第55話愛妹の都合


「……っ……げぇ……」


 今朝もまた悪夢がアリスを襲う。俺は治癒を掛けた。胃液が吐瀉され、俺に降りかかる。


「呼吸を落ち着けろ。大丈夫だ。ここにお前の敵はいない」

「兄さん……兄さん……っ」

「大丈夫だ。俺がいる。気にすることはないんだ。俺はアリスの生を祝福する」

「兄さんには……迷惑ばかり……」


 何時もは不遜なアリスも、こう言うときは消極的になる。


「大丈夫。大丈夫。大丈夫」


 呪文の様に唱える。あるいは呪いの意味で、ある種の呪文かも知れなかった。


「う……げ……がぁ……」


 吐き気を抑えようと必死になるアリス。そして俺は治癒でそれを補助する。


「私は……死ぬべきなのですか……?」

「もしそんな世界なら、俺は世界の方を否定する」


 金色の髪をクシャッと撫でる。憂いに満ちたエメラルドの瞳から、涙を拭う。


「誰が敵でも良いだろ。俺だけは味方をしてやる。裏切ったと思うなら刃物を持て。アリスになら殺されてもいい」

「兄さんは死にません」

「そうだったな」


 クシャッと。


「だから心配しなくて良いんだ。お前を置いては……何処にも行かない」

「約束ですよ」

「書類は無いがな」


 そこはまぁご勘弁を。


 吐瀉物で汚した布団は式神が取り替えてくれた。俺とアリスは汚れた身体を洗い流すため温泉に入る。こう言うとき死袴屋敷は便利だ。風呂から上がると食事が用意されており、食した後に着替え。登校と相成る。


「大丈夫でしょうか?」


 古洞さんとは別クラスだ。俺とアリスと綾花はクラスメイト。


「昼間は……鬼も活動しないので……大丈夫です……」


 とは鬼に明るい綾花の言葉。実際に逢魔時から丑三つ時までが鬼の活動時間だ。


「此処の霊地も業が深いな」

「ええ……おかげで……食っていけるわけですけど……」


 国庫の負担だったか。


「兄さんは大丈夫なので?」

「今更お前がソレを聞くか」


 呪いが残っていたか? 今朝取り除いたつもりなんだが。


「私も霊地の呪いかもしれませんよ?」

「だったら血桜様を滅ぼすまでだ」

「いや……それは……」


 綾花が萎縮していた。


「兄さんは優しすぎます」

「夢見た日は不燃物だなお前」

「兄さんにしか、私は救えませんから」


 …………そうかもな。


「抱いてくだされば、もうちょっと兄さんを信頼能うのですけど……」

「じゃあ一生悩んでろ」

「意地悪……」


 そう云う問題じゃぁあるめえよ。今更言っても始まらんが。


「兄さんは私の何がダメなんですか?」

「血」


 一文字で終わった。


 昼休みは食堂でのこと。俺とアリスと綾花は三人で昼休みを満喫している。俺はカツカレーを食べていた。


「綾花」

「えと……なんでしょう……?」

「魔術で血統を作り替えたりは出来ませんか?」

「聞いたこともない……魔術ですね……」


 まぁ魔術を使える家系に産まれて、その血統を書き換える奴がどれだけいるかって話だからな。綾花の困惑も尤もだ。


「その場合ブラコンじゃ無くなるが良いんだな?」

「妹妻はダメですか?」


 なにその斬新な血縁。十八禁コンテンツに出てきそうな単語だな。


「だから避妊すれば誰にも迷惑掛けませんし」

「いや両親に多大な迷惑を掛けると思うんだが……」


 むしろ戦慄して俺は述べた。


「私より可愛い女の子が居ますか?」

「居ない」


 詭弁だったが、まぁ事実でもある。金髪碧眼のクォータ。テーブルに載せている巨乳は日に日に重量を増し、腰からお尻へのラインは黄金比を形成している。普通に考えて優良物件。男の性欲に刺さる女体だ。抱かないがな。


「兄さんは意地悪です」


 むしろ善良性の証明じゃないか。場合によっては強姦もありうるぞ。お前の肉体は。無論俺が付き添っているので現実的には有り得ないとしても、どこかタガの外れた男子というのはいる物で。じゃあ其奴らと俺の違いは何よ? って話になる。答えは明確だが。


「ヨハネは……愛されてるね……」

「至極真っ当に幸福だな」


 嘆息。


 綾花はカレーうどんをズビビと手繰っていた。


「土蜘蛛はどうなった?」

「姿を見せず……」

「となると俺狙いか」

「私の責任ですね」

「とれるのか?」

「身体でなら」


 まぁそういうよな。漸くエンジンがかかってきたらしい。


「というわけで衆人環視の中で辱めてください」

「俺の責任の範囲外でやってくれ」


 一応大学には行きたい。内申点に響くことはしたくないのだ。


「兄さんのヘタレぇ……」


 アリスェ……。


 と冗談はともあれ。


「呪詛の焼き付きか」

「それですよね」


 兄妹揃って嘆息。まっことこの世の生き難い。


「鬼避けの魔術とか無いのか?」

「えと……ありますけど……手持ちには……」


 鬼と出会えなければ誅戮も出来ない。故に綾花は鬼避けを忌む……とのことらしい。


「そう相成るか」

「土蜘蛛はヨハネを……狙ってるんですよね……」

「そうなるな」

「アリスを否定するためだけに……」

「ですね」

「何時もそんな地獄を歩いてきたのですか」

「然程死なないからこれ以上も無いな」

「結局のところ、私の都合ですので。兄さんに迷惑を掛けているのは苦慮に値しますが」


 そこを理解しているんなら俺から言うことは何も無い。カツカレーをアグリ。

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