第91話 牡蠣フライ


「うーん。絶品」


 時期では無いにしても、牡蠣フライは心に沁みる。タルタルソースもまた感慨深く、俺に至福を与えてくれる。


「で、滅しますか」


 碧眼に殺意が乗っていた。愛妹のものだ。


「別に誰も困っていないしな」

「わたくしは困っているのですけど」


 頬に手を添え、ふうっと乙女な溜め息。加点対象。


 牡蠣フライをあぐあぐ。ノロウィルスも怖いが、それでも牡蠣は止められない止まらない。うーむ。幸福の眷属。


「それで仮想聖釘って何だ?」


 牡蠣フライを食べながら俺が問う。


「一種の対魔術師用に協会が開発したチャーマーズアクチュエータです」


 サラリと述べる姫子。


「チャーマーズ……」

「魔力の支配権を奪って、その魔力で魔術師本人を傷つける……とでも言うべき性能ですね。魔術師やアンデッドの天敵です」

「要するに……」


 と思案するように綾花が姫子の言葉を繋いだ。


「――我ここに願い奉る。灼火――」


 入力と演算。そして出力。ボッと火焔が燃えて消えた。


「コレが……一般的な魔術の仕組み……なんですけど……」

「それは知っている」


 牡蠣フライをアグリ。


「仮想聖釘が……このプロセスを邪魔すると……魔術師は死にます……」

「何故に?」

「簡単に言えば……刺さった仮想聖釘が……既述の如く……魔術師本人の魔力を奪って……その身を傷つけるから……ですね……」


 つまりカウンター的な効果と。確かにソレならワンセルリザレクションには通じないか。


「いい加減殺した方が後刻のためではありませんか?」

「後刻のためだから殺しちゃいけないはずなんだが……」

「兄さんは優しすぎます」

「アリスが過激なだけだ」

「愛故に」

「牡蠣フライは美味しいぞ?」

「えへへ」


 照れ照れ。こういう純情さを時折見せるから、こっちの胸に来るんだよなぁ。


「そんなわけで牡蠣フライを美味しく食べるためにも殺人はしない方が良いと思う」

「牡蠣フライ有りきですの?」

「アリスの血も美味しいだろうがアリスの手料理だって美味しいだろ?」

「それは……そうですけど」


 ハムっと牡蠣フライを食べる姫子。箸を加えたままモグモグ。


「死袴的には同業他社だったよな? どう折り目を付ける気だ?」

「えと……その……協会に連絡を取って……」


 苦労人だな。いやま分かっていたことではあるし、俺が言える権利も無かろうけども。なにせ俺とアリスも苦労故に、死袴屋敷に住まわされている感が満載だ。普通に手を煩わせている。申し訳ござんせん。


「なわけでリエルにレッドカードが出るまでは、姫子は俺の傍を離れないこと」

「兄さん!」


 嫉妬は嬉しいんだが、愛妹は素だ。愛故に牡蠣フライも美味しいしな。


「もちろんアリスも防衛に加わること」

「うー……」

「それとも姫子を見捨てるか?」

「お姉様……お兄様……」


 たゆたうようなサファイアの瞳。拒絶されるのが恐いのだろう。気持ちは分からない。俺は愛されて育ったからな。


「とりあえず一緒に牡蠣フライを食べるというのはどうだろう?」

「兄さんはホントソレ」


 何がでござんしょ?


「兄さんに嫌いな人はいないんですか?」

「いないわけじゃないが……パッとは思いつかんな。いや別に博愛主義を気取るつもりもないとして」


 牡蠣フライをアグリ。うーん。内臓の味がまたたまらん。というか牡蠣の身ってほとんど内臓らしいが。こんなにも美味しく育たなかったら狩猟されることも無かろうに。とはいえおかげで愛妹の牡蠣フライが食べられるのだから、愛哀模様が混濁している。


「むー」

「だいたいここで威力使徒を殺したら、責任の帰結は綾花に向くんじゃないか?」

「えと……吸血鬼……この場合は姫子ですね……そっちに向くはずです……。とはいえ……お咎めナシとも……行かないでしょうけど……」


 何かもう協会とやらが嫌がらせ集団に思えてきた。


「結局アリスと綾花には天敵なのか?」

「純粋に言えば」

「えと……そうですね……」

「どうしたものか」

「いえその、コールドフィールドが在るので何の問題もございませんよ?」

「同じく……フィーバーフィールドが……ありますので……」


 規格外ってのは正にこう言うことを指すのだろうか? 対物防御。ある種の絶対防御は未だ崩れる気配も見せない。


「じゃあ普通に登校できるのか?」

「兄さんが望むなら」

「えと……あう……」


 綾花はオロオロしていた。アリスの方は柔和に目を細めている。


「皆が牡蠣フライを美味しいと思えば世界平和なんだがなぁ」

「お兄様は優しい御方なのですね」

「他に取り柄も無いもんで」

「兄さんがソレを言いますか」


 半眼でアリスが睨んだ。聞かなかった方向で。姫子の表情は嫋やかだ。


「アリスお姉様はヨハネお兄様を高く買っていらっしゃるんですね」

「兄さんほどの逸材はそういませんよ」


 黙らっしゃいブラザーコンプレックス患者。


「どっちかってーとアリスの方が逸材なんだが。頭は良いわ……可愛いわ……」

「おっぱいが大きいわ……?」


 ソレもある。けどなんでそこに着地するんだよ。少しは俺の立場も勘案してくれると嬉しいのだが。そうでなくとも男子のルサンチマンはストップ高なんだからな。そちらに関してはもう諦めてはいるものの。会った人間全員に好かれようとは思ってないも、味方の方だけ数えられるってのもなんだかな。おかげでナイフで刺されかけたわけで。無論、結果論ながら息災ではあれども。


「おっぱい……」


 姫子がフニフニ。綾花もフニフニ。


「そこ。対抗しようとするな」

「姫子の方は私と同値ですけどね」

「あう……」


 だから残念そうな声を出すな綾花。ボインに貴賤は無い。口に出したらセクハラなので黙っているけれども。それにしてもアリスと綾花と姫子ね。他に友達が居ないっていうのは恵まれているのか恵まれていないのか。ていうか男子の知己がいねぇ。

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