第94話 アイスの果実


「結局ソッチで保護しているのだろう?」

「雨の日の捨て猫か?」

「有栖川姫子だ」


 コンビニ前。照明で明るく、買ったアイスは夏の夜を冷ましてくれる。俺とリエルはアイスの果実を食べていた。果汁六十パーセント配合。それはともあれ、


「まぁ一緒に生活しているな」

「出来ているのか?」

「不都合は無いぞ?」


 実際コレと言ってネガティブな要素は見つからない。アリスにとってはおっぱい星人と認識している節もあるが、基本善良で無害。どころか爆乳でバインボイン。おっと。妄念が漏れ出てしまった。


「もしかして血十字ブラッドクロス社か?」

「ぶらっどくろす?」

「ありえんか。仮にも死袴が日和るとは思えんしな」


 唐突にテクニカルタームをぶっ込むのはやめて欲しい。そうでなくとも魔法に触れて日が浅い。


「殺したいのか?」

「滅殺したい」


 なんかパワーワードが飛び出したぞ、おい。正気を疑おうにも、魔法関連で正気を保っている連中がどれだけ居ることやら。アリスからして初歩でありながらブッ飛んでるしな。綾花も大概やりたい放題だ。姫子はおっぱい星人。


「もうちょっと融通は効かないのか?」

「仮に死者が出た後で、お前はその妥協を引き出せるか?」

「もちろん」

「……………………」


 蒼眼が見開かれ、正気を尋ねるようにこちらの表情をマジマジと読む。


「不本意なんだが……」


 ある種の魔法界隈に於ける良心を自称している。実際に治癒の能力以上のことを俺は出来ない。十分に……まぁ人間を逸脱はしているが、理性を手放さないだけ常識がよすがに回帰はしているはずだ。ソレに何の意味があるかと問われれば、返す御言葉もございませんけれども。


「姫子は善良だぞ」

「別に性格の善し悪しは問題にしていない」


「アレルギー反応を起こすなら距離を取ればいいだけだろ。こちらと敵対してまで殺人を犯す意味がいっちょんわからん」

「教義に触れれば善も悪もないでしょう」


「宗教裁判における審問員か。経済的に一神教が必要なのは分かるが、既述の如く融通は効かんか? こっちで保護している間くらいは不可侵条約を提案する。というか普通に殺せない気もするが」

「何を以て?」

「それは企業秘密だな」


 シャクリとアイスの果実を食べる。


「本当に何とも思っていないんですか? 相手は化け物ですよ?」

「あながち慣れって怖いよな」


 アリスの呪詛有りきで、スパンは空いていたが鬼に遭遇することは希にあった。無論、人の忌避する想念を鋳型に鋳造されるので、殺人を犯す鬼は両手の指では数えたり無い。はた迷惑さ加減ではどれも五十歩百歩だったが、希に理性ある鬼もいた。説得で別れた経緯はあって、その後の子細は知らずとも。


「つまり有栖川も理性ある鬼だと?」

「会話が通じる意味でなら文明的と呼べるだろうな」


「死袴が血を吸われているのか?」

「うちの妹だ。アレで中々苦労人だしな」


 理性のポンコッツ具合では、あまり鬼を悪し様に言えない。


「妹が吸血鬼になったらどうします?」

「愛でる」

「……………………」


 またしても不気味さを覚えるような瞳。正気かコイツと雄弁に語っていた。


「要するに反捕鯨団体だな」


「?」


「悪を懲罰することで、スポンサーから金を受け取る……捕鯨に代わり鬼がその位置を占めているわけだ」

「馬鹿にしてるのか」

「最初の最初からしているんだが……気付かなかったのか?」


 カチャリと音がなった。鉄砲百合か。此処では無理だ。視線があるのでワンセルリザレクションは発動できないし、発動させる因子もまた生まれない。アイスの果実。


「てなわけで、姫子を殺すのは諦めろ。理性のない鬼が出たら狩れば良い」

「こっちとしても意地があるんだが」

「知ってるさ。だから話し合ってるんだろうが」


 クーラーの恋しい季節。


「もしも何かしらの不具合があればコッチで処理する……ではいかんのか?」

「出来るのか?」

「難しいところだな」

「お前の妹が吸血鬼として繁殖した場合……自分の手でケリを付けられるか?」

「つける必要もあるまいよ。血が必要なら調達する」


 ザワッと夜気が畏怖に震えた。濃密な殺気が放たれる。直感で俺はソレを覚った。


「吸血鬼を保護し、支援する気か……っ」

「妹を保護して支援するだけだ。吸血鬼になれば……の仮定でな」

「他の吸血鬼は」

「別に死のうが生きようが問題も無いな。せめてこっちの目の届かないところで処理してくれ。あまり殺戮の現場に居合わせたくはない。血は苦手なんだよ」

「此処でばらまくか?」

ナイン


 一文字で終わった。


「お前様の意見は分かった。有栖川へのアプローチは少し考えよう」

「どうやって殺すか……か」

「最終的にはそうなるな」

「希に思うんだが、十字軍からこっち……聖書集団は異端の血を流さないと信仰心を保てないのか? 積極的に流血を求めているようにも思えるんだが」

「人間の秩序を保つためだ。モンスターをのさばらせると涙を流す人間が出る」

「その人間の想念が鬼になってるんだと聞いたが……」

「だから人為的に浄化作用を持たせたのが協会だろ」


 ……そう来るか。浄化作用な。たしかに俺とて喧嘩を売ってきた鬼を滅ぼしは確かにしたのだが。その延長線上を極端に分類させるとリエルになるわけだ。


「で、給料はどれだけ貰ってるんだ?」

「生活費程度だ」


「ソレすら困窮している発展途上国に分配はしないのか?」

「公共にソコは任せている」


「協会にもスポンサーがいないと成り立たないだろ」

「生々しい話をするな」


「事情としてはあまり変わらん気もするんだが……」

「吸血鬼の保護と排除がどうやったら並列する?」


「他己認識に於いて、神秘を認めているのは同じ視線だ。その扱いが平和的であるために、こっちは保護して、そっちは殺そうとする。皮肉を言っているつもりじゃないが、まぁ皮肉だよなぁ……冷静に考えて」

「場合によってはお前も殺すぞ」

「その気になったら相手してしんぜようぞ。ただ俺を殺すと妹に殺されるぞ」

「だったら兄妹揃って殺すまでだ」


 うーん。デリシャス。アイスの果実がな。

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