第58話火焔の魔術師


「……………………」

「――――――――」


 ヒュッと温度が下がった。ちょっと悪寒が背筋を奔る。俺は沈黙し、綾花は硬直した。


「これは」

「結界……ですね……」


 夜気を糸が切り裂く。


「――――――――」


 女性の悲鳴に金切り声を混ぜた様な咆吼が轟いた。


 ――土蜘蛛だ。


「相も変わらず服を着ないのな」


 土蜘蛛の上半身は、裸体の女性だ。乳房もある。


「興奮するんですか……?」

「アリスに比べればまだまだだなぁ」


 そう云う問題でもあるまいが。


 瞬く間に糸が縦横無尽に奔り、一種……展開されている結界とは別に、糸による場の掌握……物理的な結界が張られた。空間に張られた蜘蛛の巣。その通りに夜空を移動し、糸を引っかけて翔る土蜘蛛。


「とりあえずは……」


 糸が俺を襲った。斬撃。能わず。


「普通に……ヨハネを殺す方法が……思いつかないんですけど……」

「ブラックホールでも殺せないしな。確率変動でも持ってくるしかないんじゃないか?」


 ――もしくは治癒そのものを無効化するフラガラッハ等の魔剣を持ってくるか。


 そこまで到達して初めて俺を殺せる。ま、死んでも生き返るんだが。


「――――――――」


 吠える土蜘蛛が糸を操る。足場。拘束。斬撃。掣肘。何かと器用な異能だ。もし魔術が使えるなら応用に使っても良いくらい。魔術使えないんだが。無念。


「――我ここに願い奉る――」


 綾花が魔力を入力した。


「――迦楼羅焔――」


 火焔が飛ぶ。だがやはり土蜘蛛の機動力が勝った。


「他に使えないのか?」

「色々在りは……申しますけど……」

「何で使わないんだ?」

「ヨハネを巻き込みます……」

「其処は気にするな。火焔程度ならどうとでも為る」

「はあ……」


 眉をひそめられた。たしかに俺を攻撃すれば、アリスの呪詛の原因には為ろうけども……その本人が此処にはいないわけで。


「では……死んでも文句を言わないでくださいましね……?」

「殺せるんなら如何様にでも。後刻のアリスはお前に託す」

「ではその様に……」


 アリスは呪文を唱えた。


「――我ここに願い奉る――」


 入力。そして演算。


「――ムスペルヘイム――」


 灼熱の国が生まれた。周囲の酸素を枯渇させ、急激に温度が超高温まで上がる。空間に張り巡らされた糸が悉く焼き切れ、俺の呼吸で吸い込まれた熱気が、肺を灼いた。だからって俺が死ぬことは無かったんだが。


 ――なるほど。他の魔術師とは共闘出来んわな。


 声にならず……そう思う。ムスペルヘイム。世界の始まりに在りし灼熱地獄。巨人の住まう、火焔の国。そこは火焔に愛された者しか住めない楽園でもあった。


「――――――――」


 その効果範囲外に土蜘蛛は難を逃れていた。この辺は阿吽の呼吸なのだろう。それくらいの戦術論がなければ、既に綾花に討伐されているだろうしな。


「――黒縄地獄――」


 さらに高熱が場を支配する。熱結界……とでもいうのか。土蜘蛛の結界を、火焔の結界で塗りつぶす魔術。


 火焔の一現ひとうつつ


 綾花のパワーイメージがソレだとは聞いていたが、その破滅性までは思いが至らなかった。ここまで人外か。死袴の血族は。


「――ラハトケレブ――」


 今度は火焔の剣だ。渦を巻く様に回転している炎の濁流が土蜘蛛に襲いかかった。糸による防御など意に介さない熱量。ソレは容易く糸ごと土蜘蛛を侵食した。


「――――――――」


 土蜘蛛はソレさえ避ける。魔術師の綾花は、魔術はともあれ肉体は鍛えていないらしい。肉体……とは違えど精神の反射もどちらかならば俺が上だ。まぁワンセルリザレクションがあるので、人体構造の無茶を平然と行使できる俺は一般人とは比べられないにしても。


「――ドラゴンブレス――」


 さらに魔術。竜の吐く火焔の吐息が土蜘蛛を襲う。躱しこそした物の赤光に脚が炙られる。さすが連続した灼熱地獄を全て回避も出来ずか。不幸なことだが、既に土蜘蛛は人を二人も殺している。ここらで食い止めなければ、魔法検閲官が働くだろう。こと法治国家である日本にとって連続殺人はソレだけでニュースだ。そうならないために因果が乱れ、魔術師が安寧を保っているのだろう。


「――レーヴァテイン――」


 灼熱の斬撃が土蜘蛛の脚を焼き切る。


「――――――――」


 吠える土蜘蛛。


「悲しいかな……退治されるが定め為れば……」


 入力。演算。そして出力。


「――メギドの火――」


 天空から灼熱が降り注いだ。かつて堕落都市を滅ぼした炎が再現される。閃光が目を焼いた。ついで灼熱。超高熱プラズマが亜光速で降り注いだ。天から地へと。


 曰く、「これでも手加減したんです……」とは綾花に言い様。


 なんでも本気で放てば一都市程度は焼けるとのこと。実際に伝説を再現するのなら、たしかにそれくらいの威力があって当然だ。


「で、件の土蜘蛛は?」

「焼き滅ぼしました……」


 後手後手に回ったにしては、中々あっさりした解決。


「うーむ」

「いえ……手を抜いていたわけでも……ないのですけど……」


 ま、足手纏いが居ただけで。その上で最善は尽くしたのだろう。そこは俺も納得する。元よりこっちに被害はないのだ。その点を加味すれば、俺から言うことは何も無かった。


「一応工藤さんの敵を取ったことになるのか?」

「はて……。古洞さんが……どう思うか次第……でしょう……」


 工藤さんを目の前で殺された古洞さん。その死者が鬼となったなら、土蜘蛛の眷属である工藤さんも西方浄土に?


「どう……でしょう……」


 経過観察だな。後は普通にやるしかない。


「それはそうですけども……」

「何か異論が?」

「いえ……その……えと……」

「?」

「引かないんですか……? こちらの……超戦力に……」

「言ってしまえばアリスのボインの方が超戦力だからな」

「あう……」


 フニフニと自分の胸を揉む綾花でした。


「別にそこで張り合う必要は無いぞ?」

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