第86話 毎度ながらの


 毎度ながらの石焼き麻婆豆腐。


「飽きないか?」

「全く……」


 あ、そ。たしかに豆腐は身体に良いし、カプサイシンはダイエットになる。それにしても学食では他にもメニューはあるんだが。そう云う俺は掻き揚げ蕎麦。アリスはささみカツ定食で、姫子は小さな丼でラーメンをすすっていた。最後者には食事の概念が違うため、まぁたしかに積極的に摂取する必要もあるまいよ。


「ねぇちょっと」


 とは俺らの頭上に降ってきた。声を遡行する。女子が三人ほど立っていた。


「……………………」


 俺は特に興味なし。アリスは警戒に目を細める。綾花は人避けの呪いがあるので我関せず。姫子は茶を飲んでいた。


「無視? ありえないんですけど?」


 さいでっか。


「何か御用で?」

「観柱くんには用無いし。自意識過剰」

「それは申し訳ありませなんだ」


 ザワッとアリスから殺気が放たれるが、俺は机の下で愛妹の拳を掴み落ち着かせる。地雷を踏み抜くのも結構だが、自分の命と秤にかけんでも。今のアリスがその気になれば死体を残すこと無く完全犯罪が可能だ。氷水の魔術師。対物最強の液体……アルカヘスト。質量で出来ているものは抗えない絶対攻性。当然、人体なぞ骨も残らない。


「有栖川さんさぁ」

「わたくしですか」

「こっち来ない? いい加減、観柱くんのシスコンは覚ってるでしょ?」

「中々に得がたい素質かと」


 照れる。多分皮肉だろうけども。


「有栖川さん狙いの男子も居るよ? 何なら紹介するし?」

「全く興味がござんせん」


 茶を飲んでホッと吐息。


「そもそも男に興味がないので」

「観柱くんは?」

「お姉様のお兄様ですね」

「うわ」


 まぁ引くよなぁ。俺は別に理解もあるが、一般的にはなんともかんとも。別に道義心を発露させるのは俺の能力にはストックされていないものの。


「要件はそれだけですか? 食事の邪魔をしないでくださいまし」

「調子乗ってる?」

「そっちにとっての不都合というだけでしょう。偉ぶっているつもりもございませんが?」


 確かに謙虚とは言い難いが、こっちからアクションは何も起こしていない。普通に目立たず騒がずのポジションだ。絡んでくる相手方が勝手に理想を押し付けるのであって、こっちから何か害を為すことはやっていないはず。多分……。


「うまうま」


 綾花は他人事全開で石焼き麻婆豆腐を食べていた。こっちもこっちでどうかしてるぜ。


「普通に制服の着方ダサいし。流行に乗れてないよね」


 それはたしかに。


「そこまで努力をしておいて、男子の注目を姫子の方が集めてるってのも酷な話だな」


 掻き揚げを咀嚼する。


「はぁ? 何か言った観柱?」

「聞こえなかったのなら重畳。悪口だったモノで」

「あっしらが負けてるって聞こえたけど?」

「なんだ。聞こえているじゃないか」


 蕎麦をズビビ。微妙に蕎麦の香りが口内に広がる。値段相応の味だった。


「反論出来るなら聞こうか?」

「――――――――」


 まぁ出来るわけないよな。御尊顔の造りが有り得ないと言われるアリスと姫子だ。ついでに綾花。ここで、「こっちが可愛いし」はかなり残念な発言に相当する。


「お兄様は意地悪です」


 ケラケラと姫子が笑った。


「実際、姫子はどうなんだ? 俺らといるより青春を謳歌できるぞ」

「青春って年齢ではございませんし」

「納得……」

「あっしら馬鹿にしてんの!」


 さっきの会話からどうやったらそこに結びつくんだよ。


「自覚は在るらしいな」


 蕎麦をズビビ。蕎麦湯は……まぁ無いよな。


「それで姫子に男子を紹介するつもりだったのか?」

「あっしらの方がプロデュースできるし?」

「ありがた迷惑」


 ニコリと笑って、姫子は言語で介錯する。ズバッと一切り。ソレで終いだ。


「――あっそ! じゃあ勝手にやってろし!」

「ご武運を~」


 ヒラヒラ~と手を振って穏やかな姫子でした。その胆力だけは褒めてあげたい。普通にお姉様……観柱アリスの傍に居たいがために編入しただけだ。確かに吸血鬼では有るが、そこに害意は一切ないし、アリスも普通に接している。一応、姫子の狙いはアリスだからな。恋敵ではないのだろう。というか俺が姫子にとっての恋敵なのだが。


「兄さんは大丈夫なんですか? その……男子を敵に回して」

「アリスが居れば万事良しだしなぁ」

「兄さん!」


 ギュッと隣に座っているアリスが抱きついてきた。俺の二の腕に。まぁ柔らかさは何時ものことで、多幸感も何時ものこと。バキメシィと割り箸の折れる音がする。男子諸氏の皆様方だ。こんな美少女を独占しているのだから、やっかみは相応に発生もする。別に気にする俺でも無いし、正直なところ……もう慣れた。アリスの可愛さは青天井だし、ソレについては散々論じたし、ついでにアリスが俺を好きなのは、あの日から違わず証明されている。QED。


「しかしサイレントマジョリティの恐ろしさよ」

「お姉様は愛らしいですから」


 おまえもなー。


 金髪と茶髪。どっちも日本人の規格から外れている。目だって黒じゃないしな。


「どっちも……可愛い……」


 綾花が恐る恐ると述べた。こっちもおまいうのレベル。


「さてそうなると」


 俺はどうなんだ?


「多分兄さんの無自覚さが一番厄介ですね」

「お兄様らしくはありますけれど」


 顔だけ男な。親から散々言われた。実際に告白されたことはあれども、どこか恋愛には覚めた目を向けてしまう。アリスが居るからだろうか?たしかにミケランジェロの創作と評される一品だ。実際に俺から見ても愛らしいが、これは盤上を逆転させても同じ解が成り立つのだろうか?


「ふむ」


 思案しながら出汁を飲む。ちょっと塩辛い。学食に論評するなって話だが。


「アリスは俺の事好きか?」

「愛しております」


 さいか。


「さてそうなると……」

「何か?」

「厄介事の前予兆。南無三宝」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る