第37話役者不足
「何ゆえ?」
碧眼が切れるように細められた。殺気とまでは言わないも、不穏な雰囲気が場を支配する。アリスの呪詛も此処に組み込んで良いだろう。
「まさか兄さんを奪おうなんて思ってませんよね?」
「自殺願望は……拙にはありません……」
そこは理解してるんだな。アリスは恋敵を叩きのめすことに躊躇しない。むしろ積極的と言える。ブラコンがこう言うときに活きるんだけど、魔術を修めるとさらに度し難い。
「単にリアクションの問題です……」
「リアクション?」
「防御……とでも申しましょうか……」
防御。言葉の意味は分かるけども。
「たとえば……さっきのウォータージェットを……拙に撃ってみてください……」
「いいんですか?」
その威力を綾花が知らないはずもない。目の前で見せられたのだから。当然、超常的で破格の威力だ。硬度最高でも防ぎきれない斬撃。
「えと……出来れば……切り裂かれると困るので……貫通させる程度でお願いしたいのですけど……」
「はあ」
ぼんやりとアリス。
自身の魔術の破滅性。ついで綾花という魔術の先達……その信頼性。ヤジロベーみたいに振り子を振ったが、試しに撃つ程度は覚ったらしい。
「いいんですね?」
「構いませんよ」
ヒラヒラと手を顔の高度まで上げる綾花。そこを撃ち抜けと言っているのだろう。
「――ウォータージェット――」
相も変わらず入力要らず。演算だけで事を為す。水の刺突は綾花の手を貫こうとして……然れども叶わなかった。
「?」
首を傾げるアリス。俺も心境は似たような物だ。超圧の水が手の平を貫通能わないのだ。どう考えても魔法の範疇。
「自動防御」
オートマティックディフェンスとも呼ぶらしい。
「何ですか? それは」
「いわゆる一種の保険です」
何も攻撃だけが魔術ではないとのこと。自動防御。その通りに認識外の攻撃から我が身を防ぐ防御手段。アリスの持っていないモノだ。
「拙は……コレを……フィーバーフィールドと呼んでいます……」
「
繰り言をするアリス。
「要するに常駐ソフトですね……。常に駐在させて……害性情報を取捨選択……。結果として……害性行為を自動的に防御する技術です……」
「あれ?」
首を傾げるアリス。俺も思った。
「綾花のパワーイメージは火焔じゃなかったか?」
つまり防御はどうしているのか? そこが気になった。
「文字通りの……フィーバーフィールドです……。あらゆる物質を……体表面で蒸発させて……質量を消し去る絶対防御……」
「つまりさっきの件は、ウォータージェットの水を熱量で蒸発させて防御した……と?」
「そう相成ります……」
つまり、
「対物に於ける絶対防御?」
「そうなりますね……」
うわお。それは確かに絶対だ。それこそ放射線でもなければ越えるのは難しいだろう。まして魔法が神秘であるなら、どうしても唯物論に偏る。絶対防御に偽りなし。
「鬼と闘うことを……アリスはどう思っています……」
「桃太郎じゃないですか?」
多分コレはジョークだろう。そうでなければ俺の心臓が危うい。
「あらゆる角度から……鬼が襲ってきて……その攻性をどうやって防ぐおつもりで……?」
「むぅ」
そう云われると、黙るしかないだろう。ウォータージェットは確かに破格の能力だ。けれども鬼の防御は「崩せて」も鬼の攻撃を「防ぐ」ことは出来ないのだ。このカードを持っているか否かで、戦場での立ち回りが決まる。
魔術……と語感にすると「神秘的な攻撃の手法」と誤認されがちだが、むしろ鬼と闘う桃太郎には、鬼の攻撃を防ぐ防御力が必須なのだ。超越的なマッスルを持った赤鬼を俺は見た。あの拳を振るわれて、無事でいるには綾花とてフィーバーフィールドに頼るしかない。その意味で攻性技術のみを突き詰めたアリスの魔術は、己が命を保障しない。
「そんなわけで……諦めてください……」
「ふむ」
アリスも納得はしたようだ。俺としても愛妹が戦場に出るのはあまり推奨できない。それにしても……と言ったところ。
「では防御の常駐魔術さえ覚えれば良いのですね?」
「理屈では……そうなりますけど……」
「となると」
何を考えているんだかな。アリスの思想は時折コッチの思惑を越える。それが良いことか悪いことかは無しにしても、暴走するのは結果論で証明されている。別段、何を思うでも無いんだが。とまれ、留意はしておこう。
「ライバルには足りませんか」
ほらコレだ。だからコイツは扱い難い。
「兄さん」
「へぇへ?」
「おっぱいを揉んでください」
「断る」
ブシャッと綾花が茶を吹いていた。然もありなん。
「ソレとコレとがどう繋がる?」
「兄さんが私にだけ優しいなら、別に魔術を行使する必要もありませんし」
「そういう奴だったな。お前」
ブレないという意味でコレほど強固な精神もない。呪詛に圧迫されているはずなんだが。狂気と正気が入り交じって、結果として鉄の精神を持つのなら、確かにアリスは化け物だろう。ソレを認めるのも「どうよ?」って話ではあれども。
「常駐防御ですか」
そこを獲得して初めて綾花に並び立つ。俺はワンセルリザレクションがあるしな。
「そこまで考えることか?」
「兄さんは魅力的ですので、綾花が惚れないとも限りません。抑止力は持つべきです」
ブラコン。ブラザーコンプレックス。あるいはブラジャーコンプレックス。最近また胸囲が広がって、下着の選択範囲が狭まったらしい。自業自得だ。いやまぁ不随意の事象現象ではあれども……おかげで夢見る煩悩の一助ともなる。
「兄さんは私のおっぱいを好きなだけ揉んで良いですからね?」
「心のノートに筆記しておこう」
他に言い様もあるまいよ。
「私のパイオツは兄さんにだけ許されるモノ。他の人間には禁足地です。それさえ保証してくれれば、兄さんに抱かれたって私は後悔しません」
「こっちは警察に引き摺られるけどな」
「結婚を前提に……」
「出来ないだろ?」
「むぅ」
我が家の妹も何考えてんだか。頭の頭痛が痛いレベル。
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