第79話申し訳


 俺は図書室で本を読んでいた。雨もうだりし五月雨よ。


「えと……その……」


 人体図鑑を読んでいる俺に、綾花が尋ねる。


「良かったんですか……? 行かせて……」

「姫子直々の御指名だ。断る理由も無いな」


 アリスと姫子は此処にいない。教室のどこかでイチャイチャしているだろう。死語かコレ? ともあれ姫子が懸想文を受けて、アリスはソレに付き添っていた。別に俺が着いていってもよかったが、アリスの魔術なら十分対処は可能だろう。要するに魔術……いや、この場合は魔法か……つまり魔法は文明に晒されるのを検閲するのであって、個人に理解不能の現象を晒す程度は問題ないはずだ。


「綾花も人避けの呪いを解けば良いのにな」

「あんまり目立ちたくございません……」

「魔術師ってのも面倒だな」

「どうしても魔法は……神秘です由……」

「神秘……ね」


 パラリとページを捲る。人体構造の理解は、実のところ俺には必要ない。既に把握している。けれどソレとは別に読書は俺を飽きさせない。在る意味で文学は神秘の祖だ。


「始めに言ありき。言は神と共に有り。神は言なりき……か」


 今世まで伝えられたからこそ伝説や神話は神秘たり得るのだろう。


「綾花は神鳴市の鬼退治に満足しているのか?」

「他の生き方は……あまり知らないモノで……」

「かもな」


 実際に俺やアリスも似たような物だ。外の世界は……あまり知らない。


「火焔の魔術師か」

「氷水の魔術師には……負けますけどね……」

「アレはアレで規格外だからな」


 別段シスコンでも構いはしないんだが。


 あらゆる質量やエネルギーを零値に変換する絶対防御。ついであらゆる質量を無力化するアルカヘスト。我が妹ながら末恐ろしい。


「綾花でアリスには勝てるか?」

「根気の勝負で良いのなら」


 そう相成るか。


「ヴァンパイアハンターの件もあるしな」

「あう……」


 尻込みすることか? 火焔の魔術師が?


「もしかして死袴でも討伐対象か?」

「可能ならば……」

「不可能だと?」

「だって……ヨハネがいますし……」

「あ、なるほど」


 治癒の聖術。たしかに死んでも問題は無いな。


「その場合……呪詛がどうなるのか……なんて話でも有りますし……」


 アリス固有のモノか。あるいは姫子もそうなるか。あしかに実験をするには重すぎる。仮に姫子が呪詛を持ったら、ますます俺の需要が増えるわけだ。


「綾花がアリスを滅ぼすことはしないのか」

「考えは……しましたけどね……」

「御心は?」

「下手に不燃爆弾のスイッチを……押さなくても良いだろう……が結論です……」

「うちの妹は地雷か」

「対人の呪詛なら……まだしも理解は得られやすいのですけど……」

「たしかにアリスは戦略レベルだな」

「ヨハネは……大丈夫なんですか……? そんな呪詛を浴びて……」

「元気だけが取り柄ですので」


 サラリと妄言を吐く。実際にワンセルリザレクションがあるので、普通に対処案件内だ。別段世界を滅ぼそうなんて思ってもいないが、あるいはハルマゲドンが起きても最後まで立っているのは俺だろう。難儀な魔法である。聖術と言ったか。


「姫子も……だからヨハネを……」

「アイツの場合、俺は副産物だろ」

「けれど……度量の深さは……認める処……」

「そーなのかねー」


 あまり実感も湧かなかった。


「アリスが姫子に惚れれば万事上手く行くんだが」

「ヴァンパイアハンターの……滅殺対象になりますよ……?」

「そこは関知しないな」

「案外……ヨハネはドライ……?」

「さすがに妹を思う程度は心も持つ。単に、俺じゃ幸せに出来ないってだけで」

「アリスは……本気でヨハネを……」

「知ってるさ。俺だってアリスは好きだ」

「その上で……?」

「姫子もアリスを好きだからな。その気持ちは十全に汲める」

「お兄ちゃんも……大変ですね……」


 まぁな。アリスがヨハネを狂おしいくらいに愛しているように、俺だって愛妹を心配はする。その意味で姫子はちょっとした逸材だ。倫理に反するの意味では、まぁたしかに残念ではあるも、同性愛は世界でも理解を求められている。


「ヨハネは……納得するのですか……?」

「するわけないだろ」


 できれば一生寄り添っていたい。叶わないのでどうにかこうにか……だ。


「意外と……純情なんですね……」

「思春期だしな」


 肩をすくめる。ページをパラリ。


「性欲と愛情を誤認する程度には俺も未熟だ」

「例えば……拙が相手でも……」

「綾花は良いな。凄く良い」

「本当に……」

「アリスがいなければ惚れていた」

「あう……」


 そこら辺が俺の残念さの証左なのだが。


「兄さん」


 そこに軽やかなリズムの声が聞こえた。既に聞き慣れた声だ。ルンと弾むような喜色。その彩が乗る声を、俺は観柱アリス以外に知らない。もっとも、アリスがその声を向けるのは世界で俺だけであっても。なんだかなぁ。世界遺産を独占するってこんな気持ちだろうか? ゴッホの向日葵みたいな? アリスは一体オークションで何億になるのか……。


「姫子もお疲れさん」

「お姉様がフォローしてくださったので」


 そんな姫子はアリスの胸を揉んでいた。


「自分の胸を揉んでくださいよぅ」

「お姉様のボインだからこそです」

「意味わかんないんだけど」

「仮にコレがお兄様ならどうします?」

「超興奮します!」


 一種の魔法だな。思春期の性事情って奴は。であればラブコメは衆人に受けるのだろう。


「結局お眼鏡にかなわなかったか?」

「おっぱいが大きいくらいでがっつかれても……ですね」

「姫子のアイデンティティだろ」

「お兄様は揉みたいですか?」

「死ぬのが怖いから此処は否と言っておこう。いいからアリスも呪詛を抑えろ」


 何なんだよ一体。いや分かってはいるが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る