第101話 学校でのこと
「兄さん」
アリスが俺に寄り添った。
「「「「「ヨハネの野郎」」」」」
とは今更な嫉妬。ついでに姫子も俺に近しいので、そっちも問題らしい。今は休学しているが、そもそも姫子は学校に通う必要がない。その知性は大したものだし、勉強を再度教えられてもソレで納得も出来ないだろう。
「アリスは……人気者ですね……」
昼休みの時分。綾花が苦笑するように述べた。
「必要ないカリスマですけどね」
兄さえいれば他に要らない。それはアリスの不文律だ。ヨハネという人間に対する殉教でもある。
別に俺は望んでないも、アリスにとって俺は「愛しの兄さん」なのだろう。ま、生きていれば勝ち組という意味では間違ってもいないも。
「で、水泳の時間は男子が全滅だったな」
一人ビキニを着てビッグボインを揺らしているアリスに男子の反応はあまりに凄絶だった。いや、気持ちは分かるものの……なんだかなぁ。俺だって興奮はするが、周りの空気に白けてしまったのも一因はある。
「兄さん自慢のアリスです」
「ヨハネの黙示録……」
綾花がぼやいた。ちょっと気にしていることを言葉にするな。
「黙示録の獣……」
「リアルが獣性を持っているってか?」
「リア充?」
「兄さんは私の嫁!」
おっぱいを押し付けるな興奮して襲うぞコノヤロー。
「結局アリスはそれでいいのか?」
「兄さんが隣にいれば後はどうとでもなりますよ」
ソレも何だか。心に飛来する虚しさはこの際無視するとして、
「姫子はどうだ?」
「可愛いですよね」
「普通にな」
実際に姫子は純情だ。アリスしか目に入っていない。その意味でパーソナルスペースを犯す第一人者と言えるかもしれない。
「でも応えられないんですよね」
「応えればいいじゃないか」
「兄さんが居る限り無理です」
「その結論もどうだかな」
いや本当に。
「ほかにもアリスを好きな奴は大勢いるぞ?」
「おっぱいが大きいだけで損してますよね」
「俺は巨乳も好きだがなぁ」
「では肯定します」
「あくまで巨乳『も』だぞ?」
「あう……」
綾花が残念そうに吐息を零した。だから気にするなって。アリスと姫子がおっぱいお化けなだけだから。
普通に綾花もスタイルは良いし、興奮も覚える。ここで口にすると黙示録になるで黙ってはいるが、率直な意見として綾花は魅力的だ。
場合によっては、アリスや姫子にだって負けはしない。人避けの呪いがなければ、まだしも上を目指せるだろうに……その気が全く無いのは残念無念とも言える。
「では綾花も……」
「恋のライバル認定は良いが、アリスと俺は結婚できないぞ?」
実質その通りだ。
「兄さ~ん」
甘えてもしょうがないだろう。血の繋がった兄妹だ。そうじゃなければこんな導火線を綱渡りする状況には陥っていない。爆弾の威力も戦略級だ。弾道ミサイルもかくやの猛威と申せようぞ。
「で、綾花はその辺どう思ってるんだ?」
「にゃむ……」
赤面。超可愛い。ぐうかわ。
「でもアリスほど……おっぱい大きくないですし……」
「そこに貴賤は無いぞ?」
「えと……あう……」
茶を飲む綾花だった。昼食を終わりの茶の時間。場所は魔術研究会の部室。学校の経費で茶が飲めるので、まっこと便利な世の中よ。
「ヨハネは……アリスが嫌い……なんですか……?」
「愛してる」
「兄さん!」
ヒシッと抱きしめてくるアリス。
乳圧がギュッと押し付けられる。今なら馬鹿になれるな。
「なのに……抱かないと……?」
「学則もあるしな」
「避妊はしますよ?」
そーゆー問題じゃないのはお前が一番良く知っているだろうが。
「てなわけでフリーだ」
「兄さ~ん……」
泣き落としは効かない。そんなものは飽きるほど対処してきた。
「けど……アリスに殺されたくは……ありませんので……」
「それな」
たしかに嫉妬に狂ったアリスが何をするかは分からない。魔術を覚えたのも痛いだろう。アルカヘスト。純物理的な消失が可能なら、殺人の可能性を微塵も残さず行方不明を演出してのける。万物溶解液とはよくいったもので、氷水の魔術の極北だろう。無明。
「それに拙は……ヨハネの何が好きか……定義できません……」
なるほど。それは確かに。
「格好良いところ!」
挙手するアリスだった。まぁ顔だけ男ではあるけどな。茶を一口。
「石焼き麻婆豆腐と俺ならどっちが好きだ?」
「石焼き麻婆豆腐……です……」
そげなあっさりと。
カクンと首が脱力する。
「いえ……ヨハネを蔑ろにしている気は……」
と、そこで、綾花のスマホが鳴った。画面をスライドさせて電話に応じる。
「ええ……はい……はい……はい……」
電話先の相手に頷くだけの綾花。事務連絡。それにしては唐突だが。何にせよ、俺には関係のないことか。そう思っていると、
「ヨハネ……」
綾花が俺を呼んだ。
「何か?」
「貴方の御力を……借りたいです……」
「誰か死んだか?」
「姫子が……」
「――――――――」
アリスが絶句した。中々珍しい光景だ。俺以外の不幸に戦慄するだけでも成長のあとが見てとれる。別にそこにツッコミはしないし、褒めてもやらないのだが、アリスの他者を思いやる心は特筆に値する。
「それなら動くに価値あるな」
俺は茶を飲んで頷いた。
「今から動けますか……?」
「別に授業のボイコットは珍しい話でもない」
それは確かに事実で、アリスも俺も悟れるところ。
保健室には世話になっている。こんなところで中性子爆弾を着火するわけにもいかんし。
いや、火を点けただけで爆発するなら逆に世話は無いんだが。
「では……参りましょう……」
そんなわけで、綾花に付き添って、姫子の殺害現場まで足を運ぶ俺たち。
その意味を理解しているのかいないのか。どこまでも水掛け論には相成るだろう。
けれどここまで関わっておいて、「はいサヨナラ」は言えそうにもない。ソレはアリスも……綾花もそうだろう。普通に友人の域を超えて、たしかに姫子は存在していたのだから。
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