第6話 異世界の旅人とコーヒー
「今日は静かですね」
最近は、常に一人はいたので騒がしかったけど、今は珍しく一人だ。いつもが騒がしい分、誰も居ないともっと静かに感じる。
喫茶店を始めたばかりの頃はこんな感じだった。
昔の事を思い出していると、扉が開いてベルが鳴る。
まだ昼ぐらいなので、リリアーナさんたちではないはずだ、オグマさんは盗賊退治だし、アルルさんは先日来たばっかり、シフィルさんは里帰り。新しいお客さんだろうか?
そう考えていると、案の定、見たことのない人だ。
「いらっしゃいませ」
挨拶をしながら相手の方を見てみる。灰色のコートで、フードを被っているので顔が見えない。何だか周りの空気がピリピリしている。
顔が見えない男性はそのままカウンター席に座ってフードを取る。その瞬間に一歩後ずさってしまう。
恐ろしいまでに整った顔だ。全てを見通しているような青い目に、茶髪の中で少し笑っているような顔は親近感を沸かせる。
だが違う、目を見てわかってしまう。これは格が違うのだ。たとえ、凄腕のオグマさんが百人集まっても片腕であしらわれる。昔の自分でも……。
こちらの顔を見て、何かを安心した様な顔をすると、次の瞬間、恐怖が少なくなる。
「そんな顔しなくてもとって食ったりしないよ」
聞くもの全てを魅了する様な声、さっきまで恐ろしかった顔が少しマシに見えてきた。
「さっきのは敵意がないか確かめただけだよ。復讐にを心の在りどころとする人間は目的を達成しようとする意思が強い。だから、時に暴走することが良くあるんだ」
この男性が自分の過去を知っている事に、不思議と違和感や危機感を感じなかった。
「警戒しなくても良いよ。君は大丈夫だよ、今はね」
最後の言葉から分かるのは忠告だろう。道を踏み外すなという。
「申し訳ありません。少し戸惑ってしまった様で」
「僕もごめんね、いきなり圧をかけちゃって。僕はルーク、君とは違う異世界から来た旅人だよ」
「異世界人という事ですか。異世界というのはそんなに有るのですか?」
異世界人なんて、日本に居た頃なら信じなかっただろう。自分が体験しているので今は疑う事などしない。
「それこそ星の数ほどあるよ。神は無責任に世界を増やすからね」
何だか怖いことを聞いた様な気がするけど、聞かなかった事にしよう。
「ちなみに、注文は何にしますか?」
「コーヒーでいいよ」
「少々お待ちください」
しばらくの間、コーヒーが入る音だけがする。
できたコーヒーをルークさんに渡し、少し深呼吸をする。
コーヒーを入れたおかげで、少し落ち着けた様な気がする。まだ高ぶっていたらしい。
「ありがとう、コーヒーはあまり飲まないから新鮮だよ」
「いつもは何を飲んでいるんですか?」
「血、かな」
どうやらルークさんは吸血鬼らしい。
この世界にいる吸血鬼では無いんだろうけど、特性とかは一緒なんだろうか?
「旅人と言ってましたが、よかったら旅の話を聞かせてもらえませんか?」
「別に良いけど、そんなに楽しいものでも無いと思うよ」
そう言って、コーヒーを一杯飲んでから話し出した。
「僕が最近行った国は独裁者の国かな。その国では一人の王が全てを仕切ってたんだよ。
土地も、金も、食べ物も、人も全部ね。暴君って奴かな?
何故こんな事をしているのか少し興味が湧いてね、王に聞きに行ったんだよ」
独裁者と言うぐらいだ、警備も凄いだろうに聞きに行ったと簡単に言うところが異常さを表している。
「王はこう言ったんだよ、この世界に住んでいる民には自主性がないとね。だから自分が全てを締め付けて、人々に反乱を起こさせて自主性を出すんだと。
民にも話を聞いてみると、前まで良い王だったのにこんな風になったのは何かあったに違いないってね。
この世界は簡単に言うと、神の悪戯で作られた悪趣味で最悪な世界なんだけど。君はどう思う?」
何だか少し引っ掛かりを覚えてしまう。
「もし王の思い通りに、民が復讐として反乱を起こしたとしても、復讐から生まれる自主性なんてろくなもんじゃないと僕は思うね。
復讐から生まれるものは一時の楽しさだけで、後は虚しさだけだよ」
この話は自分に向けての話だろう。引っかかっていたのはそれだ。
ルークさんは自分の顔を見て、伝えたい事が伝わったと感じたのか、満足げにコーヒーを飲んでいる。ただコーヒーを飲んでいるだけなのに絵になる。これがイケメンというやつか。
「楽しくない話はこれまでにして、少し楽しい話をしようか。
ある国に、すごくモテる男の子が居たんだよ。その子の周りにはたくさんの女の子が寄ってきて、いわゆるハーレム状態だった。その状態が気持ちよかったんだろうね、好意に気付かないふりをして、暫く過ごしていたんだ。
ある日、一人の女の子が男の子に告白をしたんだよ、結婚してくれってね。当然男の子は困ってしまい、オドオドしていると周りの女の子もそれに気づいてドンドン告白してくる。ヘタレな男の子は、二桁に到達していた女の子達の中から選べるはずもなくら逃げ出して今は田舎で畑仕事をしているよ。
今の暮らしに満足かと聞いてみると、女の子は一人で十分だと言って、田舎娘と結婚していたね」
そこまで話し終えると、ルークさんがこちらを向いてニッコリと笑う。
「女の子は執念深いからね、あんまり焦らしたりすると刺されちゃうよ。過去にこだわりすぎて、今の子の感情を無視するのもダメだよ?」
最後の方は笑っていない。経験がある様な口ぶりだ。
「き、気をつけます」
自分も若干笑みが引きつっていた様な気がする。
女性は怖い、これはどんな世界でも言えるらしい。
「僕はそろそろ帰るとするよ、連れもいるから、遅くなると怒られちゃうしね」
ルークさんの口ぶりから連れとは女性だろう。イケメンも良い事ばかりじゃないと言う事を知れてよかった。
「旅という事はもう来ないんですか?」
初めはかなりやばかったけど、話してみて結構気が合った。もう会えないとなると、少し寂しい気分になる。
「この世界にはもう少しだけ居るつもりだから、帰る時にもう一回来るよ」
「次の来店をお待ちしております」
喫茶店をやっていると、お客さんとの別れはよくある。それは何度体験しても慣れるものではない。だからこそ、会える事の大切さがわかるのだ。
「短い間だったけど楽しかったよ。じゃあ、また会う時まで」
礼をして見送る。扉の向こうからこんな会話が聞こえた様な気がする。
「遅い……ルー……」
「ごめ…ごめん……は僕のこ……刺さないでね?」
やっぱりイケメンは大変そうだ。
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