第103話 リエルの結末
「ふう」
私……ガブリエル=チェックメイトは吐息をついた。神鳴市での教会に於いて。
有栖川姫子を殺した。狙撃にあたってアイツの力を借りはしたが、現実として吸血鬼を葬ったのだから収支はプラスだ。厄介な第六感も、足止めをくらえばそれ以上ではなく。
「後は協会に報告だな」
スマホを弄ろうとして、
『残念だったな。姫子は無病息災だぞ』
ラインを交換していた観柱ヨハネからそんなコメント。
「…………っ?」
唐突な不条理に思考が真っ新になった。生きている? 有栖川姫子が? 殺したはずの吸血鬼が?
『何をした』
『さてな』
答える気はないらしい。本当に命を繋いだのか。あるいはブラフか。仮に後者だとして、なんの意味があるのか。考えるも答えは出ない。
見れば空には月が昇っていた。夜なのだから当然だ。それにしても、有栖川姫子の死は確定したはずだ。心臓を射貫いた。そのはず……。なのにヨハネの言葉には飾り立てがなかった。事実を事実と報告する。そんな素っ気なさがあった。
『じゃあその証明を――』
とコメントを打とうとしたところで、
「――――――――」
悪寒が奔った。空間の偏移。結界だ。
何故……とは思うも、理屈としては寒気に従う。
「敵か」
鉄砲百合を構える。加護装束は既に着ている。短機関銃モードで待機。教会の一室から飛び出す。
瞬間、液状が奔った。液膜による斬撃。それが私の部屋を襲った。
窓をぶち破って外に出る。
怪我はしないし、出来ない。何かしらの事情があるのは否定能わず。鉄砲百合を構えて、襲撃に備える。
ヒュンと音がした。私は躱す。銃弾をばらまきながら。
トリガーを引いて、銃弾の補填。
赤黒い液体が、まるで蛇のようにこちらへ襲いかかってきた。何をと思うも、威力使徒は魔術師に恨まれる存在だ。犯人の意図など知りようもない。
「――――――――」
銃弾をばらまく。ただし効果はない。
「はは。流石にやりにくいですね」
夜の結界に現われたのは日浦だった。エージェント日浦。共争した仲だ。日浦が有栖川姫子の足を止め、私が狙撃する。それで有栖川姫子を殺す算段。
それは実現した。
――では何故エージェント日浦が襲うのか?
それが私には分からなかった。
「何か恨みでもあるのか?」
「いいええ。個人的には何も。ただ面倒なので廃棄処理をと」
「それは済ませたはずだ」
鉄砲百合を相手に向ける。
「いえいえ。ここで貴方を殺さなければ、意味はありませんので」
「?」
分からず目を細める。日浦に何か不都合があるらしい……はわかった。だがその根幹が分からない。
血液を操る魔術師。異教徒を殺すのは威力使徒の本望だが、それにしても襲われる意味が分からない。
「いえね。有栖川さんは生き返ったらしく」
――姫子は無病息災だぞ。
そんなラインの言葉が蘇る。
「事実か……っ」
「ここで威力使徒と共謀してこちら側を漏らされると不利益なのです。なので鉄は熱いうちに打てとでも言いますか……。厄介になる前に口封じをと」
「吸血鬼の跋扈は我慢ならないんじゃなかったのか?」
「ええ。我慢なりませんとも。けれど少し意思に食い違いがありますね」
「なんだ?」
「答える必要も無いでしょう」
液体がレーザーとなって襲った。血液。血を操る魔法。こちらより柔軟性の高い異能だ。硬化して防御もできるし、圧縮して斬撃にも変えられる。
あまり相性が良いとは言いがたい。
――もっとも殺されるつもりもないわけだが。
「……………………」
しばし日浦の言葉を吟味する。有栖川姫子は邪魔。ついで殺しの共謀。そしてアッチは私と手を組んだことが広告的に不利益。故に殺す。では何故……ソコまで考えて、
「私を顎で使ったのか!」
「そう相成りますね」
さっぱりと彼は笑った。そう云うことになる。何かしらの事情があって有栖川姫子を殺す必要があった。その上で自身の手で下さないところに威力使徒……つまり私がいた。そしてこちらのスナイプに手を貸した。後は殺した責任を威力使徒……引いては協会に背負わせて口封じ。そういうことかっ!
「まさか失血死事件の本当の犯人は……っ!」
「ええ、こちらですよ。死に行く貴方に心安らかになって貰う程度にならネタバレも良いでしょう。失血死の事件を起こすことで、有栖川さんの嫌疑を掛けて協会を煽る。結果として有栖川さんを追い詰めるつもりでしたが……上手くは行かないものですね」
そこまでバラすと言うことは、こちらを生かして帰すつもりがない意思表明だ。
「――光あれ――」
鉄砲百合をブラストライフルに変える。トリガーを引く。灼熱が迸った。
「さすがの鉄砲百合。もはやSFの世界ですな」
声は背後から。
「――――――――?」
瞬間移動? 空間跳躍。あるいは幻術か。いや、幻は私には効かない。
「さようなら」
既にブラストライフルの反動で、身動きがとれない。実物の刃が私を襲う。やられた。そう思った。さすがにコレは防ぎようがない。
「で、こうなるわけだな」
聞き覚えのある声が、この緊迫感をぶち壊すように響いた。黒髪黒眼。月光を反射する色は夜の色。エージェント日浦のナイフを、有栖川ヨハネが受け止めていた。
「なるほど。血液を操る魔術か。ソレならば確かに失血死事件も再現出来るな」
たった今現われたばかりなのに、どんな洞察力をしているのか……あらゆる全てをヨハネは把握していた。
「な……なん……」
驚愕が言葉にならない。何故此処にいるのか。有栖川姫子を殺した私を何故助けるのか。
そしてここで私が日浦に襲われることを何故知っていたのか。
わからないことだらけだ。
「で、血百合会としては……野良の吸血鬼は殺せの方向で?」
「致し方ないでしょう。吸血鬼は放っておけません由」
「それは
「ソレもありますね」
血十字社? 血百合会? ソレってつまり……。
「じゃ、あとはお前を無力化するだけだな」
「殺すので?」
「叩きのめす」
ヨハネはあっさりと述べた。殺しはしない。けれど見逃しもしない。そう云いたいらしい。事ここに於いて日浦は仇だろうに。
「では貴方を殺して、状況を悪化させましょうぞ」
血液が奔流する。斬撃。瞬く間にヨハネを襲う。だがその全てが徒労に終わった。
「温いな」
それが率直なヨハネの感想だった。私ですら何が起こっているのか分からない。
――何なんだコイツは……?
「というわけで出てきて良いぞ」
ヨハネは虚空の夜にそんな言葉を放った。誰に向けたモノか。それは私には分からない。
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