第39話朝の一幕


「ぬるぽ」

「ガッ」


 俺のアイアンクローでアリスが呻いた。不穏な気配を感じて一瞬で覚醒。状況を刹那で把握し、間一髪で横暴を抑える。


「何してやがる」

「兄さんの股間が苦しそうでしたので……」


 ミシミシと頭蓋に圧力を掛けながら問いただす俺に、あっさりとアリスは口を割る。


「こういうのは思春期特有のアレだから気にするな」

「健康な証拠ですね」


 さいです。外聞が悪すぎることも否定は出来ないし、普通に考えてアリスの情操教育にも悪影響ではあれど、これっぱかりは男の業だ。むしろそれを歓迎するアリスが有り得ない。いや好意を持たれるのは光栄なんだが、そのベクトルが明後日の方向に向かいすぎている。どうにかならんのか。此奴の性への興味は。


「兄さ~ん」

「甘えた声を出してもダメだ。校則違反で憲法違反で、ついでに条例違反だ」

「黙って居れば良いのでは?」

「煙が立つのが分かっておいて火を焚く奴もいないだろうよ」

「ウェルカムですのに。それに将来を誓い合った仲じゃないですか」


 面倒を見るって意味でな!


「と・に・か・く」


 ミシミシと頭蓋に圧力を掛ける。


「却下だ」

「その握力で私のおっぱいを揉みませんか?」

「使いどころとして最悪に近いな」


 主に人間性に照らし合わせれば。


「兄さんとて人の子。男は狼なんですよ」

「日本では絶滅している」

「うーむ。通じませんねぇ」


 百パーセントこっちの台詞だ。性欲で暴走するのは何時ものことだが、毎度毎度掣肘しなければならないこっちの身にもなれ。ガチで襲うぞコノヤロー。いつまでも俺が理性的で居られると思うなよ!


「もちろん構いませんとも」

「却下だ」


 で中略。


「ん。美味い」


 シャクッとトーストを食む。朝食だ。普通に此処だけ切り取れば、良いお嫁さんな雰囲気なんだが……。起床の一幕を忘れるのはさすがに無理だった。


「光栄です兄さん」

「さすがに俺に褒められるのも飽きてこないのか?」

「何故です?」


 本気で尋ねるからアリスは侮りがたい。いや、お前がソレで良いんなら、俺から言うことはあまりないんだが……。


「花嫁修業は必要ないな」

「何時でも兄さんを嫁に出来ますし」

「既に嫁だろ」

「はい! 兄さんを想って色々しています! 食事中なので詳細は語りませんけども、それはもう色々と!」


 その発言で大体分かったから、色々と残念な女郎ではあろうな。


「結局お前は俺が好きなんだよな?」

「兄さんは私の嫁!」


 ソレは既に聞いている。あの頃からずっと。入学式の際にも色々とぶち上げてくれ申しましたしな。幻想的偏頭痛を覚える。


「たとえばアイドルとかには興味ないのか? 格好良いだろ?」

「んー……」


 難しい顔をしだした。一応思うところは有るのか? そう思っていると、


「ええと、なんていうか、見分けが付かないと申しましょうか……」

「好印象な奴はいないのか?」

「テレビの中の出来事ですしねぇ」


 天井を見上げながら青空を透視するアリスでした。


「兄さんがアイドルになったらおっかけをしますけど」

「他のファンを殺しそうで怖いな」

「なるほど」


 そこで頷かれるとシャレで済まんのだが……アリスとしては平常運転なのだろう。此奴のヤンデレは時に人を呪う。


「呪詛の方は大丈夫か?」

「凪ではありますね」


 心身に負荷をかけるので、自己申告は信じられる。だから俺も本当のことは言わない。


「ま、ならいいんだが」


 トーストをシャクリ。それから身なりを整えて、登校準備。アリスに髪を梳いて貰った。これがまた心地よく……本人には絶対に言えない。その当人は金髪を梳いて、軽やかにサラサラの髪を流していた。日本国籍でありながら金髪碧眼の欧州美人だというのだから、普通にバグやチートのレベル。俺は黒髪黒眼だからちょっと羨ましくもあったりして。祖母マリアの血を発露させるにも、何かと確率が要るのだろう。キリエ・エレイソン。


「兄さんが金髪碧眼ですか……」


 その事を話すと、アリスは深刻に考えた。おおよそ俺の外人姿を想像しているのだろう。


「アリですね」

「アリなのか」


 多分色の問題じゃなかろうな。仮に俺の髪がピンクでも、アリスは肯定するだろうし。お医者様でも草津の湯でも……と云う奴か。この場合、惚れられた側である俺がイニシアチブを握っているはずなんだが、何故振り回されているのか?


「世界の不思議だな」

「何がでしょう?」


 お前だよ。お前。


「メスブタの調教も大変だって話だ」

「兄さんさえその気になれば、私を奴隷や娼婦代わりにしてもいいんですよ?」

「考慮しよう」


 その気は全くサラサラ無いが。


「なんなら電車で痴漢プレイとか……」

「お前の妄想は青い空へと羽ばたきすぎだ」

「警察に取り締まれても私が弁護しますので」


 普通はまず、そうならないように配慮するものでは? アリスに言って聞くとは思えないので、不解答で答える。


「それにしても青春って情欲との折り合いだよな」

「兄さんなら幾らでも構いませんのに」


 そこも含めてだな。普通に抱いて良い女子が居て、あらゆるプレイをオールオーケーで、しかも慕ってくれるという。恵まれているのは自覚しても、其処から発生する責任が俺の頭を痛めた。俺だって高校生活の青春で童貞を卒業したい。けれどアリスを想っていたいのも事実で。アリスをブラコンと呼べる程度には、俺もシスコンではある。既述したがな。


「兄さんは難しく考えすぎです」

「アリスはどう思ってるんだ?」

「美味い料理を喰らうが如く、です」


 地上最強の生物か。

 そんな理由で法治国家に喧嘩を売らないで欲しい。


「では行きますよ兄さん」


 家に施錠して、俺の腕に抱きつく制服姿のアリス。おっぱいで二の腕が圧迫され、あらゆる意味で天元突破。フルスロットルでゴーだ。我ながら虚しい性欲で。

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