第84話 手を繋いで


「えへへぇ」

「あう」


 アリスは御機嫌。姫子は気後れ。次いで三歩後ろの影を踏まない綾花ときては、どうにもこうにも。


 ――どうしてこうなった?


 そんな疑念を抱く発案者。アリスの朝食を食べた後、俺とアリス……それから姫子は手を繋いで歩いていた。俺を中心に、右がアリスで、左が姫子。同じ登校中の生徒が妬み嫉みの視線を向けるが、まぁ知ったこっちゃないな。普通に考えて思念は察しえるし、俺だって好きでやっているわけではない。単に戦略上の問題だ。


 俺の聖術は俺自身と俺の触れた欠損を癒すモノ。その究極がワンセルリザレクション。一つの細胞を治癒することで相対的に絶対防御を成立させる。であれば俺だけで無く、俺の触れている物にもワンセルリザレクションは適応される。そのための手を繋いでの登校だ。


 コレであればリエルがスナイパーライフルで狙おうと、姫子が殺されることはまず無い。幾つか俺のワンセルリザレクションを突破する方法はあるが、此処で語ってもしょうがない。とりあえずはリエルの鉄砲百合さえ防げれば万事良しだ。そして人目があれば鉄砲百合は使えないだろう。


 先にリエルが、


「拳銃仕様なら検閲は働かない」


 と言ったが、これは因果が逆だ。たしかに銃撃そのものは検閲対象ではないにしても、ソレによって起こる魔術対処が露見するような状況では攻撃は行なえない。仮に攻撃するなら結界はやはり必要だ。その辺をどう捉えているかは、実は魔術に不慣れらしい。少なくとも綾花は心配していなかった。フィーバーフィールド……あるいはコールドフィールド。これらは人目にさらされて良い現象ではない。その意味で、スナイパーライフルの危険性だけを考慮に入れれば、他の対処は二の次だ。そして俺と手を繋いでいる限り……姫子にはワンセルリザレクションが働く。在る種の絶対防御。今日は狙われなかったが。


「観柱さんだけで無く有栖川さんまで……」


 とは衆人環視の感想。要するに俺がアリスと姫子……双方と手を繋いでいるので、恋多き身には嫉妬に映るのだろう。別に気にする俺でも無いも。


「で、結局恨まれると」

「兄さんは格好良いですから」

「お兄様は優しいですしね」


 何処を見たらそう結論づけられる? 少なくとも俺には無理だ。別段褒められようとも思ってはいないも。手を繋いで仲良しこよし。


「で、教室か」


 ざわめきが俺たちを襲った。嫉妬の視線。軽蔑の視線。胡乱の視線。ま、慣れたモノ。思春期辺りからアリスを連れればだいたいこうなる。


「お姉様は人気者ですね」

「姫子が言いますか」


 どっちも突き抜け具合では良い勝負だと思うんだが。バストも同値。肉体の熟れ方も相似。ついでに御尊貌は天元突破。金髪碧眼のアリスと、茶髪蒼眼の姫子。どちらも日本人では有り得ない特徴だ。ちなみに俺は黒髪黒眼。ビバ日本。


 そんなわけで、席に着く。教卓前の最前線。ガツンと音がする。アリスと姫子が机を寄せてきたのだ。接着する三つの机。


「お前らはほんに」


 気疲れから声を出す。


「兄さんと一緒に居たいです」

「お兄様なら幾らでも」


「「「「「――――――――」」」」」


 殺意の波動が、後方から透けて見える。けれど俺のせいか? これ……。


「まぁいいか」


 コツンと頭部側面を机に当てる。寝る準備は万端だ。


「さすがに人目があれば威力使徒も手を出せないだろ」

「ですね」


 姫子も頷いた。


「綾花は……」

「何時もの如し」


 人避けの呪いで空気と化している。白髪赤眼のアルビノを俺ら以外は誰も認識していなかった。やはり勿体ないお化けが出そうだ。御本人が望んでいるので、強くは云いづらいものの。


「じゃ、ホームルーム始めるぞ」


 サラッと担任の教諭が入ってきた。


「ちょっと事件があった。警察からもたらされた情報だ」


 ――何か?


 クラスメイトが全員思う。俺らも含めて。


「先日銃撃事件があった。弾痕があり、犯人は特定できていない」


 あー。リエルだ。たしかに魔法ではあっても物理現象には相違ない。その意味で弾痕の破壊後が残されるのは自然か。一応人避けの結界は張られていたので、誰も銃撃音は耳にしていないが、弾痕だけでも事件性は帯びる。


「あややぁ」


 と姫子が納得していた。さもあるまいよ。普通に暴力団も居ないわけでもあるまいし。それより死袴の方が怖いのも事実だが。


「そんなわけで、生徒諸氏も十分注意するように。できれば登下校は一人でするな」


 ――ぼっちは?


 少しそう思う。そんな風に考えると、俺は恵まれているのかもな。アリスと綾花……ついでに姫子まで居る始末だ。ハーレム? アリスは許さないだろうが。


「今朝の新聞にも載ってはいるが、一応の忠告だ。警察の手を煩わせるなよ」


 ――無茶を言うな。


 言って詮方なきか。普通にリエルは俺らを狙っている。正確には有栖川姫子を。そうなると次に起こることは決まっているようなモノで、弾痕も新しく生まれるだろう。さすがにブラストライフルまでは勘弁願いたい。綾花のアグニプラズマカノンと同値の威力だ。単純に数値としての威力はあまりに高かった。


「マジで勘弁だな」

「何がでしょう?」

「鉄砲百合……ですよね?」

「さいです」


 小声で会話。ヒソヒソ。


「あー、あとは特記事項とは言えないが――」


 そんな感じでホームルームは終わる。


「お兄様?」

「何か?」

「またラブレターを貰い申しました」

「またかよ……」


 机の引き出しに入っていたらしい。懲りない奴が多すぎる。


「じゃアリスの出番だな」

「お姉様であれば白州三百人力です」

「そんな死語をよく知っていますね」


 呆れ果てるようなアリスだった。実際にツッコミが出来る事イコールでアリスも知っているわけだが。そこをツッコんでもしょうがないのだろう。


「それより兄さん」

「そちらも何か?」

「今日はプールの日ですよ」

「ちょっと生理が」

「男にあるわけないじゃないですか」


 まぁそなんだが。色々と刺激が強すぎるんだよなぁ。アリスにしろ姫子にしろ。


「じゃあ寝る」

「良い夢を」


 そこでそう返せるお前が凄いな。いや別に褒めているわけでは無いにしても。


「ま、いいか」

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