第68話運命の出会い
「で、まぁモールだよな」
「モールですね」
「えと……モール……」
即日休日だったので、アリスの水着を買いにモールまで来た。学校が指定したのは「デザインのない暗色の水着」とのこと。ビキニは認められたが、「あくまで理性に則って」とは念を押された。別に俺も際どい水着をアリスが着るのは反対だ。普通に男子生徒の情欲を駆り立てる。そこは不愉快でファイナルアンサー。だってアリスの裸体を見て良いのは俺だけだしな。アリスの方もそう思っているだろう。そげなわけで水着コーナーに突貫。アリスと綾花がキャイキャイと水着を選んでいた。
「じゃ、俺は化粧室に」
とな感じで座を離れる。綺麗で清潔な化粧室はモールでは当然だが、心地よいよなぁ。そんなことを思いながら元の場所に戻ると、
「――――――――!」
「――――――――!」
侃諤だった。アリスが男性客と言い合っており、その少し離れた場所で、美少女が二人、待機している。男性客は髪を染めてピアスをしている……いわゆるチャラい感じのチャラヘッドチャラで、恐竜にサーカス芸を仕込みたい御様子。
「そんな強引だからモテないんですよ」
は、と呆れた様にアリスが冷笑する。
「てめ! このビッチが!」
「はいそこまで」
俺は頭に血の昇ったヘッドチャラを差し止める。
「誰だお前は?」
「通りすがりのお兄ちゃん」
「――――――――?」
まぁそうなるよな。とりあえず早いところ場を収拾しないと、先の様に刑事事件になりかねん。俺が殴られるならまだ良いが、アリスと綾花にはさせたくない。ところで後ろに待機しているのは綾花ともう一人なんだが、こっちは誰かね?
「で、アリスは何で喧嘩を売ったんだ?」
「買ったんです」
其処はどうでもよろしい。
「しつこくナンパされているそちらの――」
と綾花に慰められている美少女を視線で指す。
「女の子の仲裁に入っただけですよ」
「なんでてめえが仕切ってんだよ」
さすがにヘッドチャラさんは不愉快らしい。気持ちは分かるが、強引は時に毒だ。乙女の扱いは繊細さが求められる。アリスが乙女か……は、この際論じない方向で。
「嫌がってる乙女を強引に連れ出そうとしているんですよ? セクハラでしょう?」
「単なるナンパだろうが!」
「と言われてますけど? どうします?」
アリスは件の美少女に視線を振った。いわゆるイタリア美人だ。ミラノとかに居そうな感じ。茶髪の髪と蒼い瞳。異国人……にしては日本人のような特徴も併せ持つ。体つきについては黙秘で。色々と厄介そうな話になりそうだ。下世話な意味で。
「わたくしは……男に興味がありません……」
それはどういう意味だ? すこし吟味するも、どこか空虚に風が心を吹き抜けた。
「ナンパも迷惑です。去ってください」
「とのことらしいがどうする? すでに衆人環視もスマホを向けているぞ?」
魔法検閲官仮説もあるのでワンセルリザレクションは使えない。とはいえ、こっちに男手は俺一人なので、殴られるなら俺からだな。
「チッ! ビッチには興味ねえよ」
イソップ童話の狐みたいな事を言って、ヘッドチャラは去って行った。
「はふ」
吐息をつく。
「大丈夫でしたか?」
アリスは、ナンパに絡まれて怯えていた女の子に声を掛ける。
「素敵……」
ポツリと女子は呟いた。アリスを見る目にポーッとした湯煎が彩られる。赤面した御尊貌は、在る意味で貴重だ。それからハッと自意識を取り戻す。
「助けてくださりありがとうございます。わたくしは姫子。有栖川姫子と申します」
有栖川姫子……ね。
「私は観柱アリス」
「アリス繋がりですね!」
さいですな。何か熱に浮くような有栖川さんの御言葉。顔の血流が激しいのか。顔を真っ赤にしてアリスを見つめている。その吐息は激しく、けれどどこか動悸は感じない。嬉しいモノ。誇らしいモノ。ソレらに触れている興奮にも近しいだろう。いや、ソレが何かまでは知らんが。それでも陶酔しているような表情は鮮明だった。
「こっちが兄さんの観柱ヨハネ。貴方を保護しているのが死袴綾花です」
「ども」
「どうも……」
俺と綾花が頭を下げる。
「兄さん……ですの?」
「ええ。愛しの私だけの兄さんです」
「む」
何故そこで不機嫌になる。理由が分からん。
「観柱アリス様!」
「何か?」
「わたくしのお姉様になってはくださいませんか?」
「お……姉……様……?」
飛び出したパワーワードに此処に居る全員が施行を白紙化した。爆弾発言を投下した有栖川姫子を除いて。お姉様って……アレだよな。
「サーチ&スール?」
綾花が正解。有栖川さんは、どうやらアリスを気に入ったらしい。それはわかった。
「いえ、その、私には想い人がいて」
「お姉様のお兄様ですよね?」
「分かりますか?」
「視線が語っておられます」
ですか。アリスとしても隠す必要は感じなかったらしい。実際に公言してるしな。俺との関係は入学式で暴露した通り。アリスにとって俺は嫁。もうちょっと融通効かんかな?
「どちらの学校にお通いで?」
「市立洞穴高校ですが……まさか……」
「これは運命の出会いです! お姉様の高校にわたくしも通いますわ!」
「年齢的に大丈夫なんですか?」
結構歳の近しい外見ではあるも、そも何歳かを俺たちは知らない。
「何とかなります!」
何か確証を持った言葉だった。
「お姉様について行かせていただきます! コレは運命の出会いです!」
「おねえさま……」
他に何があるでもなく呟くアリス。有栖川さんの好意はそれほど熱烈だった。蒼眼に乗った感情は熱を持っている。それも灼熱だ。もうどうにも止まらないとでも言うのか。
「少し冷静になってください」
「理性の拠り所は安定して心の中に! その上でお姉様に惚れ申しました! ああ! わたくしのお姉様! その血を頂きたいです!」
「えーと?」
俺に視線を振るな。どう扱って良いのか俺にも分からん。お姉様ね。スールって奴か?
別段アリスが百合に目覚めても問題は無いが、この場合に当てはめて良い物か……。
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