第95話 朝刊の賑わい


 ちょっとした興奮があったのだろうか。珍しく早朝に目が覚めた。アリスが下着姿で抱きついている。そのアリスに数珠つなぎ……とは間違うが、姫子がくっついていた。こっちは起きているらしく、


「うへへぇ」


 しまりのない笑顔でアリスの胸やら股やら探っている。色々とアウトっぽいが、そこは良心に期待しよう。パンツ越しならギリギリセーフ?


「くあ」


 欠伸をしながら死袴屋敷のリビングへ。見れば綾花が書類と格闘していた。


「何してんだ?」

「えと……仕事ですね……。よく眠れましたか……?」

「おかげさまをもちまして」

「姫子は……?」

「アリスの身体をまさぐっているぞ」


 アリスがマグロになっているので、何と申すべきか。式神がコーヒーを淹れてくれた。こういうときは早起きして三文の徳をしている気分。コーヒーを飲みながらリビングのテーブルに並べられている書類を見る。別に綾花も隠そうとはしなかった。


「失血死……ね」


 仏さんが一体出たらしい。


「状況整理のために……死袴に話が回ってきました……。端々に吸血鬼……という言葉が漏れています……」

「吸血鬼ね」


 姫子の他にも居るのか。あるいは……リエルの危惧が当たっているのか。


「警察は?」

「警察発表では……通り魔殺人と……報道される予定です……。さすがに……路上の失血死を公表しようとすれば……検閲が働きますし……」

「たしかにな」


 コーヒーを飲む。ピッとテレビを付ける。ローカルチャンネルだ。通り魔殺人の報道が為されていた。警察の処理も優秀だな。


「で、死袴にお鉢が回ってきたって事は、そっち方面か?」

「おそらく……ですけど……。神秘には神秘でしか……対応できませんから……」


 無手を装って戦術レベルの能力を獲得するには魔術が最適らしい。その上で検閲を逃れるには、神秘に通じるより他に無し。まさか吸血鬼を滅ぼすためだけに海兵隊を派遣するわけにもいかないのだろう。


「御苦労様」

「懸念には感謝を……」


「それにしても第二の吸血鬼か。魔境とは思い知ったが業の深い土地だな。これも血桜の影響か?」

「否定は……能えませんけど……血桜様に善悪は在りませんので……」

「ふぅん?」


 すこし疑問を浮かべる。眉がちょっと跳ねてしまった。なんとなく霊地……神鳴市の何のためにあるのか? それを思索してしまう。


「ところで姫子に……アリバイは……?」

「ないな」


 いっそ爽やかに言ってのけた。別に見捨てるつもりも無いが、ここで虚偽を申告しても意味は無いだろう。


「俺が屋敷に戻ったときにはアリスと同衾していた。俺が起きたらアリスをまさぐっていた。その間のことは俺の関知する所じゃ無いな」

「協会が……うるさくなりそうです……」


「頭に血が昇ってるだろうな。死袴屋敷の結界に攻め入られたらどうする?」

「不可能ですから……杞憂です……」


「じゃあしばらくのあいだ姫子は留守番か」

「安全マージンをとるなら……最適解でしょうね……」


「仮に姫子だった場合は……どうします……?」

「いいんじゃないか? 少なくとも俺とアリス……後は綾花……お前が無事なら他者の血を吸って結果殺しても良心の呵責なぞ有り得んぞ」


「本気で言ってます……?」

「お前もリエルと同じ事を言うんだな」


「威力使徒と……接触したのですか……?」

「夜分にな」

「アイスを……買いに行って……?」

「そう相成るか」


 くあ、と欠伸。コーヒーをズズズ。眠気を振り切って思考を整理する。


「死袴の対応は?」

「失血死の原因を……探ります……」

「吸血鬼とは認めないんだな」


「吸血鬼の他にも……似たような死体を出す鬼は……居りますので……」

「協会の対処はどうするんだ。やっこさん多分怒り心頭だぞ」

「そこはまぁ……ラブ&ピースで……」

「俺も大概だがお前も相当だな」


 嘆息。


「何か手伝えることがあれば言ってくれ。無理の無い範囲で聞き受ける」

「たしかに……ヨハネとアリスの破滅性は……右に出る者おりません故……」

「そゆことだな」


 コックリ。仮に別の吸血鬼が居るなら、死袴が対処しなくとも、リエルが掃除しそうなモノだが。ソレを言っては始まらないのも確かでは有る。神鳴市では死袴と協会は同業他社らしいし、モンスターハンターとしてはライバル同士なのだろう。


「手を繋げば平和だと思うも」

「殺人の責任を……聖書のせいにする人間とは……理解し合えないと思ってます由……」


 場合によっては宗教裁判沙汰の発言だ。言ってることは全く同意でも。結局人がいれば血が流れるのが本質なのかね。アザゼルを例に出さなくても、知恵の樹の実を食べたのは人間だけだ。他の生物は同種を無目的に殺さない。捕食はしても殺害はしないのだ。


「で、犯人の目処は?」

「警察に任せましょう……。卜占の情報も……今日中に届くでしょうし……」

「便利なのか不便なのか……よくわからんな魔法業界」


 別段否定する気も無いが、科学技術の促進に伴い、情報化社会が形成されると、魔法関連は纏めて闇に葬られるんじゃないか?


「隙間の神……ですね……」


 たしかに。


「一応学校には通うんだよな?」

「屋敷にいても……釣りをするか……温泉に入るか……だけなので……登校はちゃんとしますよ……。警察からの連絡も……場所は選びませんし……」


 そこは魔法以上に魔術だよなぁ。携帯端末って。


「リエルも大変だな」

「あっちはあっちで……モンスター廃絶主義者です故……」

「気持ちは分からんが矜持は覚る」

「そんなところ……でしょうね……」


「――――――――っ?」


 アリスの悲鳴が聞こえてきた。大凡乙女らしからぬ。多分姫子のセクハラだろう。ついでに俺が先に起きてその場に居ないのも助長したのかも知れない。気にしていたらキリが無いので割り切ってコーヒーを飲む。時間は朝の五時。


「兄さん!」


 スパァンと障子が開け放たれた。和風屋敷ならでは構造だ。


「起こしてくださいよ!」

「こんな朝早くに起こせるか」

「せめて姫子を掣肘してくださいよ」

「お前が俺を好きな分だけ、姫子はお前が好きだからなぁ……」


 コーヒーを飲み込んでホッと吐息をつく。


「お姉様のボイン……」


 まるで蓑虫みたいに、胸を揉みしだく姫子が、アリスの背中に張り付いていた。背中から腕を回して胸を揉んでいる。その密着力は愛の為せる業か。


「こういうところをみると……平和ですね……」


 綾花の意見に俺も一票。吸血鬼事件の沈鬱も吹っ飛ぶというモノだ。

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