第35話ワンセルリザレクション


「ワンセルリザレクション……?」


 眉をひそめる死袴綾花しばかまあやか


 時間は放課後で、場所は部室。一応アリスも付属品。三人で緑茶を飲んでいた。湯飲みも三人分。席も三人分。普通に部員として配属されている。政治的事情は真っ黒なので、そこは触れないで欲しい。元より「部員一人の新しい部活を創ろう」から始まっているのだ。当然、新入部員を確保するにあたって、書類の矛盾は再確認される。ハーバルマジック様々ですな。一部魔術の調整も出来たらしく、アリスだけなら普通に辿り着ける。俺はそもそも魔術干渉が通用しないし…………なるほど、であれば魔術の行使は難しいわけだ。南無三。


 コクリと茶を飲む。電気ポットで何時でも湯が在り、茶を飲める。茶の淹れ方は詳しくないので茶葉をお湯に浸す程度しか出来ないにしても。


「えと……その……ワンセル…………うぅ……?」

「ワンセルリザレクションです。ヨハネ兄さんの最終奥義は」

「何ソレ……?」

「えーと、何と申すべきか」


 湯飲みを傾ける。今日の茶の共は濡れおかき。


「治癒の……聖術だったか? たしか正式な呼称は」


 聖術。宇宙を管理するデータベースで入力と演算をし、出力だけを術者に肩代わりさせる魔法の一種。全部自分でやる魔術との違いは其処だけ。汎用性では負けるも、一点特化の意味では精度が段違い……とは目の前の魔術師の御言の葉だった。


「その特性を表面細胞に単位時間でかけてしまう御業だ」

「治癒を……細胞に……単位時間で……」

「そうすると、当然破壊された細胞は、一瞬……どころじゃないな……コンマ時間すら生ぬるい単位時間で修復される。要するに、俺の聖術の名が示すとおりに治癒される」


 ブッ飛んでいることを言っているなぁ――程度は俺も実のところ気にしていた。けれども言葉の事実性は証明も難しく。言葉を重ねるほか無い。


「えと……」

「つまり細胞を破壊された端から細胞を治癒させる。結果として俺の肉体は細胞一個以上を傷つけることが出来ない。火でも水でも風でも土でも毒でも酸でも、だ」

「無敵じゃ……ないですか……?」

「最初からそう言いました」


 澄ました顔でアリスが述べた。茶を飲みながら。


「それこそ実験するわけにもいかんが……ブラックホールに飲み込まれても死なない自信が在るぞ。俺的に」

「ワンセルリザレクション……一つの細胞の治癒……その瞬間再生による絶対防御……」


 改めて他人の口から聞くと滅茶苦茶だな。


 ――実のところ弱点がないわけではない。ソコを突かれれば俺ですら防ぎ得ぬ一撃は確かに存在する。だいたい二種類に分けられるな。


「なので俺に関しては死ぬことは無いわけだ」

「頼りにしても?」

「兄さんは体術もお強いですし」

「どこまで不条理なんですか……」

「いや……だってなぁ」


 頭を掻いて誤魔化す……わけにはいかんよな。茶をコクリ。


「いわゆる筋肉のリミッターを外せるんだよ。自壊作用は治癒で補填すれば良いから、普通に骨折や筋断裂を気にせずに運動が出来るだけだ」

「それで鬼と……」

「まぁ争ってはいたな」

「素殴りで……?」

「しかり」


 ホッと吐息。さすがに日の暮れは遅くなっていく季節だな。未だ明るい放課後で。


「絶対防御と……超絶の運動能力って……。どれだけ化け物ですか……」

「鬼の一種になるのか?」

「定義だけを申すなら……」


 うーん。戦慄させてしまった。さほど畏まらせるつもりもなかったんだが。


「ヨハネの規格外さはわかりました」

「あんまり日常では役に立たんがなぁ」


 治癒だけなら出来るが、そもそも怪我を聖術で治すわけにもいかないのだろう。魔法検閲官仮説のルール違反だ。アリス一人に限ってこそ出来る範囲で、知る人間が増えれば神秘としてのブレーキが掛かる……と。そう綾花に聞かされると「なるほど良く出来ている」程度は俺だって思う。そもそも死者すら復活させるのだから、世界平和の一手段かも知れず……なのに部室に燻って。うーん。モラトリアム。


「ではヨハネは……問題ないと……?」

「私も戦力になれますよ?」

「どうやって?」


 聞いたのは俺だが、綾花の赤眼も同じ彩を宿していた。


「こんな風に」


 と湯飲みを放り投げて――ちなみに茶は飲み干したらしい――、


「――ウォータージェット――」


 呪文……マジックトリガーを引く。パシュンと気の抜けた破裂音を大気が謳い、一瞬でのことで湯飲みが切り裂かれた。カランと転がる。


「こげな風に」

「いっちょんわからん」

「えと……」


 俺もそうだが、綾花も理解不能の境地らしい。そりゃそうだ。俺の聖術という神秘は知っていても、その聖術という呼称さえ春まで知らなかったのだ。そこから基礎の概念を講釈されただけで魔術が使えるなら、世界は魔術に溢れている。


「ウォータージェットって……?」


 説明を求めるように赤眼がこちらに向く。魔術師だからか。本人の無知故か。どうやらウォータージェットを知らないらしい。


「超密度で噴き出す水のこと。工業分野で使われる技術でな。言ってしまえば勢いよく水をぶつけて物体を切り裂くってところなんだが……」

「だが……?」


 白い髪が品の良い光沢を示してみせる。


「技術によってはダイヤモンドすら切り能う。マジで魔法を使わない意味で、物理的な斬撃の極致だ」

「それを魔術で……再現したと……?」

「そうなるんじゃないか? しっかりとマジックトリガーにウォータージェットって述べてたし」

「にん!」


 ピースサインを示して誇らしげなアリスだった。

 綾花はやはり唖然としたまま、慣れの手つきで茶を飲む。


「魔術で……工業技術を……」

「ていうか何故ウォータージェット?」

「いえ、綾花のライバルになりとうございまして」


 どうせブラコンを拗らせての根底だろうな。別に今更っちゃ述べる必要も無いわけで……あえて言葉にするなら通常運行。


「以夷制夷か?」

「それほど攻性的な秩序ではありませんなた」


 フルフルとかぶりを振られる。


「単に夜のお付き合いに関して足手纏いにならないようにと」

「夜の……お付き合い……」


 何照れてる綾花。多分アリスが言ってるのはそっちじゃないぞ。仮にソッチだったらウォータージェットものだ。アリスが俺に攻撃を向けるかは別の議論。


「神鳴市は霊地だから鬼が出るんですよね?」

「そうとって貰っても……」


 あまりに大ざっぱすぎる理屈だが、確かに俺やアリスには他人事ではない。既にソッチに片足突っ込んでいるようなものだ。その意味で……霊地で生きるなら相応の能力は必要になる。とはいえ妹様は魔女でした……は夕方ドラマだけにして欲しかった。


「私も鬼退治に付き合いますよ。任せてください」

「却下で」


 やはり巻き込みたくないらしい。麗しき友情に万歳。ところで斬った湯飲みは那辺へ?

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