吸血鬼のお姉様

第66話六月の雨


「朝食が……出来まし……た……よ……」


 スラリと障子が開かれた。


「ん……あへぁ……兄さん……」


 トロンとした目で快楽に泳ぐアリス。その胸元に手を突っ込んでいる俺。朝は早くの時間帯。俺は沈黙した。それは迎えに来た綾花も同様だ。


「兄さん……っ! 兄さん……っ! 兄さん……っ!」


 ムニュムニュ。ポヨン。常識の埒外に属する巨乳が俺の手を挟み、摩擦させる。その御当人は性欲という名の悪魔に魂を売り、振り回されていた。もちろんやましいことはない。単に毎度毎度の呪詛の取り除きだ。丁度呪詛が活性化していたので、取り去って治癒していたところ。とまぁタネを明かせば何でも無いんだが、


「失礼……しました……」

「待て!」


 綾花には盛大な勘違いをさせてしまった。


 中略。


「てなわけで、いい加減慣れろ」

「そうは……言いますけども……」


 御本人の健気なこと。我が家の妹にも見習って貰いたい。


「兄さんの治癒の暖かみがいけないんです」


 とはアリスの言。実際その側面が有るのは否定能わじ。その頬はテカテカしていた。既に性欲の縛鎖からも解放されている。今は朝食中なので、どうやって解決したかは話したくない。


「ゼンマイは美味しいですね」

「恐縮です」


 式神の使用人さんは一礼した。今日は朝食より優先するモノが在ったため、普通に食事を用意されていた。既に死袴屋敷も慣れたモノで、我が家の様に寛いでいる。綾花にとっては「華やかなりし」とのことらしく、枯木も山の賑わい……と云った様子だろう。普通にコミュ不足なので、ところどころつっかえる喋り方だが、俺としては加点対象。


 米と山菜。五穀にゴマ豆腐。手製の味噌による味噌汁。普通に健康的な食生活だ。


 食堂で朝食を終えると、制服に着替える。六月に入った。梅雨入りだ。普通ならもっと遅れるモノだが、異常気象故か。普通に梅雨前線が活発化。結界内の死袴屋敷でも雨が降っていた。なお縁側から見える景色には紫陽花が咲いている。ここら辺の雅さ加減は、ある種の贅沢に相当するだろう。コレがあるなら梅雨も許せる気になる。


「ま、雨もいいものだ」


 制服に着替え終わると、アリスと綾花と合流。


 アリスはサラサラの金色の髪にエメラルドの瞳。綾花はイノセントな白髪に血色の瞳。どちらもが同じ制服を着ているも、胸部を押し上げる質量には差異が在った。別にアリスが異常なだけで、綾花とて平均以上にはある。品性を疑うならアリスの方だろう。まぁ俺が何言ってんだって話だが。


「兄さん兄さん」

「はいはいはい」

「相合い傘をしましょう」


 雨の日故の贅沢と言いますか。


「構わないがね」


 こういう場合逆らっても得しないのは織り込み済みだ。別にやましい気持ちも……少ししか無いわけで、その意味でもサービスの一つはあっても宜しい。


 我ながらシスコンだ。


「えへへ。じゃあ」


 ギュッと俺の腕に抱きつくアリス。柔らかな感触が腕を包み込み、乙女の吐息が首をくすぐる。ちょっとしたショッキング体験だな。あるいはエクストリームスポーツ。俺にとっても悪いことではないので……まぁ放置。喜んでくれるんならアリスの好きにさせるさ。


「にしても結界でも雨は降るんだな」

「一応結びの国ですので」

「むすびのくに?」

「魔法論になります故、ここでは語りません」


 そっち方向の知識か。


「で、そろそろプールの季節だな」

「えへへ。兄さんと」

「普通に視姦されると思うぞ?」

「にゃ」


 一気に不機嫌方向に振り切って。


「男子のエッチな目はどうにかなりませんか?」

「人避けの呪いとか?」

「兄さん以外には知覚できなくなりますね。ソレは良い考えです」


 出来るのだろうか。俺が暗示に掛からないのは既に先刻の通り。では暗示の呪いは治癒の適応範囲以内では? 少しそう思う。


「にゃるほど。それだとせっかくの人避けも?」

「可能性としてはあるな」


 なんにせよ、治癒は必要だ。


「死袴的にはどうなんだ?」

「どう……とは……?」

「アリスの呪詛をどうにか出来んかと。俺の治癒の聖術を、そっちの魔術で再現も可能ではあろう? 魔術と聖術に本質的な違いは無いんだから」

「ですけど……対処の意味では……別の翻訳が……」

「例えば?」

「殺す……」


 あー……。


「えと……。今までも……コレからも……血桜様の生みだす呪詛は……弑することで安寧を保つ……。それが死袴のやり方です由……」


 なるほどな。たしかに鬼ではあるわけだ。俺が居なければ討伐対象にはなると。死袴屋敷に招いたのも、その一環だしな。


「兄さん兄さん」

「はいはいはい?」

「雨に濡れてはいませんか?」

「今度はもっと大きな傘を買おう」

「ですね」


 普通に和風な傘でした。


 そんな感じで登校。辺りは騒然。衆人環視は視線を刃物にグッサグサ。そこまで恨まれる立場か俺は。一応手は出していないぞ? おっぱい揉んだけど。


「雨の日に、『拾ってください』と書かれたダンボールに入って猫耳を付けてニャーと鳴いたら、兄さんは拾ってくれますか?」

「警察を呼ぶ」

「えー」


 何故残念そうなんだ? 怖いから聞けないけども。ていうか普通に俺以外に拾われる可能性を考慮してない辺りが何ともはや。まぁアリスの脳内が薔薇色で乙女色なのは今に始まった事でもあるまいよ。


「兄さんになら可愛がって貰いたいです」

「相合い傘をしているだろう」

「でしたね!」


 それだけでも嬉しいのは何だかね。兄冥利に尽きる……のか? 我ながら「何をしているのか?」の自問を解けなかったが。それにしても雨か。濡れたアスファルト特有の匂いが、どこか郷愁を誘う。別段センチメンタリズムを肯定するつもりもないが、一つの季節の雅ではあろうよ。


「今日から水着選びですね」


 まぁそうなるな。学校で商業を独占してるんだから良い商売だ。濡れ手に粟とでも言うのか。そこら辺の商魂は、法人ならば有り得るだろうが、私立の学校でやって良いのか。うーむ。我ながら謎めいたテーゼだ。

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