第81話鉄砲百合


 破裂するように、銃弾が弾けた。衝撃に体勢を崩す。


「兄さん!」


 アリスが俺と姫子を庇うように立ちはだかる。


「魔術師……か」


 躊躇いなくチェックメイトは引き金を引いた。そしてその全てが徒労に終わった。コールドフィールドは、ただ自動的に現象を零に戻す。ソレは魔術も例外では無い。対物ライフルさえ例外ではないのだ。


「ほう?」


 チェックメイトの片眉が跳ね上がった。どこか興味深げにアリスを見やる。


「常駐処理は聞いているが、死袴だけではなかったか」

「その割に冷静ですね」

「さてな。相性が悪いのは事実だ」


 鉄砲百合が短機関銃に姿を変える。どうやら銃の種類を選べるらしい。短機関銃。対物ライフル。あとは朝のスナイパーライフルか。コレはコレで厄介だ。


「――――――――」


 バララララと弾丸が放たれる。アリスは前に出た。銃弾が効かないのは証明済みだ。近接干渉魔術。


「――アブソリュートゼロ――」


 サッとチェックメイトが青ざめた。呪文は効果を意味する。むろん前後即因果ではないので違う可能性もあるが、この場合に於いては排除していい可能性だ。ユラリと空間が歪んだ。温度の落差が蜃気楼を生む。マイナス方向に……だ。咄嗟のことでチェックメイトは後退した。聡い判断だ。さすがにこの場合は経験の差が出る。そもアリスは魔術を覚えて少し。だが威力使徒は百戦錬磨なのだろう。


 ――近接干渉魔術『アブソリュートゼロ』


 それはアリスの触れた質量やエネルギーを絶対零度まで引き落とす魔術だ。理想気体の話になるが、絶対零度の世界では存在は維持し得ない。あらゆるモノが虚無へと還るのだ。その意味でアリスの魔術は破格だった。


「――光あれ――」


 さらに呪文を唱えるチェックメイト。


「レーザー銃。セット。ノーマルエンデッド」


 レーザー? そんなのまでありなのか鉄砲百合リリィライフルは。速度は光速を極める。躱すことは不可能に近い。その一閃がアリスを襲った。意味は無かったが。


「それにしても厄介だな」


 でしょうよ。俺だってどうすればいいのかも分からん領域だ。空気の揺らぎがチェックメイトを襲う。トン、と跳ねるような音がした。俺の視界からチェックメイトが消える。


「――――?」


 アリスも捉えられなかったらしい。


「上空です……」


 綾花が空を見上げていた。高所から大型の銃を地上にポイントしている威力使徒が、そこにはいた。


「あの形状は……」


 思惑するような綾花。判断は瞬時にして明朗。けれど手段は神秘にして軽妙。なるほど魔術か。結界内だからこそ出来うる事も有るわけだ。


「――我ここに願い奉る――」


 入力。そして演算。


「――アグニプラズマカノン――」


 灼熱が天へと向けて奔った。逆に天からも灼熱が降った。


「プラズマカノン……」


 呆然とその名を呼ぶ。鉄砲百合。ガブリエル=チェックメイト。告知の天使ガブリエルは百合の花を象徴とするらしい。おそらく此度のマジックアイテムはソレに準じたものなのだろう。だがそれにしても超高温プラズマを発射するその多様性は敬服に値する。灼熱同士が喰らい合い、互いに犯さんと相剋する。まさに原初の世界だった。


「さすがは音に聞く死袴よ。ブラストライフルすら封じせしめる……か」


 火炎放射器よりもタチの悪い……SF小説の世界だ。


 タンとチェックメイトは地面に着地した。


「姫子。私から離れないでください。相応の応対はしますので」

「お姉様……」


 はにかむような姫子の言葉。


「じゃ、俺か」

「兄さん」

「そんな顔をするな。別段傷の一つもないだろうよ」

「本当にですか?」


 さてどうだかな。少なくとも俺は今まで例外を知らない。


「とはいえ、殺す殺さないはいけない事だ」

「異教徒がほざくな」

「日本は思想の自由が許されるからな」

「受けるか?」


 チャキッと拳銃がこっちを向いた。相も変わらずトリガーハッピーらしい。その意味をどう捉えているのか……は興味深いが、それにしたって銃声が鳴っても誰も知覚しないのは少し不気味だ。


「そろそろ結界も消える。早めに終わらせよう」


 拳銃が鳴り響く。それらを身で受けて、しかし前進する。


「怪物――っ」


 どっちがだ。少なくともチェックメイトにだけは言われたくない。


「ブラストライフルは使わないのか?」

「平面上で使えば痕跡が残る。検閲対象だ」


 空から一点集中だったから可能なわけだ。あるいは綾花のアグニや厚い雨雲さえも検閲の範疇だったのか。銃弾を受け、躱し、弾かれ。けれども進む。崩拳。間合いゼロで拳が放たれた。俺からチェックメイトへ。受け止めたのはチェックメイトの膝。軽やかに力線を逸らして、


「コレで死なずば諦めよう」


 カウンターでゼロ距離ポイント。狙いは額。ズドン。ライフリングが俺の額を、


「――――――――」


 貫通しなかった。ただしいきなり撃たれて衝撃で仰け反る。額から煙を上げながら態勢を立て直すと、ざわめきが戻ってきていた。即時……ではない。じわじわと波紋が遅く広がるように、街が彩を取り戻していく。


「ここまでか」

「コッチはやっても構わんが?」

「鉄砲百合は拳銃での仕様なら検閲は働かない。対するそっちはどうだ?」


 銃で撃たれても死なない人間。たしかに魔法の漏洩か。


「だったら何故結界を張った?」

「知れたこと。死袴の戦力を量るため。こと神鳴市では、死袴は唯一の征夷だ。ソレが何故か有栖川を殺さない。では何かしらの事情があるのだろう?」

「それなりにな」

「サードヴァンパイア。繁殖するより先に滅ぼすのが人情だろう。そうは思わぬか?」

「蛇は玉子の内に殺せというわけだ。それで? 教義のためにどれだけの人間を屠った?」

「数えておらぬ」

「ま、いいか。去るんだろ。アリスに殺されるより先に逃げた方が賢明に思えるがな」

「そうしよう」


 タンと地を蹴って、住宅街の建築物へと身をくらませる。追いかけるのも無駄だが、何にせよ厄介を敵に回したわけで。


「大丈夫ですか? 兄さん……」

「無病息災」

「次は殺します由」

「殺人は禁忌だ。ラブ&ピースをモットーに。兄は怪我一つ負っていない」

「しかし……っ!」


 気持ちだけ頂戴する。ブラコンも過ぎれば毒か。少し萌えてしまった。

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