第96話 けれども日常は変わらず
「くあ」
欠伸をして起き上がる。
「兄さん。お昼にしましょう」
「だな。綾花?」
「はい……大丈夫です……」
こっちは目立っていない。魔術の利便性。
「失血死……の遺体は身元確認できたのか?」
「一応は……。あまり進展もないので……言いませんけど……」
たしかに死体の身内の情報を聞かされてもな。
「では姫子でないなら誰が?」
キョトンとアリス。姫子の可能性を微塵も信じていない。その信頼を素直に向ければリリアンな関係になれるだろうに。いや一男子としてどう思うかは、実のところ回答の目処が立っていないも。結局アリスが可愛いんだからしょうがない。
「で、綾花は石焼き麻婆豆腐」
「ソウルフードです……」
それもなんだかな。スマホを弄りながら食事。マナー違反だが、警察対応と言われればツッコめる雰囲気でもなかった。
「吸血鬼……というより血を奪う鬼がもう一体……」
アリスは懸念と言うにはサクサクな感じで思考を進めていた。
「兄さんは昨日の夜はどうでしたので?」
「アイスを買って食った」
「呪詛の露払いの件です」
「どうと言われてもな。いつも通り通り魔に出会って、協会が介入して、敵を逃がして団欒……でファイナルアンサー」
「リエルが動いてるんですか?」
「霊地らしいしな。珍しくはないんじゃないか? 俺たちが知ったのは今春でも」
ライバル会社と価格競争をするのは、どこの産業も同じらしい。石焼き麻婆豆腐。
「通り魔は……どういった感じで……?」
「仮面ローブ」
「かめんろおぶ……?」
クネリ、と首を傾げる綾花。アリスも似た雰囲気。
「真っ白な仮面で顔を隠して、体つきをローブで隠していた。ナイフやら拳銃やらを携帯していたな」
「ソイツが犯人……」
「だったらまた厄介事が引っ付いてきたわけで」
「撃退したんですよね?」
「リエルがな」
こっちは普通人だ。魔法業界でパワーゲームが存在するなら完全に管轄外。カツカレーをアグリ。
「人間を撲殺するわけにもいかないし、逃げられたわけだが……事件と関連するかはまた別問題だろうな」
「進展なしと……」
「捕まえて拷問した方が良かったか?」
「出来るんですか……?」
幾らでも。まず以て治癒の聖術を持っているのだ。苦痛を与えて治癒すれば際限無しに酷いことが出来る。趣味では無いにしても。
「そこは人道を……優先しましょう……」
よかった。どうやら死袴にも良心はあるらしい。あるいは綾花にか。
「夜の警戒は……必須ですね……。しばらく学校は……諦めましょうか……」
「警察に頼るんじゃないのか……」
「情報については……ですね……。単純に……直接的な犯人接触は……釣りが有効ですので……」
例えば昨夜の俺のように、か。
「心配も面倒だが、勝算はあるのか?」
「大凡の……」
「じゃ俺とアリスも付き合うか」
「ヨハネとアリスが……?」
「釣りなら人数が多い方がヒットも高いんじゃないか?」
「兄さんが願うならその通りに」
アリスのコールドフィールドは、綾花のフィーバーフィールド以上に破滅的だ。
「いいので……?」
「問題なかろ。アリスの心象は知らんが、俺の方は早く平和が欲しい」
「ですか……ヨハネ……」
「兄さんを日常に帰すためなら私も骨折りは厭いませんよ?」
「アリスまで……」
「じゃ、そんな感じで」
*
「そうなると問題は」
茶を飲みながら俺は述べた。
「協会のヒステリーの向かう先だな」
「死袴では……?」
何時もの如く何時もの様に。魔術研究会で茶を飲んでいる俺たちだった。鬼は夜に活発になる。その意味で昼の永い夏は鬼にも息苦しいだろう。
プレッシャー的にはこっちの方が気圧されているも。いや、俺自身や知己は良いんだが、関係ない他者にまでは責任を負えないわけで。別に死なれて流す涙もないが、鬼は外とも言いまして。茶を飲みながら鬼退治に右往左往。あくまで言葉の範囲で。
「協会と足並み揃えるのも手じゃないか」
帰り際に俺は述べた。
「あっちにとって……こっちは異教の
「業の深い渡世だな」
しばらく下校に道を歩いていると、
――――――――ゾクリ。
最近頻発している悪寒にも慣れるというもの。それにしても高校入学からこの頻度は異常だ。もしかして中学までは検閲が働いていたのか?
鬼には出会ったが、ここまで頻出はしていない。
どこで選択肢を間違えた?
「死袴ァ!」
燗と点る情熱の瞳。赤と青の視線が交差する。マジックアイテムのカソック。鉄砲百合。何より鋼の意思。あらゆる意味で地獄の顕現だった。
「リエル……」
「有栖川姫子を引き渡せ!」
「姫子が犯人と……?」
「他に居るか?」
ミスディレクションか。
――なにか根拠在っての行動だろうな?
さすがにその程度の良心は期待してもバチは当たるまいよ。そう思っていると、
「――――――――」
チャキッと短機関銃が向けられた。結界は既に張られている。衆人環視はない。つまり鉄砲百合も遠慮なく使える。だがソレはこちらも同じ。銃が火を噴いた。瞬く間に穿たれ……能わざりし。
ワンセルリザレクション。
コールドフィールド。
フィーバーフィールド。
三人が三人ともに絶対防御を持っていた。たしかに拳銃では都合が悪いよな。
「吸血鬼を隠匿するか!」
「犯人が別の……可能性は……?」
「有栖川姫子を殺して、なお事件が進むならその通りだろうよ!」
「大丈夫かお前?」
聞く耳持たずにも色々あるが、リエルのソレは重症だ。
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