第36話呪詛と魔力
「ていうか何故……魔術が使えるんです……?」
そりゃ死袴綾花もそう云うよね。コッチとしても驚きだ。我が家の妹は末恐ろしい器用さを持っていると知っても……さすがに魔術にまで才が及ぶと誰が考える? しかもウォータージェットて……。現代文明バリバリではなかですか。
「だって魔術の理屈は綾花に聞きましたし」
一を聞いて十を知る……はアリスの得意とするところ。その能力が「人外に向けられればこうなる」の典型例かも知れなかった。俺の場合は聖術があるので人に言えた義理でも無けれども。
「でもウォータージェットって……。パワーイメージは……?」
「綾花と同じで
綾花のパワーイメージは火焔。属性を火に絞ることで、あらゆる神秘思想を並列させる観念だ。今まで見ただけでも迦楼羅焔、火鬼、ナタクの宝貝など色々と見せてくれた。その気になればレーヴァテインやメギドの火も範疇になるだろう。
「なんの一現で……?」
「氷水」
端にして要を述べる。火焔と正反対の属性だ。無形を表わす火焔に対し、形を伴う氷水。温めることに対し、冷やすこと。在る意味で対極だ。
「その一端が……」
「ウォータージェットですね」
軽やかに述べる。転がった湯飲みを拾い上げる。切断面鮮やかに切り裂かれていた。
「色々と必殺技を考えているところで」
さすがに俺もアリスの脳内までは読めない。魔術がイメージに依存する以上、普通に考えて思想一つで出来るものなのだろう。あとはマジックトリガーでトランスをスイッチすれば魔術が使えるようになるとは聞いたれど……それを普通に成し遂げるアリスが「何者為るや?」って話でして。
「イメージは……? トランスセットはどうしました……?」
「イメージしましたよ?」
ぞんざいに言ってのける。
「いえ……えと……その……」
うーん、と悩む綾花さん。
「つまり……現実と幻実の取り違えと言いますか……」
要するに思い込みだ。魔術を使うに当たってのイメージは、「有り得ないことを……普通に有り得るだろう。在って当然だろう」……そんな現実と妄想の境界をぶち壊すほどの妄念に支配されなければいけないらしい。要するに意識と対外意識をごちゃ混ぜにするイメージが必要なわけで、その意味で精神異常の症例の一種だろう。
「そうですよね~」
アリスの方は余りに軽かった。ヘリウムガス並みだ。空も飛べるはず。
「では何故……っ?」
「元から狂ってるようなモノだから」
いとも平然とアリスは言った。殊更語調は強くない。どちらかといえば平坦な声だ。ただどうしてか。その明鏡止水は説得力を持った。
「私は一秒単位で呪詛から心身に負荷をかけられています。思念の暴走なんて何度起こしたか分からない。今までそれを発露しようとしなかったからこのままで済んでいたんですけど、綾花が魔術を教えてくれたから、使い途は容易でしたよ。要するにこの狂気に具体的な形を示してマジックトリガーを引くだけなんですから」
あれ?
「魔力の入力は?」
「必要ないですね」
――シンギュラリティー……。
ポツリと綾花が何かを呟いた。
「何か?」
「いえ……何でもありません……。それで……えと……魔力は何処で調達を……?」
「心臓の呪詛の根幹がエネルギーにならないかなぁと思ったらその通りに」
うわお。そこで呪詛が関連するのか。
「おかしいです……」
綾花は納得しなかった。
「普通に明示された事象は……ソレだけに作用します……。呪詛が呪詛で有る限り……無色透明のエネルギーたる魔力とは……代替が効くとは思えません……」
それはそうだ。アリスを蝕んでいるのは呪詛。魔力ではない。純粋にエネルギーを零から求めるところを魔術は発端とする。
「とは言われましても」
頬を人差し指でポリポリと掻くアリス。
「実際に魔力の入力無しで発露しているんですから」
そっちも客観的な事実だ。ではどういう理屈か? ……と相成るんだが、俺はお手上げだ。そもそもアリスの呪詛がどこから来るかも知らない。霊地と関係しているのか。一度死んだことと関係しているのか。あるいは何かに狙われているのか。普通に呪詛を治癒するだけの存在だ。客観的判断はどうにもこうにも。
「となると……」
ふむ、と綾花は思案するようだった。何か分かるならソレに越したことはないんだけど。
「他にも使える魔術はあるのか?」
俺が問うた。
「兄さんをぬるぬるにするとか?」
「止めて」
本当に。氷水の一現とはいえ、そんなくだらないことで、脳の演算領域を圧迫しないでもらいたい。
「まぁ後は凍らせたり押し流したり……他にも色々と考えてはおります由」
物騒な巷だ。内の妹は何処に向かっているのか。
「忍法乳時雨とか出来たら良いですね」
「そのネタは通じる人間が少ないぞ」
いや本当に。そもそも魔力の入力だってイメージは必要だ。ケイ仮説とエア仮説……だったか? その点を加味しないという意味で、アリスは化け物だろう。
「まぁ魔術を覚えたのも、ある種の必然では在りましょうぞ」
それも確かだ。今までが平穏だっただけで、普通に考えてアリスの呪詛が鬼を呼ぶなら、そこに魔術は介在するだろう。善し悪しは計れねども。
「うーん。こうなると何だかなぁ」
「魔術界隈でも知りませんよ……こんな事例……」
「そうなんですか?」
超威力を見せながらキョトンと目を瞬かせるアリスでした。
「類感感染呪術とは……切り離されているのが……現時点での魔法の理屈ですし……」
茶を飲みながら味わい深く言葉を紡ぐ。
「んーと。呪詛が魔力足り得ないなら、別の何処かから持って来ていると?」
「そう考えるのが妥当ですけど……つまりその根源が何か……と云う話になるわけで……そこを論じると不可解が倍増しになるんですよね……」
たしかに自然現象では有り得ないか。それは魔法でも同じ理屈。
「そこを考えるのは止めにしよう」
俺はパンと一拍、手を打った。
「考えて分かるならアリスの呪詛は俺が治癒している。けれども完全治癒には至っていない。呪詛を零化しても新たな呪詛が生まれるしな。つまり何かしらの不条理に囚われているわけだ。そこだけを抜き出して考えても、異常極まる点は納得に値する」
「ですね……」
綾花も頷いた。
「たしかに……アリスの異常を此処で解明するのは……不可能です……」
「とにかく私が綾花のライバル足り得るかですけど」
「えと……無理です……」
サックリと綾花は否定した。ソレが那辺にあるかは、今のところ分からないままで。愛のままに我が儘に。
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