第57話アイスを食べる


「ぶっちゃけ……呪いが怖いです……」


 月夜でのこと。綾花は怖気を奔らせている様だった。


「何が?」

「こうしてヨハネを……独り占めして……」

「勘案事項ではあるな。少なくともアリスと綾花の両面には」

「ヨハネは……温泉でも普通にしてたよね……?」

「どうしても慣れはあるよな。性欲が枯れているわけじゃないところが……ま、難点と言えばその通り」


 俺は月を見ながら夜の街を綾花と一緒に歩いていた。


「何考えてるか当ててやろうか?」

「えと……」

「なんでセックスしないのか? だろ?」

「えと……遠からず……」

「実は俺も不思議だ」


 実際アリスより可愛い女の子を見たことがない。綾花も大概平均から逸脱しているも、同値であって超えているわけでもない。総合的な評価を下すなら、偏ったシスコンな意見を承知で、アリスの方が可愛い。


「そこは……拙も同意です」

「だよなー。本当に勿体ないことをしている」


 嘆息。こちとら女体に夢見る男子高校生。青春時代に童貞を卒業せなば、後ろ指を指される具合。ここで良識と性欲が相克する。日に日に魅力的になっていくアリスは、我が妹ながら末恐ろしい。


「ヨハネは……えらい……」

「わはははは」


 虚しい。


「ま、とりあえずは土蜘蛛だな」

「そうなんですけど」


 途中でコンビニに寄る。初夏の季節。アイスの美味しさも一入だ。俺はモナカを、綾花は餅系のソレを、それぞれ購入した。コンビニ前でモシャモシャ食べる。


「ちょっと意外だったな」

「えと……何が……?」

「こうやって普通に歩いているところとか」

「縁が繋がれば……何処に居ても一緒ですし……」


 当然、「?」となる。モナカをシャクリ。


「袖擦り合うも……って知りません……?」

「言葉くらいは知っているけども」

「この世の縁を解くに当たって……占いは場所を指定しません……。いえ……肝要な場所もあるにはありますけど……この神鳴市では……全てが霊地ですので……」

「納得」


 モシャッとモナカを食べる。


「じゃ、血桜が関わってもいると?」

「血桜様は……その手の縁が豊富ですので……」

「なるほどだ」

「結局のところ……霊地管理者は……その場で最善を尽くすしか在りません……」

「死袴に生まれるのも大変なんだな」

「いえ……慣れました……」


 少し困った様に綾花は微笑んだ。別に人の生き方をとやかく言う資格も無いか。無論限度はある物の。アリスとかアリスとかアリスとか。


「結局アリスも鬼で良いのか?」

「えと……どうでしょう……」


 今のところは上手く回っている。そう綾花は言った。


「全ては……ヨハネのおかげですけど……」


 人生万事黙示録。


「結局のところ何処かで上手くは回っているのか」

「その意味でなら……土蜘蛛も……」

「そう相成るよな」


 モナカをモグリ。食べ尽くす。


「しっかしよくよく鬼と縁のある……」

「巻き込んだ形で……申し訳ありません……」

「それはこっちの台詞だな」

「え……?」

「綾花に声を掛けたのは、アリスの呪詛をどうにか出来ないか……だったから」

「死者の蘇生は……魔術でも難しい部類に入ります由……」

「魔術では?」

「魔法全体の括りなら……実例は存在します……」

「聖術とか?」

「そうですね……。聖術の演算能力は……偏に人外の一言ですので……時折……奇蹟とか不条理を為し得る御業では……あります……」


 さほど大層なこともしてはオランダなぁ。


「けれどヨハネが治癒なら……アリスは健全に蘇るはずなんですけど……」

「呪詛は別の要因と?」


 そこを聞くために近付いたのだから。


「どうでしょう……? あるいはアークでも……不完全性は在るかもしれませんし……」

「そこだよな」


 コンビニを離れて街を歩く。街灯に照らされる綾花は思案げ黙考に埋没していた。


「結局迷惑か?」

「いえ……むしろ嬉しいです……」

「聞きにくいことを聞くが、お前ぼっちだろ?」

「それはまぁ……そうですね……」


 泣ける。普通に泣ける。


「魔術師は……魔術師としか……本音で話せないものですから……。魔術が検閲にかかる以上……一般人は魔術師と友情を結ぶのが難しいんですよ……」

「じゃあ魔術師と友達になれば良いんじゃないか?」

「霊地の管理者は……排他的なんです……」

「ソレこそ何故だ?」


 むしろ血族だけで大鬼をフォローする方がどうかと思うんだが。


「えと……霊地は……魔法業界に於いて宝です……。在る意味で……熱力学を無視した土地ですので……その応用性は計り知れません……。もちろん検閲は掛かりますけど……それを差し引いても……霊地を持つ魔術旧家は……それだけで魔法業界に発言力を……持つんですね……」

「つまり魔法を独占したいと?」

「そう受け取って貰っても……構いません……」

「色々と拗らせてるんだな。お前も。魔術師も」

「基本的に……神秘に該当するので……」

「じゃあ俺やアリスは邪魔者か?」

「えと……いえ……」


 そこで綾花は赤面した。


「侵略意図のない魔法使いは……むしろ希少なので……ちょっと嬉しかったり……」


 照れる様にはにかむ様よ。


「お前もそんな表情できるんだな」

「そんな……表情……」

「焦がれる乙女と申しますか」

「白髪赤眼の性質ですので……人避けがないと目立ち候ひますし……」

「じゃ、友達で良いんだな?」

「こちらこそ……お願いしたいくらいです……」


 ではそういうことで。

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