第7話 認知とコーヒー

「目立ちたくないの」


チラリと横目で見る。彼女は篠塚理緒と言って、現在中3の女の子だ。

髪を短めに切ら揃えて眼鏡をかけている。

髪の色と髪型がイルネアさんと良く似てるんだけど、少し違う。女性の髪型に詳しくない自分に何処がどう違うのか言えないけど。


「聞いてますか?これでも私なりに悩んでるんですが」


話し方までイルネアさんに似ている。


「聞いてますよ、右から左に流してますが」

「それは聞いてるとは言わないと思うけど」


篠塚さんが中学生にしては大きい胸を持ち上げる。昔なら反応したかもしれないけど、今では無欲だ。


「これと顔のせいで男が寄って来るんですよ。私は本当に見て欲しい人だけに見せたいし、他の男には興味ないのですが」

「見て欲しい人は居るんですか?」

「いないですけど」


見えないようにため息をつく。

彼女は彼女なりに悩んでいるんだろう、しっかり聞いてあげよう。


「ここにいるオッサンにも配慮してくれねえか?俺も一応男なんだからな」


オグマさんが声を上げる。オグマさんってまだおっさんて年じゃないよね。


「マスターと違ってオッサンにはまだそういう感情があるんだよ」


さすがオグマさん。若い子がいる時はぼかして言える。紳士だ。

日本の親父にも見習って欲しい。

いくら紳士が言ったとしても聞き伸ばせない言葉はあるけど。


「マスターと違ってとは何ですか」

「ねえだろ?」

「無いですが」

「私の事を無視しないで欲しいんですが」


一応いるかな、と思って質問してみたけど、それで相談に来ているお客さんを放置するのはダメですね。


「まあ、ここの人は私の事をそういう目で見ないから来やすいんですけど」

「褒められてますよオグマさん。これからも期待を裏切らないようにしてくださいね?」

「それは俺じゃなくてヨウレルの野郎に言えよ。あいつが1番ヤバイだろ」


篠塚さんだけが分からないようで、首を傾げながらコーヒーを飲んでいる。ヨウレルさんに会ったら価値観が変わるよ?悪い意味で。


「それよりもどうしたら良いと思いますか?

人に注目と言うよりは、そういう目線に会いたく無いですが」

「そうですね、人に視線を注がれたく無い、それは無理な話です。人は誰しも欲を持っています。何かが欲しい、誰かと付き合いたい、篠塚さんに注目するのも欲の一つです」


篠塚が不満そうな顔をしている。そんな事は分かっているとでも言いたげな顔だ。


「自分を変えるならともかく人を変える事は簡単では有りません」

「それならどうしたら良いんですか?」

「簡単ですよ、言いましたよね自分を変えると。篠塚さんはどうして見られるのが嫌なんですか?」

「気持ち悪いんです。こんな肉の塊に興味を示して粘つくような目線を向けてくる男子が」


女子のことが気になるお年頃なのはわかるけど、今から男子を悪く言うことを許してほしい。


「ならやっぱり自分が変わるしかありません。一人ずつやめろと言うことも出来ませんしね。

人からの視線での悩みは解決しにくいので、今からいう方法が正しいとは限りませんが良いですか?」


篠塚さんがこくりと頷く。


「一つ目はイメチェンですね、これはあまりお勧めはしません。」

「何でですか?とてもいい解決方法に思えますけど」

「根本的な解決にはなってないので、姿を戻せば同じになりますから。」


人間は姿を変えただけでは変わらない。これは体験談でもある。


「こちらの方が本命ですが、二つ目は見方を変えることです」

「見方を変える、ですか?」


篠塚さんが首を傾げている。それは当然だろう、見方を変えると言われてすぐに理解できる人は少ない。


「少し悪い例えですが、篠塚さんはハエに胸を見られて嫌な気分になりますか?」

「基本的にならないと思います」

「そうですよね、ハエは実際欲望の目線なんて向けていない。これは当・た・り・前・です。

これと同じように意識します。男子はハエだと思ってください」

「ハエですか、それなら……」

「普通の人に誰々をハエと思え、と言ってもまず無理でしょう。でも、篠塚さんにとって男子は、肉の塊に気持ちの悪い視線を向けてくる存在として認知していました。それがハエに変わったところで大差ないでしょう」

「マスター、あんた案外酷いこと言うな」


オグマさんが何か言ってるけど気にしない。これが1番早い解決方法なのだ。


「もう一度聞きますよ?男子ハエに胸を見られて気になりますか?」


篠塚さんが沈黙する。認知を変えているのだろう。


「何も思いません」

「なら大丈夫ですよ」

「行動に移して成功するあんたも結構やばいな」


オグマさん、構ってもらえないからって人に突っかからないでください。


「認知の力があれば、精神的なものはほとんど大丈夫ですよ。オグマさんだって盗賊と戦う時に一々気遣ったりしないですよね?」

「盗賊は俺ら一族の敵だからな、これは俺の中の常識だ」

「オグマさんのように認知の力を使うのも良いですし、嫌いな人がいても人じゃないと思えばなんとかなるものです」

「なるほど、認知ですか…………ありがとうございます。無事解決できそうです」

「いえいえ」

「あんたら良い話にまとめようとしてるけど、話してる内容結構酷いからな?」


オグマさんは周りの雰囲気を壊すのが本当に好きですね。


「認知に頼りすぎるのもダメなので、早く好きな人を見つけて下さいね。そうすれば周りの視線も気にならなくなりますよ」

「早めに見つけられるように頑張ります。本当にありがとうございました」


そう言って篠塚さんが席を立つ。帰るようだ。


「また来ますね」

「またのご来店をお待ちしております」


一礼して見送る。これがこの喫茶店の常識だ。



****



「そんなこともありましたね」


目の前で全く姿の変わっていないマスターが笑う。


「何だかんだ言ってここにももう2年は通ってるのよね」


私は少しのキャラチェンをしている。高校生になって、マスターと同じ高校だったからかもしれない。見てほしい、これは無かった感情だ。


「もうそんなにたつんですか。ちなみに、篠塚さんは好きだと思える人が出来ましたか?」

「もちろん出来ましたよ」


意味ありげな視線を向けるけど、全く反応してくれない。

でも、マスターが昔言っていた、好きな人が出来れば気にならなくなると言うのは本当だっだ。


「それは良かったです」


色々試しても反応がないことに少し不満を覚えるけど、この笑顔を見ると何もいえない。

私の携帯には1年ほど前からマスターの写真が入っている。ずっとここに通っていればそんな感情を抱くのもしょうがない。


「コーヒーでいいですか?」

「ええ、お願いします」


いくらアピールをしてもなびいた様子はないけれど、私は必ずマスターの認知を変えてみせる。そう誓った。


「好きな人ができて、本当に良かったですね」


本当に大丈夫だろうか?決意が揺らぎそうだけど、こんな感じも悪くはないと思う。

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