第90話 仮想聖釘


 そげなわけで、こげなわけ。


「……………………」


 ヒュンヒュンと姫子は首を傾げ続けていた。その残像をライフルが射貫く。身体の方にも銃弾は来たが、まぁ意味ない。姫子は俺の腕に抱きついている。それだけで色々と誤解を招く絵面だが、必要な処置だ。俺と姫子がくっついているだけでワンセルリザレクションは姫子にも発動可能なモノで。


「便利ですね」

「然もあらん」


 我ながらご大層な異能だとは思う。世界平和の道標。まぁ検閲がかかるので無理だが。


「お兄様がお姉様の嫁ですか」

「そう相成るな」

「お姉様にはわたくしも娶って欲しいのですけど……」

「掛け合ってみたらどうだ?」

「愛人ポジに収まりそうで怖いです」

「そこはまぁ……すまんとしか言い様が」

「ですよね」


 困ったように姫子は微笑んだ。アリスの好意の向かう先を畏れているようだ。ようだというか畏れているのだ。とはいえ俺になにがしてやれる?


「いえ。お兄様を困らせるつもりはございませんので」

「いい女だな」

「えへへ」


 小動物に懐かれた気分。


 その間にも狙撃は行なわれていた。間断的にだが。さすがに連射すれば明日の朝刊を賑わすだろう。検閲は入らないしても、銃刀法違反には結びつく。しばし歩くと、また結界。ただし今度は人避けではない。四次元目にズレた異相だ。結びの国……と綾花は評していたか。勘案事項もあるのだろう。そもそもスナイパーライフルで俺は殺せない。それはワンセルリザレクションを適応されている姫子も同様だ。で、あれば異界化するのも宜なるかな。いや別に横暴を認めるつもりはこれっぽっちも無いとしても。


 見上げるは民家の屋根の上。リエル……ガブリエル=チェックメイトはブラストライフルをこちらに向けていた。遠慮もへったくれもなく発射。俺と姫子を軸に、線対称の民家が消し飛ぶ。アスファルトが熱で溶けた。なんかもう鉄砲百合ってそれだけで戦術兵器に思えるんだが。協会とやらもどうにかしろよ。戦力過多にも程がある。


「馬鹿な……」


 まぁ無病息災なんだが。リエルの驚愕も理解は出来る。常識外れの一丁目。俺にしろ姫子にしろ、一般の概念から少しズレたところにある。


「で? 要件は?」

「そちらの吸血鬼を渡せ」

「だとよ?」

「お兄様~」


 胡乱げな瞳で睨まれた。そりゃそうなるよな。こっちとしては面倒事も嫌なモノだが、ここで姫子を見捨てるのも、それはそれで後味が悪い。率直に言って形而上的な面倒くささだ。南無三。で結局どうするのかって話になるわけだが、


「コイツが何かやらかしたのか?」

「吸血鬼と言うだけで殺すに値する」


 うーむ。話が通じないってこんな奴のことを言うのだろうか?


「それは種族差別では?」

「鬼に産まれたソイツを憐憫すれば良い。死体くらいは見繕ってあげるからな」


 チャキッとバルカン砲がこちらに向けられた。


「おい。それで撃ち抜かれたら死体なんぞ残らんぞ」

「ソレも宜しいでしょう。とにかく殺せれば解釈は後からついてきます由」


 どーゆー理屈だ。単なるアレルギーとは聞いたがソレにもまして不条理の極み。


「では失礼」


 ポチッとな。銃声が銃声を塗りつぶす。こっちがなにも出来ない事を良いことにやりたい放題だ。硝煙の匂い。鉄の熱さ。瞬く間に広がっていく煙と破壊痕。その煙から一歩外に飛び出す。


「わお」


 リエルは驚いた様子だ。どう考えてもコッチの台詞だがなぁ。


「やはり単純な物理は効かないか」


 鉄砲百合はネイルガンになっていた。


「仮想聖釘――っ!」


 姫子が戦慄する。


「かそうせいてい?」

「威力使徒の武器です」

「はあ」


 だから何か、が俺の意見。


「魔力を奪って魔術師に致命傷を与えるチャーマーズアクチュエータですよ?」


 御解説まっこと有り難いんだが、何を言っているのか全然分からん。


「多分これで王手だな」


 ネイルガンをコッチに向けて、然もありなんとリエルの言う。なにかしらのマジックアイテムで攻撃するのは分かったが、聞く限りどうにもこうにも。そもそも魔力ってケイかエアだろ?


「そーですけどー」


 姫子は俺の足を払った。


「ワンセルリザレクションよろしく」


 そして俺をお姫様抱っこする。いやー。キュンとくるな。と馬鹿な思考は置いておき。とりあえず姫子は逃げに移った。


「逃がすか!」


 リエルがネイルガンを撃った。飛び出したのは釘らしい。ネイルガンってな具合だしな。仮想聖釘ね。何がそうさせるのか。なんとなく魔術師って肩身が狭い気がする。色々とやらかしている分、その反動で世間のはみ出し者……みたいな?


「馬鹿な」


 とはリエルから掛けられた言葉だった。こちらとしては馬鹿なも何も、だ。


「とりあえず結界の外まで逃げますね」

「おーきーどーきー」


 さすがに吸血鬼だけあって膂力は大層なモノだ。それは威力使徒にも言える。普通に吸血鬼の機動性に追いつきながら、仮想聖釘をばらまく。コレが悪夢でなくてなんだ……というだけのお話。いやまぁ信仰に厚いのは確かに立派だがな。


「――――――――」


 フツリ。空気の切り替え。街のざわめきが戻ってくる。結界を抜けたらしい。ズザッと、アスファルトに着地。死袴屋敷まではもうすぐだ。


「貴様何者だ?」

「それも知らずに襲ってきたのですか?」

「吸血鬼の方じゃ無い。悪戯に舌を動かすな」

「……………………」


 肩をすくめられる。取り合う気も無いのだろう。というか対処をコッチに押し付けた……が正解か。


「俺は単なる一般市民だが?」

「詭弁は魔術防御並みには達者なようだな」


 正確には防御じゃ無いんだが。ここで種明かしをすると、ワンセルリザレクションの弱点を持ってこられそうで怖い。沈黙は金だ。


「とりあえずどちらにも支障は無かった。それで手打ちにできんか?」

「殺すなと?」

「殺すにも準備は要るだろう? 少なくとも鉄砲百合では俺は殺せない。ついでに姫子は狙撃が通じない」

「ぐ……」

「てなわけでおととい来やがれ」


 ニッコリ笑ってそう言ってやった。諦めてくれるのが……そりゃ一番ではあれど。

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