第99話 血百合会


 結界の張られた死袴屋敷。その道路を挟んで反対側の屋敷。見た目ご立派な客用だ。一度結界の外に出てしまえば、光学的に見える死袴屋敷は打ち棄てられたボロ屋敷にしか見えない。これが魔術で異界を造るということなのだろう。


「どうもどうも。御拝謁のこと、心より敬い申し上げます」


 胡散臭いサラリーマンのような大人の男性が名刺を渡してきた。


「血百合会。日浦顕時」


 それがリーマンの名前だった。日浦と呼ぼう。


「有栖川姫子さん……で宜しいですか?」

「ええ。その名はたしかにわたくしを指します」


 遠慮なく姫子が頷いたりして。


「それで要件は?」

「では率直に申し上げる。有栖川さん。血百合会に所属しませんか?」

「まずその存在意義が分からないのですけど」


 眉をひそめて、姫子が尋ねる。たしかにいきなりスカウトしに来て、吸血鬼に何のメリットがあるかも定かではないな。


「そう警戒なさらないでください。血百合会は一種の互助組織です」

「互助組織……」


 ポツリと繰り返す姫子。綾花は静謐に聞いており、アリスは出された茶を飲んでいた。俺は煎餅をバリバリと砕いて食べ、時折、茶に口を付けている。別段やることもないので、接待に甘んじているわけだ。


「日本に於ける吸血鬼の在り方を定める組織でしてね。是非とも有栖川さんをスカウトしたいと思っているのです」

「さほど高尚な存在ではないのですけど……」


 茶色の髪を、ガシガシと姫子は掻いた。なにやら尊崇される意味が分かっていないらしい。


 ――いや、俺も分かっていないし、アリスもそうだろう。


 和風の屋敷の一室で、休日に俺らは何をしているのだろうか。すこし疑念も覚えたり。


「では聞きますが吸血鬼の立場を有栖川さんはどう捉えてますか?」

「吸血鬼だと」


 トートロジーってレベルじゃねーぞ。脊髄反射で答えられる解だ。


「この人間社会に於いて権利を保障されていると思いますか?」

「それは……」


 ま、思えるはずもないよな。単に吸血鬼ってだけで威力使徒が襲ってくるくらいだ。肩身の狭さは吸血鬼……というよりモンスター全般の問題だろう。


「これが無差別なモンスターならまだ迫害も理解できましょう」


 日浦は自分の言葉に頷いた。


「ですが吸血鬼は理性を持っています。知性と共に有り、人間と変わらぬ喜怒哀楽を持ち合わせております。少なくとも有栖川さんが被害を余り出していないように」

「一切出しておりませんが?」


「警察は先日の失血死死体の加虐者を捜し回っておられますよ?」

「わたくしではありません」


 基本、アリスの血を吸っているしな。


「またまたご謙遜を」

「……………………」


 姫子は黙った。気圧されたわけではなく、多分ここで何を言ってもあしらわれるだろうとの計算だろう。少なくとも血百合会は犯人を姫子に限定しているようだ。


「今のままでは人間社会には生きにくいでしょう?」

「否定はしません」


 実際に謹慎処分的なことはされている。要するに死袴屋敷に引き籠り。


「血百合会はそんな吸血鬼に居場所を提供する所存です」

「保護すると?」

「ええ。その通りです」


 日浦はまた頷いた。


「吸血鬼の権利を保護するために私たちは発足しました。その意味で有栖川さんにも活動の支援をお願いしたいのです」

「お話は理解しました」


 コトンと湯飲みを受け皿に置く。


「では」

「ええ。却下します」


 爽やかな……それは拒絶。完全に……姫子は血百合会に信頼を置いてはいなかった。まぁ確かに言っている意味は分かっても、胡散臭さが滲んでいる。


 別に姫子が所属するしないは口を出すべきではないが、俺が吸血鬼でも誘いははねつけたろう。


「何故……と問うても宜しいので?」

「既に血の補填はできております」


「血液の補填は血百合会でなら無制限に出来ますが?」

「愛しい人の血を吸いたいのです」


「ではその御仁も含めて」

「却下……。そう申しました」


「ご自分の立場を理解なさっておられますか?」

「実のところあまり。威力使徒は脅威でありますも」

「神鳴市での失血死事件は協会の察するところですよ」

「まぁそうなりますよね」


 ポヤッと述べる吸血鬼。


「抗えると?」

「仮に滅ぼされても、自業ではありましょうぞ」


「血百合会に所属していただければ、威力的にも政治的にも、吸血鬼の保護が適うんですよ? そこをご再考願います」

「それがスポンサーの意向ですか?」

「…………結社の理念です」


 誤魔化したな。それくらいは俺にも分かった。つまり何かしらの……吸血鬼を囲って得する事情があるわけだ。それが何かまでは分からないが、姫子を抱きかかえれば、吸血鬼業界としては御の字なのだろう。


「では話は終わりましたね。コレで失礼させていただきます」

「いや、しかし……!」


「まだ何か?」

「場合によっては陰陽省も動きますよ? 有栖川さんは高位のヴァンパイアでしょう?」

「相対性で述べればそうでしょうね」


 何? ヴァンパイアって位階があるのか?


「有栖川さんが血百合会に入ってくださるならそちらも掣肘できますよ?」

「あまり興味もございません。吸血鬼の権利を保護するだけなら、所属の如何に関わらず、全ての吸血鬼を救う気概を見せてください」


「……………………」


「そもそも日浦さんは吸血鬼なので?」

「いえ。単なるエージェントです」

「では人間側の理屈ですね」


「所属はしてくれないのですね?」

「既にわたくしの居場所はございますので」


 隣で正座しているアリスに抱きついた。ついでに胸も揉んだ。ある意味ブレない奴……。


「では失礼をば」


 姫子は去る。アリスも続いた。


「ふむ」


 日浦は思案するようにおとがいに手を添える。


「綾花はどう思う?」

「姫子次第……かと……」

「ついでにお茶のお代わり」


 俺はお茶請けの煎餅をパキリと噛み砕いた。別に姫子の肩を持つわけではないも、吸血鬼の権利って言われてもな。たしかに彼女が述べた様にスポンサーの意向が気になる。

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