第93話 呪詛の残り香


「式神に行かせれば……良いのでは……?」


 夜も最中の頃合い。コンビニのアイスが食べたいと、俺は屋敷から外出した。もちろん先の言は綾花の心配りだが、今回に関してはアイスはオマケだ。問題は微量ながら神鳴市に撒き散らした呪詛の方。もちろん下手打つより先に浄化はしているも、極微少な呪詛が、巡り巡って鬼になるのは心が納得していた。そして例外なくアリスの呪詛は俺に牙を剥く。さすがに人目があると危険値もストップ安だが、これは所謂、魔法検閲官仮説だろう。人目のあるところで魔法は発露しない。その大原則。となれば百鬼夜行に、「鬼」と「夜」の字が入るように、鬼は夜にて現われる。


「――――――――」


 コンビニまでの歩く途中。ヒュッと気温が下がった。いや、正確には背筋に悪寒が奔った。感覚的なモノ。体感温度と言う奴だ。ウィルスを見ることの出来ない人間でありながら、体内に入られると反応するように、どうやら結界の類も不随意な知覚が出来るようだ。


「――――――――」


 何かが吠える音がする。呼吸を掴み、音を遡行。


「あーっと」


 何と申すべきか。変人がいた。変態ではない。仮面を被って顔を隠し、ゆったりとしたローブを着て体格を覚らせない。身長が精々で、男か女かも分からなかった。あるいは呪詛が引き寄せた鬼なのなら、性別があるかも疑わしい。


「――――――――っ!」


 来る。思った瞬間に身体が爆ぜた。いや爆発したわけでは無く、第六感が対処したのだ。一瞬でバックステップ。俺の残像を仮面ローブが切り裂いていた。刃物。なるほど武器を隠しているわけか。それならばローブも必要だろう。普通に職質をくらうところだが、結界を張られれば、それも難しい。で、電波は届くのか確認したことは無かったな。百十番が通じても……警察が結界に介入できるかも……また別次元の問題だ。


「南無三」


 タンと音がする。俺は前に出た。ナイフが狙うは俺の首。頸動脈だ。完全に殺しに来ているな。良いんだが。構わず俺は拳を打った。肉体制御とセーフティ解除の一撃で。


「――――――――」


 呼気の逆流を耳が捉えた。ナイフがぶれて軌道を失う。跳ね上げた俺の蹴りが、仮面ローブのナイフを蹴り飛ばす。そう思った瞬間、もう片方の手がローブから露出した。手に持っているのは拳銃。あまり詳しくないも、マグナムにフォルムは近い。弾道力学としては、弾丸にもよれど、破壊力は高いだろう。トリガーが引かれる。俺は躱した。弾丸を見切って躱せるほど俺は人間離れしていない…………いや、人間離れ自体はしているんだが、論ずるべきはそこじゃ無く……単に銃口の延長線と、トリガーを引くタイミングを見逃さなかっただけだ。


「物騒な奴だな」

「――――――――」


 呼吸のみで仮面ローブは何も答えない。こう言うときは攻撃性を持たない自分が少し複雑だ。別に人を傷つけることに長じても自慢に為るはずはないも、煩わしさを退ける程度の掣肘の手段は欲しいところ。問題は治癒のせいで、俺は魔術を使えないってことで。ま、いいか。結局死ななければコッチに勝ちであるわけだし。


「――――――――」


 二発。三発。


 六連の弾倉が切れる。そもそもこの仮面ローブが鬼なのかどうかさえ怪しいところ。ナイフはともかく拳銃は。鬼なら自らの膂力で襲ってくるってのが通念だと思っていたが……鬼にも文化大革命とかあるんだろうか?


 少し離れる。次の拳銃に備えて。相手方は襲ってこなかった。無言で仮面をこちらに向ける。夜なのによく見えるのは俺の視力か、あるいは仮面の光沢か。ローブから差し出された手がこちらを向く。


「――――――――」


 何と言ったかは聞こえない。ただ魔術を使われたことは分かった。灼熱が蛇のようにこちらに迫る。躱す。こちらの回避軌道に合わせて、仮面ローブの手の平も弧を描く。灼熱がまるで広げた扇子のように被害を残して俺を襲う。


「魔術師ね」


 さすがにどうこうできるモノでも無いため、家屋の屋根に避難する。普通に家が燃えていたが、まぁ結界内なので暫時OK。そもそも俺に責任は帰結しないはずだが。炎は更に俺を襲う。また寒気。悪寒だ。嫌な感じとか虫の報せとか。普通なら姫子が持ちうるはずの能力。そも言ってしまえば俺だって熱力学を無視しているのだが。


「――――――――」


 魔術が止まった。コンセントレーションが別のことにつぎ込まれたのだろう。俺には銃声が聞こえた。それより早く、仮面ローブは銃弾を躱していた。パラパラとコンクリート製の民間ローンの家の庭壁に穴が穿たれる。どっかで見た光景……と思っていると、第二第三の銃弾が撃ち込まれる。俺じゃなくて仮面ローブに。射線を見切って建物を壁にすると、スナイパーライフルを持った御仁が現われた。


「お前か」

「コッチの台詞だ」


 そりゃ結界内で銃撃する人間が、そう何人もいないわけで。いや居るかもしれないが、ここに局所的に集まるわけも無いので、


「リエル」

「誰だソレは」

「ガブリエル=チェックメイト。ガブリエルを縮めてリエル」

「愛称か?」

「可愛いと思うんだが」

「異教徒にしては聞くべき処があるな」


 そりゃようござんして。


「で、お前は此処で何をしている」

「呼吸と運動。あとは思考か」

「安値で買うぞ。喧嘩なら」

「ここでコンビニにアイスを買いにいっていたと述べて信じるか?」

「……………………」


 ほら。悩むんじゃないか。たしかに二の次ではあれど、厄介事さえ無ければコンビニでアイスを買って帰るだけの道すがらだ。トラブルに愛されているのは自覚としてあるモノの。リエルは難しい顔をして、スナイパーライフルをアサルトライフルに変える。


「死袴も織り込み済みか? この一件は」

「さてどうだかな。何か厄介事が起きるだろうとは話したが、まぁここまで露骨なテロリストが現われるとは……。警察沙汰に出来ないだけでもこっちの泣き寝入りだよな」

「お前に通用するのか?」

「試す気になれないので、そこは論調を封じてくれ。で、神様の代行者としては不徳に鉄槌を下すのも仕事ではなかろうかと」

「私を顎で使うか」

「まぁまぁ。退けてくれたらアイスを奢ってやるから」

「鬼の代償がアイスと来たか」

「美味しいぞ? アイスの果実とかマジ名品」

「では片付けるか」


 アサルトライフルの引き金を引く。銃弾をばらまく物騒な信徒。神威って何だろうな~的なことを考えていると、結界が消えた。月夜の空に、エンジン音。風が薙いで、街灯が明滅する。


「ふむ。逃げたか」

「そう相成りますな。助かった」

「殺さなくて良かったのか?」

「鬼でも苦労するのに、仮にも人間かも知れない相手を取るのは精神が摩耗する」

「博愛主義……ではなかろうな」

「さほど器量の深い人間でも無い。とはいえ好きな人に好きと言えないだけの純情さもアピールポイント」

「さいか。ではコンビニに行くか。どっちにせよお前に話があるしな」


 えー。諍いはゴメンだぞ。

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