ぐっどないとべいべー

佐々木実桜

ねむれねむれ。

突然だが私には好きな人がいる。


隣の席のもりくんだ。


テストの点数も運動神経もいい。


ただ授業態度は最悪。


体育を除き授業は大体寝ているのである。


なぜか教師陣はそれを許しており、授業中は彼の寝顔を見放題だ。


最初は単に羨ましかったし、妬ましくなったこともあった。


なんで寝てばかりで成績がいいんだとか、寝るなら学校に来るなとか、なんで怒られないんだとか。


いつしか私ははそんな寝てばかりの森くんを嫌いになっていた。


だって、私は授業中に寝たことなんてないし凄く真面目に受けてるのに、理解できないことが多くてあまり頭が良くないのだ。


嫉妬して嫌ってしまうのも無理はなかったと思う。


そんな私の考えに変化が訪れたきっかけがある。


ある日、また森くんは眠っていて、私は過去最大級に理解できない問題と戦っていた。


私は全く理解出来ていないのに、先生は「まあみんな余裕だよね」なんていって説明も飛ばし飛ばしで、周りには理解出来ていない子なんていなくて到底聞ける状況じゃなくて、諦めかけていた時、


「どこが分からない?」


と隣から声がしたのだ。


眠っていたはずの森くんはいつの間にか目を覚ましており、私の方を向いていた。


「えっと、ここが…」


私が分からないところを指さすと彼は納得したように頷き、説明をし始めた。


「ここは…だから…」


その説明は驚く程に分かりやすく、そして何回か「分かる?」と確認もしてくれて、過去最大級だと思っていた問題はいとも簡単に解くことが出来た。


「ありがとう、森くん」と言おうとして顔を上げると彼は既に眠っており、結局お礼は言えずじまい。


その時間は終わってしまった。


そこからだ、森くんのことが気になり始めたのは。


休み時間含めずっと眠っているのかと思ったらそんなことはなくて、いつの間にか起きていてそしていつの間にか眠ってるようだった。


元々の顔が整っているのだろう、寝顔は本当に素晴らしいもので、タダで見ていいものなのかと不思議な気持ちにすらなる。


そして、彼は人が困っていることに気づくことが得意だということに気づいた。


私が気づくきっかけになったあの時間が珍しかったわけではなく、彼は人が困っているといつの間にか起きているのだ。


日直の子が荷物が重くて困っている時とか、授業中に当てられて誰も答えられなくて先生が不機嫌になりそうな時とか。


最初は困っている時だけだと思ったが、実はそんなことは無かった。


どんな些細なことでも彼は最初に気づいた。

一番興味がなさそうなのに、私が少し髪を切ってきた時にさらっと「似合っている」と言われたことがあったのだ。


少し照れくさかったがとても嬉しかった。


その後にも教えてもらう機会は多くて、でもまともに話す機会が見つからず、お礼と、そして聞きたいこととかを聞くことはしばらくできなかった。


ある日、やっと彼と話せる機会ができた。

彼が日直の時に担任に頼まれ事をされ、放課後に残ることになったのだ。彼と二人きりで。


彼は起きていた。


やっと話せると思って、心のなかで喜んだのだ。

その時点できっと負けていたのだろうな。


「森くん、この前はありがとう」


「…数学か。どういたしまして」


森くんは少し、硬い話し方をする。


「うん。あのさ、ひとつ聞いてもいい?」


「俺に分かる事なら」


正直、彼に分からないことはなさそうだけれど。


聞いてもいいことなのかとても悩むが勇気を振り絞って聞いてみる。


「なんでいつも寝てるの?」


「そんなことか。簡単な話だ。」


簡単な話?


「俺は夜、家で眠れない。人の存在を感じなければ眠ることができない。幼い頃に両親を亡くしてからそうなってしまった。」


知っていても怖いけど、知らなかった。

彼はご両親を亡くしていたらしい。


「それは、大変だね。不眠症か。」


「少し違う。人がいてやっと眠ることができる。好意を抱いた人の傍だともっと深く。」


「失礼は承知で聞くんだけど、よく高校受かったね?」


「俺は天才だから」


すごい自信だ。なんの恥ずかしげもなく真顔で言い切った。


「天才だから、俺がいる高校は得をするようだ。全国模試で一桁代を維持していたら眠っていても良いという許可を得て入学した。」


次元が違う話、通りで先生達も怒らないわけだ。


「凄いなあ、私はあまり頭良くないから、そんなのありえないや」


「中井は頭は悪くない。理解に時間がかかるだけできちんと話せばちゃんと分かる。」


なんか慰められてしまった。


「ありがとう。あ、最後にきいてもいい?その、誰かが困ってる時に気づいたら起きているのはなんで?」


「匂いがする」


「匂い?」


「困ってる匂い」


相変わらず真顔で、彼はフィクションのような話を始めた。


「人より鼻が利く。困っている匂い、悲しい匂い、そわそわしている匂い。全てわかる。」


「それで、人が困ってたら起きるの?」


「ああ、勝手に睡眠の助けにしているから助けるべきかと」


心なしか眉毛が下がっている。


彼は本当に不思議だ。


「そっか、ごめんね。色々聞きまくって。」


「気にしなくていい。」


そういうと彼は仕事は終わらせたようで、「また明日。」といって帰っていった。


「天才かぁ、でも大変そうだなあ」


「なんだ、森の話か?」


やっと用事を終わらせた担任が教室にきた。


「はい、さっきまでいたんです。」


「ああ、すれちがったぞ。少し嬉しそうだったな。」


嬉しそう?なにそれみたい。


「森くんが嬉しそうとか、先生分かるんですね」


「そうだな、あいつ割とわかりやすいぞ」


うちの担任は少し変わっているかもしれない。


ほとんど真顔の森くんを分かりやすいなんて。


「そうなんですか?私ほとんど分からないです。」


「そうだなあ、例えば、中井と話してる時なんかは少しはしゃいでるかな。ってあんま言うべきじゃねえか、忘れて」


いやいや、忘れるわけがない。


私と話している時ははしゃいでるってなんだ。


「詳しく教えてください」


「えぇ〜、生徒の人間関係に口出しするのは少しな〜」


「い!い!か!ら!」


「あのなー、あいつ、お前が近くにいるとよく眠れるらしいんだよ。」


「へ?」


「1年の時も同じクラスだったろ?その時に隣の席になったって言ってたんだけどな、今まで一番安心して眠れたって言って。それで俺がふざけて『今度の全国模試一位とったら2年同じクラスで隣の席になるようにできるか考えてみるよ』っていったらあいつ本当にとっちゃってさ。」


変わっているかもしれないじゃない。変わっている。変わりまくっている。なんだこいつ。


「最初は中井が嫌だったら悪いかなって思ったけど、そんな感じでもなかったし、いいかなって。」


「いいかなってってなんですか!ダメですよ!」


「なんで?嫌なの?」


「い、嫌じゃないですけど!」


「じゃあいいじゃん!あ、やっば俺用事あったの忘れてた!ごめん鍵閉めといて!」


「は?!」


そういうと先生はそそくさに去っていってしまった。


あの教師爆弾発言ばっか投下しておいて。


「これからどんな顔していればいいんだ…」


ガラガラと音がして扉の先を見ると帰ったはずの森くんが立っていた。


「あれ?」


「忘れ物を。」


「あ、うん。」


やばい。どんな顔して見ればいいか分からなすぎる。


「困っている匂いがする」


「えっと、うん、まあ」


「何か助けてやれることはないか」


「んー、」


どちらかといえば森くんのことで困ってるんだよな。


「さっき田中先生と話してたの。森くんの話。」


「席のことなら申し訳ないと思っている。嫌であればやめてもらう。」


頭の回転が速い人は会話のテンポも早いらしい。


「ううん、嫌なわけじゃないの!全然!」


ここまでいうとなんか恥ずかしいな。


「ただ、さっきの森くんの言葉を思い出すと、」


『人がいてやっと眠ることができる。好意を抱いた人の傍だともっと深く』


「森くんが私のこと好きって、勘違いしちゃいそうだなって」


「勘違いではない。」


え?


「俺は中井に好意を抱いている」


勘違いするな私、好意にも色々あるんだ。


「ダメだよ。好意って言われたら付き合いたいとかそういう好きだって思っちゃうから」


「その好意で間違いない。」


「ん?」


「俺は中井と交際がしたいという意味で好意を抱いている」


この人は真顔で言っているから困る。


私は先生じゃないから森くんの表情の変化が分からないのだ。


今も私から困っている匂いがするのだろうか。


「困るか、俺に好かれると」


「…うん、困るよ」


「そうか、」


そう言った森くんは少し悲しそうに見える。


少しならわかるみたいだ。


「幸せすぎて、どうしようって」


森くんは頭にハテナを浮かべているようだ。


「嬉しすぎて困ってるの、嫌なわけない。」


「しかし、」



「好きな人と両思いだって分かって、嫌なわけないよ」


今度は森くんが困っているみたいだ。


今まで見たことがないくらい驚いていて、私でも分かる。


「中井は俺が好きなのか」


なんか堂々としてるな


「好きだよ。嬉しい?」




「ああ、嬉しすぎて困っている。」

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