第63話自責の念
とまぁそんな感じで、俺は古洞さんが鬼に襲われているところに居合わせたわけだ。結界の構築。遺念呪詛。鬼と呼ばれる魔法知性。
「死ね……死ね……死ね……」
糸鬼は俺には本気で攻撃を仕掛けていた。徒労に終わるが。
「何で……? 観柱くん……観柱さん……」
「鬼退治は専門じゃないが、それにしても放ってはおけなくてな」
「私を?」
「お前を」
サラリと返す。
「兄さん!」
「お前を蔑ろにしているつもりはねえよ」
兄妹漫才もそこそこに。
「そもそも状況が矛盾に満ちているんだよ。今回の一件は」
「どういう……こと……?」
嘔吐く古洞さん。糸から伝わる意図に、精神をやられているのだろう。そもそも糸鬼はそんな鬼だ。自責の念を加速させて自滅へ誘うトーデストリープ。
「まず何でお前は生きていると思う?」
「生きている? それは……工藤さんを見捨てて逃げ出したから……」
「いや、土蜘蛛じゃなく糸鬼の方……」
「ええっと」
たしかに殺されても文句はなかったはずだ。その気になれば糸鬼は古洞さんを瞬殺できる。ソレにたる能力も持ち合わせている。
「私は……生かされた?」
「そう考えるのが妥当だな」
俺は頷いた。鬼の鬼たる所以。ソレは語らなくとも、呪詛の在処は工藤さんではなく古洞さんにある。コレはソレだけの話。
「そもそも魔術研究会に相談に来る前に糸鬼に殺されて終わりが常道だろう?」
「そうだけど……」
疑念。思惑。
「今回の件だけ切り取ってみても、俺とアリスが到着する前に、ズタズタに切り滅ぼされて同然に能う」
「う……」
古洞さんは論破された様な苦虫を……な顔をした。
「けれどお前は生きている」
そこに矛盾が存在する。
「工藤さんは……私を殺す気は無かったって事? 死ねって良いながらも……? 傷つけながらも?」
「オリジナル性を問うなら、そもそもアレは工藤さん本人じゃない」
俺は端的に述べた。ソレが全てで決着だ。
「工藤さんじゃ……ない?」
「おう」
「ですね」
俺とアリスは苦笑い。死者が蘇るにしても因子は必要だ。この場合の糸鬼は土蜘蛛にイメージが引っ張られている。
「ではあの工藤さんは何ですか?」
虚空の瞳。滝の様な血涙。鬼。死者。呪怨を乗せた不気味な有り様。
「アレはお前だ」
俺はサラッとそう述べた。
「私……だよ?」
「ああ、お前だ」
正確には、
「お前の自責の念。古洞さんが生みだした自罰感情に形が乗って……体を成したのが糸鬼の正体だ」
「自責……?」
「先にも述べたろ。普通にアレはお前を殺さなかった。そしてそれでも尚お前に襲いかかった」
「何が言いたいの?」
「呪詛に必要なのは強烈な思念。因果。あるいは環境か。どちらにせよ本物の工藤さんは西方浄土に行っているはずだ。アレはそれとは別枠。もっと言えば劣化コピーに値する存在だ。その思念が何処から来たかなら……それは古洞さんになろうな」
「私」
「糸を受けて死にたく為らなかったか?」
「ソレは……っ!」
「暗示だ。ソレも強烈な自己暗示だな。しかもカウンターまで用意されているのは真っ当と言えばそうなんだが、少し悲哀も呼ぶ」
「自己暗示……?」
「言ったろ。この件の根幹はお前だ。土蜘蛛に襲われて、工藤さんはバラバラ殺人事件。一緒に居たお前は工藤さんの行く末に責任を持った。となれば、自分のせいで工藤さんは死んだ……お前がそう思っても不思議じゃないし……実際その通りに思っているのは確認を取るまでもないよな?」
「……ですけど」
どこか不満げな古洞さん。気にする俺でも無いが。
「その自責の念が神鳴市っていう霊地に呼応して鬼が生まれた。要するに糸鬼はお前の精神の鏡だ。ただそれだけで存在する水月だ。『工藤さんに殺されなければならない』と思い詰めたお前の思念の結晶体だな」
「じゃあなんで私は殺されていないの?」
裂傷の奔った身体を押して、古洞さんが唱える。
「強烈な自己愛故だろうよ」
だから俺は最速で切り込んだ。別に遠慮も必要ないしな。傷つき傷つけられは古洞さんと工藤さんに任せるさ。
「要するに『死にたい』と想う気持ちと『死にたくない』と想う気持ちがせめぎ合っているんだよ。前者が鬼を作り、後者が鬼を差し押さえていた。独りよがり……の意味でならオナニーと呼べるかもしれないな。別段俺にはどうでもいいが」
自責の念が自分を傷つけ、自己愛が自分を守った。だから裂傷を作る以上の干渉が糸鬼には出来ない。なにせ古洞さんの本心は「死にたくない」なのだ。であれば適当に傷ついて、それを他者のせいに出来るなら、それだけで事案は完結する。
「じゃあ……私が工藤さんを束縛していたの?」
「そう相成るか?」
俺としては別にどうでもいいことだが。
「死ね……死ね……死ね……」
糸鬼はこちらに殺戮を向ける。ま、付き合うくらいはどうでもいい。
「じゃあ工藤さんは……」
「既に死んでいるのはお前の知るところだろ」
こう言うとき良心が痛まないのは俺の美徳だな。自分で誇らしげに思える類ではないとしても。ま、悪役には慣れている。別段、古洞さんの自責の念に付き合う必要もあるまいよ。というか百パーセント本気なので、そもそもあまり関わり合いたくもない。案件を処理するためのアフターサービスの様な物だ。
「じゃあアレは私の妄念」
「そう相成るな」
「私が生みだした幻影。私にだけ都合の良い蜃気楼」
「そう述べて間違いはない」
「工藤さんは……死んだんだね……」
「葬式もやったろ」
今更何を、だ。
「そっか。死んだんだ。工藤さん」
今やっと、古洞さんは工藤さんとやらの死に追いついた。
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