第43話凪の頃合い


「じゃ。今日はここまで。それじゃあな」


 との担任の御言葉で、今日は解散。俺は机に突っ伏した。


「帰りましょう。兄さん。我が家へ」

「「「「「――――――――」」」」」


 何とも言えない空気を背中に感じる。もう此処まで来てアリスにちょっかいを掛ける男子は目減りしていた。とにかくけんもほろろで、兄を立てること際限なく、他者の話を聞こうともしない。話しかけられれば答えるし、営業スマイルも出来るが、俺のことを話題にした瞬間……終わりだ。


「アリスさん。兄とはヤベぇって」

「俺らが相談に乗るし?」

「ヨハネくん紹介してくれる?」


 そう言った瞬間に敵対認定。我が家の妹の因果な世渡りよ。懐くのは構わんのだが、もうちょっと心にゆとりがほしい様子で。


「てなわけで、遅れた」


 俺が突っ伏している間に、クラスメイトと閑談して、もう良いかと言うところで起き上がる。俺が教室を出ると問答無用で閑談も終わり、ヒョコヒョコとアリスはついてきた。ひよこかお前は。愛くるしい点で相似するも。


「相も変わらずの……苦労人ですね……」

「人避けのお呪いって俺に使えないか?」

「可能ですけど……アリスまで対象になっちゃいますよ……?」

「それはダメです!」


 ビシッと挙手して自己主張。お前ならそう云うだろうよ。


「それと……治癒の聖術的に……可能でしょうか……?」

「俺に不利益が起るわけじゃないから、そこは多分……」


 実際にどうなんだろうな? 自分でもあまり理屈が分かっているわけでもなし。


「はい。お茶」


 湯飲みを俺とアリスに渡してくれる。緑茶だ。ちなみにアリスの湯飲みは新規の物。負担したのはアリスだが。


「魔術には……慣れましたか……?」

「それなりにはまぁ色々と」

「本当に……入力無しで……どうしているんでしょう……?」

「万能の聖術だったりして」


 俺が軽口を叩く。


「うわ……」

「うわってなんですか!」


 ちょっと引いた綾花に、アリスが憤激する。要するにジョークとして笑い飛ばせる領域を越えたのだろう。理屈づけて考察するに否定する材料も見つからないため、「もしかして」の疑心暗鬼の出生が帝王切開なだけで。


「普通に氷水系しか使えませんよ?」

「何か出来ることはあるか?」

「お風呂を沸かしたり氷を作ったり」


 うーん。ザッツライト。平和に貢献する意欲は兄として誇らしい。


「ところで鬼の方はどうなんだ?」

「追いかけてますよ……。死袴の家が……」

「難儀な家系だな……」

「血桜様の御機嫌を取らねば……この霊地は地獄と化しますので……」


 …………地獄。


「政府としてはどうしてるんだ? もしかして何も知らないのか?」

「一応非公式に援助は受けています……。国庫から給料も貰っていますし……予知や卜占による支援も……鬼を扱う上で頼りにしているファクターですね……」

「魔術結社とか前に言っていたよな」

「然りです……」


 緑茶をコクリ。


「神鳴市じゃなくても鬼は出るのか?」

「一般的に……アークティアと呼ばれまして……」


 人の思考にある神秘偶像を検閲官仮説の範疇で再現する魔法は存在するらしい。神々や妖怪、妖精にモンスターと呼ばれる連中も居るらしい。神鳴市は霊地なので、ソレらの好む空気でもあるらしく、死袴の家はソレらを掣肘淘汰してきたようだ。


「スポンサーが……政府というわけです……」


 市長でも頭が上がらないとか。政治に口出しする気は無いも、菓子折やってきてはペコペコと頭を下げられるとのことで。


「超越者も超越者なりに思うところが有るわけだ」

「何も返せません故……」


 後ろめたいと。


「そういうそっちは……どうなんです……?」

「こっち?」

「えと……ヨハネとアリスも……拙が知らないだけで……鬼と関わってきたんでしょう……?」

「まぁ呪詛が引き合わせてはいたな。私立の学校に通っていたから、あんまり外の世界も知らなかったし」

「頭が良かったんですね……」

「アリスの場合は壊れているが正しいな」

「兄さんにだけは云われたくありません」


 半眼で睨まれる。


「どうやって切り抜けたので?」

「肉体言語」


 そもそも俺は魔術が使えない。精神すら治癒してしまう。魔術脳は形而上の腫瘍だ。


「それでワンセルリザレクションが……」

「そう相成るな」

「以後は私が引き継ぎますので!」

「必要ない」


 アリスを掣肘する。


「何故に?」

「アリスに傷の一つでも付いたらお嫁に行けなくなるだろ」

「兄さん大好き!」

「御結構なことで」


 抱きつこうとしたアリスの額を抑えて引きはがす。


「いつもそんなやり取りを……?」

「夫婦漫才の領域だな」


 あるいはとある興業的な。


「兄さんは私のパイオツが大好きですから!」

「そりゃま、それだけ大きければ俺じゃなくても神経疑うぞ」

「えへへぇ」


 そこで嬉しがるのがコイツの底知れぬ性欲よ。


「えい」


 差し出していた腕にアリスが捕まった。その谷間に二の腕が沈んでいく。深淵の深さたるや想像を絶する。別段取るに足りぬ谷間のはずなのに、マリアナ海溝よりも深い昏さが付き纏う。これが巨乳の為せる業……っ……と戦慄するのも何度目か。コレはコレで心地よいのだが、溺れるわけにはさに行かず。


「お祓いでも受けるかぁ」

「兄さんが居れば心丈夫!」

「むぅ……」


 綾花が自分の胸をフニフニと揉んだ。綾花の胸は決して小さくはない。平均よりもむしろ上だろう。たんにアリスがおっぱいお化けってだけで。胸に貴賤は無いのだから、普通に健全な繁殖行為をこそ執り行なえば、それでいいじゃない……が通じないのも若さで。


「兄さん。絶対に年齢を誤魔化してますよね?」


 我ながら鬱陶しいオーラを纏っているとの自覚はあるぞ。

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