第97話 鉄砲百合再び


 五月雨もそこそこな季節。


「手足千切っても有栖川姫子を引き摺り出す」


 そう述べ奉るリエルさん。マジでどうしよう。場合によってはアリスか綾花が殺人をになう。それは未来予想図としては青写真より具体性を持っていた。機関銃が撃たれる。魔力の限り銃弾は補填できるらしい。コスモガンだ。まこと以て殺戮の意思。


「――アルカヘスト――」


 アリスがトリガーを引いた。万物溶解液。すでに銃弾すら意味のない現象。有象無象と呼ばれるソレだ。


「トライデント」


 アルカヘストが細い面積でリエルを襲う。それは擬似的な斬撃となって、リエルの残像を切り裂いた。ウォータージェットより遥かにタチが悪い。射程距離という概念がないので、あらゆる意味で上位互換だ。ウォータージェットは身近な距離にしか作用しないしな。


 うってかわってアルカヘストは距離云々関係あらじ。単に接触した質量を秒単位で溶かす。物質が物質である以上、この液体には逆らえない。


「錬金術師か!」


 単なる氷水の一現ひとうつつなんですけどね。


 鉄砲百合が形状を変える。アンチマテリアル。対物ライフルだ。


「死ね!」

「言われて死ぬなら文学的ですね」


 あっさりとアルカヘストが防護膜を展開した。可視光を防がない半透明な液体は一切の質量の侵攻を汚染する。対物ライフルもその範囲圏外とはいかないらしい。それだけでもアリスの覚えた魔術の痛恨さが身に染みる。あらゆる質量やエネルギーを零にする氷水魔術。まるで以て魔術師の御業だ。


「ならこれだ」


 大型の砲筒に鉄砲百合が形状を変える。


「うわお」


 俺は驚いたが、たしかに結界内では使えるな。


 ――ブラストライフル。


 超高温粒子砲。亜光速まで加速し撃ち出されるプラスマは、SFの如き世界を再現する。それだけで威力使徒の不条理さの証明だ。


「ファイア!」


 熱量がこちらに向かう。俺は後頭部を掻いた。綾花は俺の背後へ。アリスが俺の前面へ。コールドフィールドが熱量を零に巻き戻す。


「怪物……っ!」


 まさに「お前が言うな」……だ。


 ネイルガンも同様だ。仮に魔力が有っても消滅が先んじるためアリスと綾花には届かない。なんかもう世界に喧嘩を売っても勝てそうな気がしてきた。


「降参ですか……?」


 俺の背中からヒョコッと顔を出して綾花が申し出る。


「殺す手段が存在しない」

「それはようがす……」


 うんうんと綾花は頷いた。


「とにかく有栖川姫子を引き渡せ。神明裁判に掛けてくれる」

「五右衛門風呂は……流行らないかと……」


 たしかに火傷して数日で治せも無理はあるな。あるいは吸血鬼こそ苦にしないかもしれない。その意味で神明裁判は自己修復機能を持つ鬼には福音か?


「何故に保護する。理由があるかっ」

「純朴な少女ですし……」


 綾花の弁論も中々だ。普通に吸血鬼事件とは乖離させているらしい。


「いくら死袴でもそんな無理は通りはしない!」

「スポンサーの意向にも……よりますけどね……」


 ポリポリと人差し指で頬を掻く綾花。


「少なくとも廃滅主義とは縁遠い身故」

「既に人が死んでいるんだぞ!」

「その根幹が姫子とは……限らないでしょう……」

「では何某だ!」

「そこは教会に求めるところですね」


 ついでに通り魔もお願いしたい。コンビニに行く度に狙われてはこっちの精神が疲弊する。死ぬ気は無いが、襲われるのを許容するのはまた違う範囲だ。


「有栖川姫子を渡す気は無いと?」

「そう云いました……」


「……………………」


 はったりではない。少なくともその意思を貫ける能力は三人とも獲得している。


「ではどうする?」

「犯人を見つけて駆逐……。他に無いでしょう……?」

「有栖川姫子が犯人であった場合は?」

「げんこつの一つも落としましょうぞ」

「やはりここで死ね」


 ブラストライフルをこちらに向ける。


「意味がない……と論じたはずですが……」


 しばらくそんな成り行きを見ていると、


「兄さん」


 愛妹が俺に語りかけた。


「面倒ですので殺っちゃっていいですか?」

「大却下」


 手を血で濡らすには反動が足りない。いっちょんわからんの類だ。生憎向こうは切羽詰まってるだけで理性は手放していない。いや、ブラストライフルを具現したのである種の殺意はあるか……。それでも殺し返したら殺戮の概念が手を赤に染める。アリスにそうなって欲しくはなかった。


「兄さんは優しいですね」

「恐悦だな」


 今更再確認もないだろう。アリスの言が皮肉でも。


「さてポンコツ使徒」

「誰のことを指している?」

「異教徒を殺せない誰かさんだ」


「挑発なら買うぞ?」

「いいが……本当にいいんだな?」

「ぐ……」


 さすがに鉄砲百合でこちらを弑しえないのは理解するらしい。なんだかなぁ。


「じゃ、夜の見回りを強化するぞ。コッチとソッチで競争だ。まず前提として姫子が『加害者ではない』に則って行動すること。ここは妥協して貰うが如何に?」

「本当に違うんだな?」

「嘘だったら、さっきの続きをするだけだろ。結果的にお前が死ぬだけだが」


 エースもジョーカーもコッチ持ちだ。別に威力使徒は弱くは無い。むしろモンスター狩りとしては上位に位置すると綾花に聞いている。


 この場合はジャンケンと一緒で相性の問題だ。物理無効のこっち三人組。


 よく考えると物騒な巷だな。


 南無八幡大菩薩。


「で、犯人は見つけ次第処断。ここの情報を死袴と協会で共有する。ここら辺が妥当だと思われるに?」

「異存は……ありません……」

「こちらもだ」


 つまり同意すると言うことで。パンと一拍。手を叩いた。


「とりあえずは解散」


 他に述べようもなかったのも事実。リエルが去った後、アリスの提案でスーパーに出向いた。夕食の食材を買うためだ。ここら辺の主婦力はアリスの最も得意とするところ。実際にアリスの料理は美味しいし。

 今日は麻婆春雨。うん。つやつやの白米と良く合いそうなチョイスである。今から楽しみだ。


 気付けば結界は解かれていた。

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