第102話 鬼の鬼籍
「また派手にやられたな」
検死の場で、俺は姫子の死体を眺めた。なんか吸血鬼って死んだら灰になる気がしてたんだが、普通に遺体が残っていた。
心臓を一撃。それも狙撃で。胸に銃痕。
なるほどな。
「どう見ます……?」
「死亡じゃないのか?」
「いえ……その……」
あわあわと綾花。
「言いたいことは分かる。ただ誰かと言われてもな」
犯人ね。順当に行けばリエルだろうが、こうなるとちょっと掣肘すべきだったかとも思う。殊に鉄砲百合との相性の悪さは知るところ。
ただ狙撃が成功したのは気になる。
姫子の第六感は、スナイパーライフルさえ探知できたはずだ。ソコがちょっとな。
「とりあえず犯人を聞くか」
「警察に……ですか……?」
「本人の方が手っ取り早い」
俺は姫子の死体に触れた。
「兄さん!」
「断る」
異存なし。治癒の聖術を発動させた。修復される心臓。補填される血液。劣化した脳細胞は正常さを取り戻し、再起動。
「ゴホッ!」
胃と肺に溜まった血液を吹き出して、姫子は蘇った。
「あれ? お兄様? それにお姉様に綾花……」
「端から見ると……本当に不条理ですね……」
綾花の言は褒められたと思っておこう。
「わたくしは……」
「心臓を一撃。鮮やかに殺されたな」
「やはし」
一応ここに来る前に、殺害現場も見ている。平凡な道端でのことだった。
「殺されましたか。さすがはガブリエル=チェックメイトですね」
「鉄砲百合な。第六感は働かなかったのか?」
「いえ。働いたんですけど。いきなり動けなくなって」
ふむ。
「どう思う? 綾花?」
「拘束の魔眼……。封じの結界……。あるいは……単純に縛り付けたのか……」
魔術では可能と。
「検閲官仮説はどうなるのでしょう?」
アリスが首を傾げた。たしかに昼間っから殺すに魔術は無しのはずだが……。
「犯人は見たか?」
「リエルの狙撃を目では流石に」
「拘束した方だ」
「見ていないです。というより人目の無い街路だったので」
――つまりリエル以外の因子は分からずか。
となれば単なる銃撃事件で収まってしまう。これでは検閲も働かないだろう。日本では珍しいが、ことに有り得ざる話でもない。というかニュースにならない。
尚……すでに姫子は生き返っており、銃撃事件そのものがマスメディアの関心に対して成立しないのだ。
「この場合、警察に俺の聖術がバレるワケなんだが……」
思いっきり検死していた人員もいるし、殺害現場を調べている警察もいる。そこら辺をどうするかだが、だいたい分かってもいた。まず、隠せない不利益なら聖術が機能しない。
「暗示の魔術で……誤魔化しますよ……。内部資料も……燃やしますし……」
「死袴としてはソレで良いのか?」
「警察の上の方は……こっちの事情を知って……います故……」
話は通じているわけだ。さてそうなると、
「リエルを殺しますか?」
「殺しはしないが話し合う必要はあるな」
「適いますか?」
「それも怨敵次第。で、被害者の姫子はどう思ってるんだ?」
「わたくし自身は……あまり……。お姉様の血を吸えれば他は」
悟りの境地に入ってるな。
なんかアリスを見て涎垂らしているし。
「あう……」
アリスも普通に引いていた。けど反面教師だぞソレ。
「じゃ、殺害事件の隠蔽は綾花に任せるとして、こっちはリエルとコンタクトだな」
「拙も……頑張ります……」
良きに計らえ。
「にしても本当にお兄様の治癒は出鱈目ですね」
「照れる」
「あんまし褒めてもいないですが」
「兄さん有りきで私たちは存在しますし」
「お姉様……」
プニョンと感極まった姫子がアリスの胸を揉んだ。生き返って最初がソレかよ。たしかに血は補填したし、吸血も現時点では必要なけれども。
「で。結局どうして結界の外に出たんだ?」
「リエルとケリを付けようかと」
「俺らにホウレンソウ無しでか?」
「一応R18指定なやり取りですし」
……理屈としてはわかるが。
「吸血鬼として殺すのか?」
「フィジカルでなら威力使徒にも遅れは取りませんし」
「取ったから死んだんだが?」
「封じられ……は計算外でした」
ソコをわかっているならいいんだが。さてそうなると第二、第三の現場が出来るわけで。とりあえずは帰るのが上等か。
「じゃあ。ん」
俺は姫子に手を差し出した。
「お兄様。治癒は任せました」
承ろう。
握ると逆の手をアリスが握った。どうやら対抗したいらしい。それもまた可愛いけどな。
――何か? と思うに理屈は要らない。
両手に花を抱えて、俺は意気揚々と帰宅した。死袴屋敷へ。
当然人目に触れて、普通に反応される。気にする俺でもないし、アリスでも姫子でもなかった。
警察の内部事情は綾花に任せれば良いだろう。そんなわけでヤマメの塩焼きをガジガジ。綾花の求めるところは果たしたわけだから、普通に日常を過ごして何も悪くはない。それにしても川魚の塩焼きの美味しいこと。コレだけで死袴屋敷は有益だ。
「今でも威力使徒と決着を付けたいか?」
「んー。敵わないと知らしめて、穏便に交渉するつもりだったんですけど……コッチがやられたわけですし。大人しく引きこもりますよ。事後処理はソッチに任せます。お姉様とお兄様なら、何かしら出来るでしょうし。わたくし一人で立ち向かってどうなるものではないのは……良く分かりました」
「さいか」
ヤマメをガジガジ。
「さて、そうなると……」
しばし思案に耽る。仮にコレが『アイツら』の思惑とするなら、たしかに危ない状況ではある。俺じゃなく、姫子でもない。もっと命を狙われている輩が存在する。
そこに介入するかは別問題だが、仮にキャンペーンの展開を考えれば、姫子のせいにもされかねない。それはあまりに不味かった。ヤマメは美味いけど。ガジガジ。
「状況は切迫しているな」
「そうなのですか?」
「このままだと有耶無耶になりかねん。となると……」
連絡を取るしかないか。そう相成る。ていうかやっぱり結界内で電波が通じるってのはどうかと思うんだがそこのところはどうなんだろうな?
便利なのでスルーしているも……何となく知的好奇心を弄ぶ身で疑問の一つも覚えたり。
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