第87話 顔だけ男


「さいですか」


 放課後は屋内プールの裏手。希にこんな事も有る。俺は見知らぬ女子生徒と立ち合っていた。言われたのが「観柱さんが好きです」の一言。答えは先述した。


「あー、うー」


 色々考えるも、殊に飾ってもしょうがない。


「謹んでごめんなさい」


 他に言い様もなかった。愛らしい女子ではあったが、そんなことにロマンを感じるにはちょっと俺の人格は摩滅している。恋に生きるのも難しいというわけだ。しかしまぁアリスの呪詛が加速しないと良いけども。そんなことを考えながら内履きに履き替えていると、


「観柱ヨハネ?」


 男子生徒が声を掛けてきた。昼間に続いてまたか。ただし今回は俺の周りにヒロインが居ない。それは相手方も同じらしい。一対一ワンオンワンだ。


「何か?」

「お前藤原さんを何でフったんだ?」

「そもそもまず誰だ」


 いやフったって単語で大体分かるけども。


「さっき告白されただろ?」

「出歯亀は悪趣味だと思うぞ」

「先輩に向かってその口の利き方はどうなんだ?」

「これは失礼しました」


 あっさりと口調を切り替える俺。別に機嫌を取るつもりも無いが、それにしたって軋轢を生む必要も無い。


「それで要件は? さきのロマンスと関係がありますので?」

「何でフったんだ?」

「誰だ……はもう言いましたか。あえて言うなら興味がないからです」

「可愛くなかったのか?」

「さて、論評するほどの立場ではございませんので」

「お前、自分の妹とヤってるって本当か?」

「デマですよ」


 一緒に風呂に入ったり寝たりはしているけども。


「じゃあなんで藤原を袖にした」

「ですから興味がないので」


 何度言わせるんだコノヤロウ。こっちがあっちをフって、それで男子の先輩に絡まれる理由の那辺がわからん。何か理由があるならば、


「もしかしてさっきの女子に惚れているとか?」

「幼馴染みだ」

「わお」


 畢竟驚くに値する。


「お前みたいに顔だけで性格がねじ曲っている奴の何が良いんだか……藤原も趣味が悪いよな」

「同意できますね」


 あははと笑う。


「あ? 藤原の恋愛観を否定するのか」

「便乗しただけですが?」


 まず真っ先にディスったのはそっちだろう。なんでいきなり睨まれるんだよ。


「お前みたいな奴が調子に乗ってるって言うんだよ」

「以後気をつけますので」


 いい加減茶番も終わらせたいところ。アリスが見たらなんて言うか。綾花は何も言わないだろうし、姫子は平常運転だろうけども。結局愛されてないな……俺。アリスの場合は別件でアンタッチャブルなんだが。


「それでは失礼をば」


 サラリと背中を見せる。


「死ね――」


 殺意が膨れあがった。それも未熟で早熟な。男子生徒の隠し持っていたナイフを躱す。そのまま顎を裏拳で掠めた。


「――――――――」


 一気に気を落とす男子生徒。


「さてどうしますか」


 とりあえず生徒指導の先生に声を掛けた。保健室に運ばれ、ナイフは教師の手に渡ることに。俺は触っていないので、指紋は男子生徒のモノしか発見されない。一応の説明をした後、俺はしばし拘束された。茶を飲んで一服。緑茶だ。コーヒーが良かったんだが。養護教諭まで出張る始末。


「では那辺に責任があると?」

「さぁてどうでしょう」


 名前を忘れた女子をフった俺。悲しみに暮れた女子。嫉妬した男子。責任の帰結ね。本当に誰に向かうのやら。


「観柱くんそのものはどう思ってるの?」

「ナイフは銃刀法違反かと。そこまでの因果は無視しても困りはしませんね」


 サラリと述べる。実際その通りだ。動機や切っ掛けは、このさい論じるに値しない。単純に事実だけを述べれば、男子生徒がナイフを持って俺を刺そうとした。それで結論は出てしまう。悪者にするのは気が引けるが、ここで掣肘しないと第二、第三の加虐者が現われないとも限らない。まこと因果な渡世よの。


「警察にもそう説明できる?」

「裁判でも証言できますが?」


 何故に俺の責任性を追求されているのだろう? いや、わかってはいる。どちらが加害者で、どちらが被害者かはハッキリさせるべきだ。その意味で必要な過程ではあるも、被害者百パーセント勇気としては、お茶の渋み程度には苦々しい。


「徒労とは正に」


 このことだ。


「できれば後刻無いように取り計らって貰えれば」


 その様に俺は伝えた。


「あなたに絡んだ……その……」


 男子生徒の名前を出すが、次の言葉で忘れ去る。


「気絶しているけど……何をしたの?」

「脳しんとうを起こしただけです。外傷も無かったでしょう?」


 こっちの不利になる言質は取らせない。少なくとも一般人が相手なら。


「それはわかっているんだけどね」

「では何か?」

「過剰な暴力の可能性を疑っているの」

「本気で言ってます?」


 我ながら低い声になった。さすがに不愉快だ。こっちは万事滞りなく済ませたつもりであるのに。なんで被害者側の責任を追及されるのか。


「もちろん観柱くんをどうこうしようとは思っていない。単に潔白を潔白と証明したいだけよ。失礼な言い草になったのは謝罪するわ」

「一応命を狙われた身なんですけどね?」

「ええ、そこは疑っていない。余計な言葉だったわね。ごめんなさい」


 教諭は謝った。


 にしてもこうなるとちょっと検閲を思い出すな。魔法検閲官仮説。ワンセルリザレクションだって魔法の内だ。つまりそれを対外に露出しないように、俺は上手く立ち回るしか無かった……と言ったところか。


「警察が来るまではどうする? お茶くらいだすけど?」

「いえ、部活に行こうかと。警察が来たらご一報を」


 そして俺は魔術研究会に足を向ける。アソコなら余計な邪魔も入らないだろう。色々と厄介事に巻き込まれているのは……やはし妹の呪詛の焼き付きだろうか? 呪詛返し。その一点に置いて、俺は確かに呪われた身だ。


「むばたまの夢にぞみつる小夜衣あらぬ袂をかさねけりとは」

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