Chapter 2
「ふぅ……」
病院から自宅へ帰ってきた初日。夕飯を食べ、風呂から上がった私は、自室のベッドに腰かけて一息ついた。
夕食は――私が退院したのが、母さんも父さんも嬉しかったのだろう――「毎日こんな風ではないだろう」と思うような気合いの入ったラインナップで、それでも何やら懐かしい、食べていて落ち着く雰囲気があった。
風呂でも、自然とボディータオルやシャンプーに手が伸びた。身に着いた習慣は、意外と残っているらしい。嬉しい反面、それなら別の記憶も残っていていいのになぁ、なんて思えてしまう。勿論、思ったところでどうしようもないけれど。
益体のない思考を打ち切って、私はアルバムを手に取った。入院中にも幾度となく開いたそれには、私が幼い頃からの写真がたくさん収められている。当然ながら、一番多いのは家族との写真。運動会や家族旅行の写真もあれば、誕生日にお祝いのケーキとともに写った写真なんかもある。
それに次いで多いのが、澄香と一緒の写真だ。より正しくは、結城姉妹との写真なのだが、学年が同じということもあり、妹の麻衣ちゃんよりは澄香との写真の方が多い。
それこそ運動会の写真なんかは、澄香やその家族と私の家族で揃って写っているものなんかもある。他にも、二人で浴衣を着て夏祭りに行った写真や花火をしている写真、顔を突き合わせて宿題をしている写真や、二人揃ってこたつで寝ている写真。中学の入学式や卒業式もある。その他もろもろ出るわ出るわ。
「……改めて、こんな機会じゃなきゃ、恥ずかしくて見返す気にならないだろうなぁ」
微笑ましさ半分、苦笑半分でそうぼやく。
実際、こうして写真を見ていると、どれほど澄香が私と仲が良かったのか分かる。子供のときから最近に至るまで、ずっと私の傍にいたのが彼女だ。これで親しくないはずがない。
何より、家での習慣が身に染みていたのと同じように、澄香とのやり取りは自然と心が安らいだ。きっと、彼女と過ごした時間を体が覚えているんだろう。
「早く思い出したいな……」
そんな呟きが、口を突いて出る。
それは紛れもない本心だ。ただ――一方で、いつまでも記憶が戻らない可能性があることも、常に頭の片隅にちらついていた。そして、もしもずっと昔のことを、かつての澄香との日々を思い出せなかったとして、私はどうなるのだろうか。
きっと、何も変わらない。何も思い出せなかったとしても、それでも私は色んな人に支えられながら、その先も生きていくに違いない。
どうにかなる。なってしまう。
大切なはずの思い出でさえ、取り戻せなくともどうにかなる程度のもの、と言われているようで、それは少しだけ気分が悪い。だからこそ思い出したい。思い出せてよかったと、私にとって欠かせないものだったと、胸を張って言うために。
「……ん?」
と、物思いに耽っている最中、不意にスマホが鳴りだした。画面を見て、思わず眉を顰める。
着信だ。発信者は結城麻衣。こんな時間に電話がかかってくるのも意外だったけど、それが麻衣ちゃんからだったのは更に予想外だ。
確かに入院中、麻衣ちゃんも二度ほど見舞いに来てくれた。澄香と同じく、幼馴染らしく心配もしてくれていた。とはいえ、いの一番に連絡をくれるとしたら澄香だとばかり思っていたのだが。
「……ま、麻衣ちゃんだってそれだけ心配してくれてるってことかな」
深く考える必要があるとも思えない。私はそれ以上悩まず、スマホを手に取った。
「もしもし、麻衣ちゃん?」
『あ、もしもし。遅くにごめんね、水奈ちゃん、退院したって聞いて』
私の呼びかけに、返事が返ってきた。電話越しであっても聞き間違えはしない、確かに麻衣の声だった。
ただ、少しばかり違和感があった。声を潜めているというか、周りを気にしているような喋り方だ。怪訝に思って問いかけようとしたその時、先に麻衣ちゃんが続けて言う。
『あのね、水奈ちゃんに伝えたいことが……実は、お姉ちゃんからは口留めされてるんだけど、絶対に知らせた方がいいと思って』
「澄香が?」
あまりに意外な言葉に、私は思わず問い返してしまった。
同時に、胸が重苦しく絞めつけられるような感覚。澄香が、あの澄香が、私に隠し事をしていたというのは、それほど大きな驚きだった。
固唾を飲んで、私は麻衣ちゃんの言葉を待った。私の緊張が伝わったのか、麻衣ちゃんは少しだけ、躊躇うように息を零した。
それでも、彼女は意を結したように、抑えた声で私に告げる。
『水奈ちゃん、あのね、実は――』
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