第59話土蜘蛛の後に
「兄さん!」
ルンと声を掛けるアリス。俺はその抱擁を受け止めていた。胸板にムニュッと幸せが押し付けられる。
「で、今日の昼飯は?」
今日は日曜日。昼食は死袴屋敷で……であった。
「鮎の塩焼きと味噌田楽です」
相も変わらず渋いな。死袴屋敷のチョイスは。さすがに自然と生きる事を肯定しているだけはある。この辺はアリスですら追いつかない文明だろう。
「土蜘蛛は退治したんですよね?」
まぁな。とはいえ一時的ではあろう。血桜が封印されている土地。霊地と言ったか。ここでなら第二、第三の土蜘蛛が現われてもおかしくはない。
「むにゃ。えへへぇ」
俺の鎖骨にスリスリと頬を寄せるアリス。ちょっと萌え。
「で、平和が戻ってきたと」
「呪詛の方はどうだ?」
「幸せいっぱいで気になりません」
ふむ。
「……………………」
背中からソナーを投げて心臓を察する。ちょっと呪詛が溜まっていたので取り除いた。極めて微量だが、用心を布くにやり過ぎはない。
「午後からはデートしましょうね!」
「お前がソレでいいんならいいんだが」
嘆息。
「で、味噌田楽は?」
「こちらです」
と案内された。すでに昼食は始まっている。火がパチパチと鳴いており、コンニャクやつくねや蟹などが焼かれている。蟹は川で捕ってきたらしい。寄生虫は大丈夫なんだろうな……とは思ったも、その辺は梵我誤差らしい。梵我誤差を俺がよく知らないのだが。とりあえず火が綾花の魔術であることだけは察した。
「おはようございます……ヨハネ……」
休日故、昼間まで寝ていた俺に、綾花が頭を下げる。
「どうも。情緒のある風景だな」
「にゃはは……」
ポリポリと綾花が頬を掻く。味噌の香りが食欲を促進する。
「はい。兄さん。あーん」
田楽を差し出すアリス。
「あーん、む」
サワガニを食べる。寄生虫の心配が要らないなら普通に食用だ。死袴屋敷の川で採れるらしい。ソレもどうよ? そんなこんなで食事を終えると、今度は衣服の問題になる。アリスとデートだ。夏も近いし軽装を俺は選んだ。
「えへへ。兄さんとデート」
「綾花と古洞さんは置いてきて良かったのかね?」
「無粋です」
「お前の意見はそんなところだろうな」
別段今更矯正しようとも思わない物だ。アリスが俺を好きすぎる様に……俺もアリスを好きすぎる。
「で、結局甘くなるんだろうな」
そこまで考えてしまう。
「何がですか?」
「なんでもにゃ。それで? 何か買いたい物でも?」
「兄さんと歩けるだけで至福です!」
「それはまた質素な感性で」
お手軽な乙女も居たことだ。
「兄さんは私に着て欲しい服なんか在りますか? ボンテージとか」
そこで提出する服の種類がアリスの限界を指し示している。
「犬耳カチューシャで全裸とか?」
「リードは握らんぞ?」
「えー……」
正にコッチの台詞だ。なんでそんなに残念そうよ?
「兄さんのメス奴隷になら幾らでもなれます由」
「他の男子に言えるなら大した物だ」
「そんな大した存在でもあり申さず」
「だからって俺を挑発して楽しいか?」
「兄さんになら」
勘案すべきはそこだろうな。妥協と詭弁の二重。重ね合わせる論弁は、とかくアリスには不都合だ。分かってやってる俺が何様だって話でも有れども。
「とにかく今は春を謳歌しましょう」
「もう五月も終わりだがな」
「この場合は青春です!」
知っている。とはいえソレで片付けられるのもなんだかな。
「土蜘蛛は退治したのでしょう?」
「それは肯定だ」
「なら鬼はすぐにはやってきませんよ」
「だったらいいんだが」
呪詛を取り除いてはいるので、俺も楽観論には賛成在りしも。
「兄さんは興奮する下着とかありますか?」
「色々とあるぞ」
アリスの裸体に纏われるなら、基本的に選り好みをしない。
「えへへ……それは照れますね……」
うん……まぁ……お前ならそう云うよな。事に今に始まった事でも無いので、スルーはさせて貰う物の。
「で、要件は下着を選べと?」
「はい!」
「却下」
「何でです~……」
そんな未練たらたらにならなくとも。コッチが悪い気がする。乙女の尊重権の不条理は、在る意味で魔法以上に魔法だ。
「兄さん的にエロい下着はどれですか?」
とラグジュアリーショップでのこと。
「そもそもアリスの裸体がエロいからな」
「それは……恐悦です」
いやまぁ、健全に育っている証ではあるんだが。
「最近また胸が増量中でして」
またかよ。
「どうにかならんのか?」
「え~と……揉むと小さくなるらしいですよ?」
「大きくなるとは聞いたことがあるが……」
「昨今ではなんだかそんな論調も」
「で?」
「揉みしだいてください」
そう云うよな。いや、だいたい悟れはするんだが。アリスの残念さ加減は把握しているつもりだ。そこに条例が適しないのは、あくまで俺の自重の結果。普通に考えれば、まず校則違反と条例違反と法令違反のオンパレード。世の中って住みにくいな。
「兄さんは苦労性です。普通に避妊すれば何の問題も無いでしょうに」
「お前の中ではそうだろうな」
世の中はなべて相対的で。スピード違反も取り締まりは過剰であれば、だ。
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