第78話集めて早し


 雨はザーザーと降っていた。


「五月雨を集めて早し最上川」


 とはいうも、結界内の川が決壊したらどうなるんだろうか? 少しの疑問。


「今のところ……決壊した過去は……ありませんね……」


 たしかに住めなくなる因果を結界が構築するならそれはそれで面白いが。


「しかし雨か」


 朝食を取って、雨の中。登校する俺ら四人。すでに綾花も姫子もこっちに取り込んでしまった。綾花の場合は人避けの結界が効いているので、誰の目にも止まらないモノの。姫子はアリスと違ってフリーだと思われており、頻発に告白を受ける。毎度どうもの美少女事情だ。観念という言葉がコレほど強いとは……。ただ俺のことを『お兄様』と呼ぶので『何のプレイだ?』ていどは疑問視もされており、けれど俺の責任でもないので放置の方向で。


「しかし雨も風情があるよな」

「江戸っ子は風流を解します」

「えと……あう……」

「血の雨降ればまた違いましょう」


 そういえば吸血鬼だったな。お前様。普通に昼も活動するし、アリスから吸血しているところを見ていなければ普通人にさえ思える。アリスも血を吸われても吸血鬼化しないしな。本当に何がどうなっているのやら?


「それは近代文学での吸血鬼ですので」

「たしかに」


 ドラキュラは文学に端を発している。


「え。じゃあ吸血鬼ってありえないのか?」

「いえ……その……えと……」


 あわわと狼狽える綾花がちょっと萌え。


「人の集合無意識が形になれば、それがアークが再現することもあるんですよ。鬼なんて正にその例でしょう? 要するに人の神秘を畏敬せしめることを信仰として形に為す。その中でも特に人に害を為す区分けをモンスターと呼びます」


 分かりやすい姫子の解説。


「鬼もその一種だと?」

「ですから日本では鬼退治が流行っているんですよ。自然崇拝や神秘信仰は、その意味で天然魔術と呼ばれ、文明の裏側で今も顕現しております」


 なるほどね。


「で、そうなると」


 トンと一歩軽やかに前に出て、傘を差したままこっちを振り返る姫子。チュインと音がした。高校への通学路。その住宅街の一角が、穴を穿たれた。


「こういう事態に発展するわけです」


 パラパラ、とコンクリート製の壁がひび割れている。あくまで少しだけ。


「そろそろかと思いましたが、ここまでピッタリだと第六感も捨てたモノではありませんね」

「シックスセンス?」

「私たち鬼はアークと密接にリンクしているので、ときおり情報から演算できるんですよ。単純に知性の無い鬼ならまだしも、理性ある鬼は自分でも分からない対処が可能となります」


 それで衝撃を。一歩踏み出した姫子。その加速の分だけ位置がずれ、攻撃を回避し、姫子と俺との間で、何かが奔った。


「狙撃ですね」

「銃社会……」


 どこに迷い込んだ……俺たちは。


「銃撃?」


 登校中の生徒をヒットして何の利益がある?


「こっちでも……そうですね。綾花は神鳴市で鬼退治をしているでしょう? それはお姉様やお兄様も参加なされて」

「今はお前もな」

「ええ。ですから似たような風潮は海外にもあるのです」


 さらに可憐にステップを踏む。


 チュイン! チュイン! チュイン!


 さらに銃撃が奔り、姫子の残像を撃った。


「ほら、この様に」

「人様に恨まれることでもしたのですか?」


 アリスがキョトンと姫子に問う。


「していませんけど、こればっかりは人類のアナフィラキシーショックですね。要するにアレルギーですよ。ヴァンパイアハンター……と言えば聞き馴染みも宜しいのでは?」

「ヴァンパイアハンター……」

「吸血鬼狩りは欧州では盛んですよ。実際に第三真祖の眷属は、魔導災害に認定されていますし」

「……………………」


 俺は綾花を見た。


「あう……えと……吸血鬼が倍々ゲームで増えていく……インフレーションを指して……災害認定しているんです……。他にも災害クラスの天然魔術は……存在しますけども……」

「にしても銃撃って……」


 穴の空いた壁とは反対方向を向く。空と建物が広がっていた。スナイパーライフルだろうか? こちらを遠距離から狙撃するというのなら。


「そんなわけで白人が黒人を差別するように、吸血鬼もある種の信仰厚い人間にはアレルギーの元というわけです」

「だからっていきなり殺そうとするのか?」

「お兄様だってばい菌やウィルスが体内に侵入したら、くしゃみをするじゃないですか」

「あー……」


 にゃるほど。


「要するにモンスターに対する反動だと」

「それで暮らしている人種もおりまして」


 ヴァンパイアハンターね。


「銃撃なのは魔法検閲官仮説を慮ってか?」

「そう相成りますね。仮に銃撃なら人が死んでも神秘ではありませんし」

「厄介ながら大凡は理解できたが……大丈夫なのか?」

「あら。お兄様は心配してくださるので?」

「アリスにとっては俺以外の他人で仲良くできる人材が希少でな。含むところが無く、友人関係を維持して欲しい」


「お兄様らしいです」

「兄さんは心配しすぎです」


「とは言っても……こればかりはなぁ。ある種の男女を問わず敵対するのが、アリスの悪癖だしな……」

「ご心配で?」

「ま、兄として思うところは有る」

「兄さんが抱いてくだされば、私は兄さんのものだ、と証明出来てもっと大らかになれますよ?」


 それが出来ないのは知っとろーが。


「で、結局災難に遭うわけですね。兄さんは」

「言うなよ。実は結構気にしてる」


 アリスが鬼に襲われてから、どこか神秘の世界に絡まれているのは自覚の促すところだ。別に不本意とまで言う気は無いが、なにかしら徒労を覚えるのも事実で。ついでヴァンパイアハンターか。対人間はあまり想定していないんだが。鬼と違って殺して終わりにならない辺りとか。


「兄さんは心配性です。私は大丈夫ですよ」


 コールドフィールドがあればな。銃撃程度はへでもあるまいよ。それは俺のワンセルリザレクションも綾花のフィーバーフィールドも同じだ。

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