖そうな人間たちに追われた時に弦が切れてしまったのでウサギや鳥が捕まえられなくなってしまったと言っていた。

お金がないと弓を直すこともお肉を買うこともできないからなんとかお金を稼ごうとお母さんは頑張ってくれている。でも武器がないので冒険者のお仕事もあんまり出来なくてなかなか上手くいっていないみたい。

お母さんが頑張ってくれているのはわかっているけれどお腹もペコペコでそろそろお肉さんが恋しいの。


お母さんがいない間はお家から出てはいけないと言われているので窓から外を見ているとずうっとお留守だったお隣のお家の窓が空いているのが見えた。

人族の男の人が一人でお掃除していたのだが終わったらしく外に出てくるとそのまま街の方に歩いていくのが見えた。

お昼ご飯に朝の残りの冷めたスープを飲むと後はお腹がすくのでお母さんが帰ってくるまではなるべくじっとしているとさっき出掛けて行ったお隣さんが大きな荷物を抱えて帰ってきた。

あの中には美味しい食べ物が詰まっているのだろうか?そう考えると我慢できずに外に出てお隣のお庭まできてしまっていた。

しばらくすると初めてなのになぜか美味しいと判るの匂いがしてくる。すいたお腹を匂いで一杯にしようとクンクンしていると今度はお肉さんの匂いがしてきていつの間にかお隣のお家の窓の下でクンクンしていた。

中の人がこっちに近づいて来るのにハッとして慌てて窓のしたで息を殺して固まっていると何かを窓に置いたあと


「えー、空と地の神よ今日の食事に感謝し喜びを分かち合います。なむー」


空と地の神様なんて聞いたことがないけれどお供えとお祈りをしたあとまた離れていく。


「うめぇ、韮とモヤシが…」


少し離れたところから声がした。ご飯を食べ始めたようだ。今なら大丈夫かな?見つからないだろうか?

恐る恐る窓から顔を出すとこちらに背を向けて椅子に座って食事をしている男の背中が見えたと同時に目の前に置かれたお供えの匂いが胃袋に突き刺さった。


「ちょっとだけなら大丈夫…かな」


食事前のお祈りをしてから何故か取りやすいようにこちら向きに置かれていたフォークで一口食べてみた。


「ムグん」


始めて食べる味だけれどとっても美味しくて思わず変な声が出ちゃった。はたと気がつくと半分ほどを一気に食べちゃっていた。


「そうだ。お母さんにも食べさせてあげたいな。」


キョロキョロと回りを見回すと幅が広くお弁当を包むのに使われるミュロの葉っぱが置いてあったのでこれに残りのご飯を包んでいく。


「お母さん、待っててね。」


残りをすべて葉っぱに包む。美味しそうに食べる母の顔を思い浮かべながらそうっとその場を離れた家に戻っていく。


****************


食事の後片付けを済ませ食後のお茶をしていると控え目に玄関をノックする音がした。


「ハイハイー」


長期の外出から帰ってきて早々訪ねてくるような知り合いに心当たりがないボッチなので誰だろうと思いながら玄関を開けるとそこには見たことがない女性が二人立っていた。


「あの、その、初めまして。私はパルミレリアと申します。どうぞレリアとお呼びください。」


「あっはい。」


「娘のパルミリリアです。リリアと呼んでください。」


「あっはい。」


俺、ハイしか言ってないし。するとレリアさんが娘と名乗ったリリアさんの手を引き二人揃って玄関先の土の上にしゃがみこむと


「申し訳ありませんでした。」


きっちりと土下座する。どう見ても姉妹にしか見えない二人が母娘である事に気を取られていたので反応事態は遅れたがまあ何でこんなことをしているかは大体察しが付く。


「この度は魔導師様の物に手を付けるなど恐れ多いことをしでかし申し訳ありませんでした。何卒幼い子供の仕出かしたこと、私は如何様にも罰を受けますのでこの子には寛大なお慈悲を賜りますようお願い申し上げます。」


どうやらこの母親にとっての俺は悪辣な魔導師でその持ち物に手を出した娘にあんなことやこんなことをするのではないかと恐れおののいているようである。

こんな冴えないおっさんのどこにそんな怯える要素があるのか不思議なのだが、母娘二人生きていくのにそれなりに苦労してきたのであろう。

しかも褐色の肌に長い耳、まさかのダークエルフである。こんな田舎町は勿論、人口がそれなりにある領都や王都でも滅多に見られないエルフのしかもダーク種である。

伝説のレアxケモンの色違いくらいのレアさである。言葉では言い表せないくらいの苦労が合ったであろう。


このままではらちが明かないのでとりあえず立ち上がらせて家の中に招き入れる。

怖がって固辞するかと思ったのだがすんなりと招待に応じる辺り覚悟を決めてるのか度胸があるのか、最初の言動からするとちょっと意外な感じがした。

ダイニングのテーブル席に着かせお茶の仕度をする。お茶請けにクッキーを添えて出すと途端に娘のリリアの方がソワソワし始めたが母親のレリアの方は俯いたままだ。


「冷めないうちにどうぞ」


そう言って勧めながら並んで座っているレリアとリリアの向かいに座る。

リリアが俺と母親をキョロキョロと交互に顔色をうかがい大丈夫そうだと判断したのかクッキーをニマニマしながら食べ始めたタイミングで母親のレリアが俯いた状態から上目遣いでこちらを見ながら切り出した。


「あの、私は何をすればよろしいのでしょうか?」


[【魅了】をレジストしました。]


あざとい。あざといぞレリアさん。子持ち熟女の小顔美人が上目遣いで瞳をウルウルさせながら見上げてくるとは。30過ぎのおっさんには破壊力が有りすぎてむしろ逆効果だ。


「私はどうなっても構いません。どうか娘は見逃して頂けませんか?」


[【魅了】をレジストしました。]

[【魅了】をレジストしました。]

[【魅了耐性】のレベルが3に上がりました。]

[【魅了】をレジストしました。]


なんとなくテーブルに置いていた俺の左手を両手で包み込むようにして額を付けて懇願しながらちょいちょい上目遣いでこちらに目を会わせてくる。

その度に脳内に警告メッセージが表示される。


[【魅了】をレジストしました。]


それに会わせて闇属性の魔力が送り込まれてくる。そう言えばとなりの家にも【認識阻害】が掛かっていたっけ。この人は【闇魔法】属性のスキルを持っているからこちらが使っていた【認識阻害】を突破できたのかな何て呑気に考える。

なるほど。こんな切り札が有ったから誘われるままに家に上がってきたのか。今まで母娘二人で無事に居られたのもこの魔法のお陰って訳か。

30過ぎのおっさんには少し刺激が強すぎたし【魅了耐性】スキルも良い仕事をしてくれた。なんかこの年になってスキルレベルもあがったし。


「大丈夫、安心してください。何もしませんから。」


何が大丈夫で、何処で安心できるのか説得力の欠片もないのだが、ようやくレリアさんも落ち着いてきたようでポツリポツリと事情を話始めた。

レリアさん達の部族は隣の国との国境にある大森林の真ん中を走る山脈の向こう側で暮らしていたが50年ほど前に隣の森に住んでいるエルフ族の族長がダークエルフ嫌いの男に代替わりすると度々ダークエルフの村にちょっかいをかけ始め遂にはレリアさんがいた村は武力で占領されてしまったそうだ。

娘のリリアはその時に出来た子でダークエルフとエルフのハーフになるそうだ。


そのエルフ達も人族の奴隷商人に襲われるようになりエルフ達からの監視が緩くなった隙に村ごと逃げ出して国境を越えたこちら側に新たにダークエルフの集落を作り住み始めた。

ところがダークエルフの集落で今度はエルフとのハーフであるリリアが疎まれ始めたので仕方がなく人族の町に逃れてきたそうだ。

思ったよりもずっとヘビーな内容だった。


たしかにこちら側のシュトラ王国では、エルフだけでなく獣人族もドワーフやホビットのような妖精族も数自体は少ないものの差別なく普通に暮らしている。

町に出て来てからは、ギルドで冒険者登録したDランク冒険者として生活していたのだがやはりレアxケモンなので悪い人達に追いかけられ逃げるようにここまでやって来たそうだ。


「壊したり汚したりしなければ、このまま隣を使うのは構わないんですが…」


「このまま私達が住み続けてもいいのですか?」


「どうせ今は使っていなかったし」


「でも、お家賃とかお支払い出来そうにないのですが…」


レリアさんはDランク冒険者なのでここ要らへんの討伐依頼などソロでもこなせるほどなのだが、悪人から逃れてここに来る途中でメインの武器である弓の弦が切れてしまい、依頼が受けられないので修理代も用意できず武器がないので稼げないと負のスパイラルに陥ってしまっていた。


「お仕事のことは明日にでも相談しましょう。弦もうちの倉庫を漁れば何か使えるものがあると思うのでツケで直しても良いですし。

修理の費用もお家賃も後からきっちり返していただきますから先ずは稼げるように成ってもらわないと。」


「ありがとうございます。」


ようやく安心できたのかほっとした表情で立ち上がると深々と頭を下げお辞儀をする。

そう、座っている俺の目の前にはお辞儀をするレリアさんの頭のてっぺんとその下には着古して首周りがヨレヨレになっている服の隙間から見える柔らかそうな二つの双丘が…


[【魅了】のレジストに失敗しました。]


しまった。こんなチラリズム欲求を刺激してくるスケベシチュエーションなど久しくなかったので耐性が著しく低下していたらしい。段々と頭の中がピンク色の靄に包まれていく。


『どごん』

「ふぎゃ」


どうやら晩御飯も食べた上にクッキーにまで手を出してお腹いっぱいで眠くなりさっきから船を漕いでいたリリアが遂に寝こけてテーブルに頭をぶつけたようだ。


「はっ」


リリアの立てた音で正気を取り戻せた。ラッキースケベ恐るべし。危うくダークサイドに堕ちるところだった。


「きょっ、今日はもう遅いからこれからどうするかは、また明日相談しましょう。リリアちゃんも眠たそうだ。」


油断してまた魅了されないように念のため体内を循環する魔力を少し高めながら問題の詳細は明日に先送りして体勢を立て直すことにする。


「あっ、そうだ、これを持っていきなさい。」


そう言って今日買ってきた荷物の中からパンと卵を二つ取り出してから、キョロキョロする。

このままむき出しのパンと卵を一緒にするのは不衛生なので手頃な入れ物を探すが見当たらないので仕方なく手近の皿とスプーンを手にとって魔力を流し【錬成】魔法を発動する。

平らだったお皿をパンと卵が入るくらいの深さに変形し真ん中をスプーンで作った間仕切りで仕切る。最後にもう一本追加したスプーンで持ち手を作り完成だ。

中にパンと卵を入れてレリアさんに手渡す。

玄関までお見送りをすると今度は無言のまま深くお辞儀をすると今にも寝落ちしそうなリリアの手を引いて戻っていった。

玄関先では魅了されなかった。きっと体内魔力循環量を増やしたからで決して立ち位置の関係で胸元が見えなかったからではないはずだ。

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