第42話却下


「却下です」

「しかし……」

「場合によっては私が鬼になりますよ?」

「えと……それは……問題在りますね……」


 ――俺は別にいいんだがなぁ。


 湯上がりのパジャマ姿。首にタオルを掛けている。話の途中ではあれど、アリスが丁寧にドライヤーをかけてくれる。その瞳は冷ややかだ。要するに先の鬼……土蜘蛛への囮に俺を使うか否か。その那辺を問うているわけだ。


「既に……犠牲者が出ています……」

「それは出るでしょう」


 至極真っ当な事を言ってはいるものの、義のない言葉ではある。もちろんそんなモノを愛妹が持ち合わせているとは、俺は思ってないが。


「早急に……手を打たねばなりません……」

「では頑張ってください」


 どこまで他人事ですませるおつもりのようで。


「ヨハネは……どう思っています……」

「なんかヤジロベーの気分」

「えと……」


 アリスの言っていること。綾花の言っていること。どちらにも分はある。ただアリスを蔑ろにすると呪いが膨れあがり、綾花を蔑ろにすると鬼の横行を許す。どっちが厄介かなら前者だが、既に一人死んでいるのだ。検死の段階は終わりニュースにもなった。誰も憶えちゃいないだろうが。そんなわけで俺の不幸体質を利用した釣りは……妥当性はある。問題はブラコン妹の歪んだ偏執をどう説得するか……で。


「たとえば何を犠牲にすればアリスは頷くんだ?」

「私の処女!」

「というわけだ。綾花。後宜しく」


 両手を挙げて降参の宣言。


「拙……ですか……?」

「処女を奪ったら頷くらしいから、盛大にリリアンな感じでよろ」

「えー……」


 半眼で睨まれてもな。


「兄さんのおにんにんで!」

「粗品だから然程の物じゃないぞ」

「いやん」

「うーん」


 冗談の通じない人間だ。というか全力で人生を楽しみすぎだろ。アリスは。その甲斐在って、俺が幸せなわけだけど。


「そもそも土蜘蛛って」

「あくまで蜘蛛の変化です……。単に名称を付けるなら……の意味合いで……」

「同じ条件なら鉄より丈夫なんだろ? 蜘蛛の糸って」

「ですね」


 コックリ頷く愛妹。


「実際に斬撃にも使われたしな」


 衣服も肉体と同じく修復は済んでいるも。


「とりあえず今日の処は泊まっていけ」

「兄さん!」


 はいはい。黙っておくんなまし。


「鬼も無差別な大量虐殺はしないと言っていたろ? なら焦ってもしょうがない」

「というか、されると検閲対象ですから……」


 生き難い憂き世よな。


「兄さんは宜しいので?」

「別に善悪を語るつもりはないし、主義主張は無いに等しいが、あえて感情を言葉にするなら面倒くさい」

「えと……」


 困惑の綾花。非協力的と思ったのだろう。間違いじゃないがな。


「アリスの呪詛が引き寄せたなら……多分どっちにせよ絡むことになるさ」

「ぐ……」


 アリスが仰け反った。御本人も分かってはいるのだ。どうあっても観柱兄妹は呪詛の業からは逃れられない。


「その時は……ご助力を期待しても……?」

「こっちの台詞だ」

「拙は……いいですけど……」


 語るまでもないな。


「宜しい。じゃあ寝るか。綾花は両親の寝室を使っていいから」

「アリスは……?」

「兄さんと一緒に寝ますので」


 軽く言ってのけるが普通に疑心暗鬼を生じ給ふ。


「大丈夫なんですか……? その……倫理的に……」

「兄さんのおにんにんは私が予約しています由」


 それは何に対する主張なんだ? 分からないふりも少々苦しいが、現実のカルマも中々のものだ。本気でどうしてこうなった?


「えと……やるんですか……?」

「だったらアリスは処女じゃない」

「兄さんは変なところで紳士ですので」


 理性ある行動を期待するや切である。


「ソレでは……お借りします……」

「朝帰りだな」

「えと……あう……」


 綾花も存外初心らしい。ちょっと萌え。


「兄さん! 致しましょう!」

「却下」

「何故に?」

「綾花の提案を却下したから」


 ――ですから……とアリス。


「兄さんが私の処女を奪ってくれれば幾らでも」

「南無八幡大菩薩」

「本当に……大丈夫なんでしょうか……」


 綾花はオロオロするのみ。


「寝苦しかったら言え。アリスの寝室でも構わんしな」

「あー。でも兄さんグッズが氾濫していて、私じゃなきゃドン引きですけどね」

「うん。俺もドン引き」

「兄さん!?」


 なんだ? 可愛い妹よ。


「引いてるんですかっ?」

「もう慣れた」


 安直に言って、アリスのブラコンは突発事じゃない。子どもの頃からの性癖だ。口を開けば「兄さん兄さん」なので、いい加減耐性も付く。そもそも兄として妹に責任を持つ身では、この程度はお茶の子さいさいだ。


「ちょっと見てみたいですね……」

「好奇心は猫を殺すぞ」

「そんなに……ヤバいんですか……?」

「うーん。最大級大げさに言ってサイコパス」

「兄妹だからこそわかることもあるものです」

「せめてそれが建設的ならまだしも救い様はあったろうがな。お前の場合は反条例的に過ぎる……。責めているわけではないにしろ、どこかでストッパーは必要だな」

「だから大好きです兄さん♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る