第54話お悔やみ
夜中の事。綾花は土蜘蛛退治に出かけた。ついでに糸鬼……工藤さんの退治にも。俺は緑の風景と月の明かりを肴に茶を飲んでいた。アリスは眠りについている。悪夢を見ると吐瀉するので、俺は傍に居なければならない。けれども夢は明け方のレム睡眠時に見る物なので、深夜は……まぁ大丈夫だろう。
「ほ」
茶を飲んでいると、
「観柱くん」
古洞さんが声を掛けてきた。俺とアリスの寝室。その襖を挟んでの縁側だ。春なら山桜が見える。
「眠れないんですか?」
「眠ったら……次に何時起きられるのかが怖い」
「それは工藤さんの事を言っているので?」
「見たでしょ?」
「バッチリと」
血涙を流す無明の闇。怨嗟を乗せた殺人宣言。全てが鬼だった。
「私は工藤さんを見捨てて逃げ出した」
「別に古洞さんの責任でもあるまいよ」
茶を飲む。
「土蜘蛛に襲われたんだ。生きているだけで丸儲けだろ」
「けど工藤さんの生首は言っていた。許さないって」
「そういえば糸鬼も死ね死ね言っていたな」
レインボ〇マン。
「私も一緒に死ぬべきだった」
「そこまで付き合う必要があるのか?」
「無いの?」
「仮に俺なら『君こそ仮免ライダー四号だ』って言っているところだな」
「でも死ねって」
「死者に付き合う必要もあるまいよ。もし何かがしたいなら墓の前で祈れ」
「サウザンドウィンド……っていう歌もあるよ?」
「否定はしない」
俺は式神にハーブティーを注文した。アリスが仕入れ、式神に扱わせている奴だ。
「どうぞ」
そのお茶を古洞さんにやる。
「気持ちが落ち着くぞ」
「いただきます」
クイと飲んで、
「爽やかですね」
少し驚いた顔。
「結局のところ、お前は死にたいのか? アレだったら放置の方向でもいいんだが」
「迷っている工藤さんを放っておけない」
「そう相成るよな」
俺も其処は確かに覚える。
「古洞さんが死ねば解決するんじゃないか?」
とは思ったが、タブーワードは心得ている。俺もハーブティーを飲んだ。
「ま、その辺は綾花に任せよう」
「死袴さん? 何者?」
「さてな。俺も良くは知らんが」
なんでもこの霊地の調停者。ピースメーカーらしい……とは聞いた話。
「あの時逃げた私は」
「お悔やみ申し上げる……か?」
「工藤さんは私の死を望んでいる」
それも確かだ。
「けれど私は死にたくない」
「なら生きれば良いだろ。難しく考えるなよ。こっちまで茶がマズくなる」
「でもそれは工藤さんにとっての裏切りで……」
「なら土蜘蛛を憎め。同情で死者が帰ってくるなら世話無いわ」
実際に世話があるから俺はアリスを突き放せないんだが。
「観柱くんは不思議ね」
「モボだからな」
「観柱さんが惚れるのも分かるかも」
「顔だけ男って自覚はあるな。別に不名誉な称号でも無いが、なにかカルマは想起させる。別に顔で女にモテたってなにほどのことがあらんや」
ハーブティーを飲む。
「もしかしてゲイ?」
「有り得ない」
中々に失礼なことを仰いますな。いや確かにアリスをあんなに可愛がっておいて女体に反応しないんだから、俺的にもどうよ? ……は思うところだが。
「結局、糸鬼……工藤さんを退治して欲しいのか?」
「どうだろ」
御本人も分かっていない御様子。ま、心の内が全て肯定と否定に振り分けられるなら、思春期の業なんてありえないわけで。
「死にたいけど死にたくない……は我が儘かな?」
「良いんじゃねえの? 我が儘程度で済むのなら」
誰にも迷惑掛けていないんだし。
「若きウェルテルの悩みでもないんだしな。死にたいって思いながら生きてる奴なんて幾らでもいるだろうよ」
「観柱くんは?」
「基本的に楽観論だ。生きてりゃ桜も見られるし月も愛でられる。可愛い妹が居て、金銭に不足がないんなら、他に不満もあるまいよ」
「悟ってるのね」
「別に山奥で暮らしている連中でも無いが」
死袴屋敷がその範疇に含まれるのは……まぁ除外して。
「いいんだよ。死にたいなんて幾らでも思って。自己否定をしない奴が自己否定をする奴の臆病を誹るなら……そっちの方が不条理だ」
「鬼よりも?」
「むしろ明確に命を終わらせる分、鬼の方が分かりやすいな」
「その排他的な感性は何処で養ったの?」
「人生色々ございまして」
ハーブティーを飲む。夜空に浮かぶ月一つ。
「ま、ここで気を揉んでもしょうがない。糸鬼を滅したら日常に帰ればいい。その意味で、墓参りがしたいなら好きにすれば良いさ。骨しか残っていないけどな」
「その偽悪的な口調は……ちょっと予想しなかったな」
「友達いないし」
「観柱さんは?」
「妹だろ」
「じゃあ死袴さんは?」
「アレを友達と呼んで良いのか」
「仲は良いよね?」
「ふむ。そうだな。そこは否定あたわじ。じゃ友達か」
「案外観柱くんも不器用」
「世の中、出来ない事ばっかりだ。誰のせいって俺のせいなんだが……認めたくないものだな、若さ故の過ちというものは」
「ネタが古い」
「通じるとは思わなんだ」
だいたいそんな感じ。ハーブティーに酔ったのか。「ふにゃ……」とヒュプノスに誘われる古洞さん。彼女を寝室に送り届けて、俺はアリスと同衾した。
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