第33話悪夢の日は

「……っ……げぇ……がぁ!」


 夢見が悪かったのだろう。発作的に吐瀉するアリス。トラウマとして抱えている以上、避けては通れない問題で、俺が傍に居ないと精神的にも負担を掛けるだろう。いやまぁ居たら居たで「兄さんに迷惑が……」と気を落とすのもアリスらしくはあるのだが。呪詛の方はそんなでもない。単純にショッキング映像を見せられてグロッキーなだけらしい。呪詛と心的外傷が一緒に起こると、こっちが困ったことになる。そも呪詛の方もどんな理由か……アリスの心身を追い詰めているところもある。何かと不便な憂き世と言えるのだ。


 南無三。


「兄さん……兄さん……っ!」


 吐瀉物で俺の胸板を汚しながら、その胸板に縋りつくアリス。ゲェゲェ吐いて、収まったのか。胃液だけなら負担も軽くなったろう。


「大丈夫だ。お前は生きてる。ちゃんと生きてるよ」


 金髪を撫でるのだった。何時もこうなら尚良しではあるも、こちらが強制することでないのも事実。普通に考えて、病院にお世話になるところだ。精神神経科。けれどアリスの場合はそんなレベルですら無い。病気と言うより呪い……呪詛関連。解決するなら、むしろ頼るべきは死袴綾花の方だろう。


「兄さん…………」

「落ち着いたか?」

「お恥ずかしいところを……」

「気にするな。誰にだって弱みはある。妹のフォローは兄の役目だ」

「はい……」


 借りてきた猫のような素直さだ。参るね。全く。


「先にシャワーを貰うぞ。お前も汚れたし、布団を洗濯してから後からな」

「ええ、承りました」


 そんな感じの兄妹日和。




    *




「出来上がりましたよ兄さん」


 色々と中略。シーツを洗濯し、布団を専門店に持っていく。変わりの布団を棚から出して日干し。俺はその間、縁側で茶を飲んでいた。特別見晴らしが良いわけではないが、春の陽気は朗らかで。とても茶が進む。綾花は良いよなぁ。四季折々の絶景を縁側から眺められるんだから。そんなこんなで昼食。


「うむ。美味」


 俺ことヨハネは、妹ことアリスに、賞賛を贈った。今日の昼食はロコモコだった。このジャンクな感じが良い様子。


「えへへぇ」


 アリスも、俺の感想にご満悦の様子で。この分なら、いざ本番になると腹上死しかねん。俺が居れば万事良しなんだが。それにしても……といったところ。


「大丈夫ですか?」


 綾花からメッセージが届いた。SNSだ。互いに連絡先を交換していたので、気安く繋がれる。普通に良き友人だ。


「大丈夫だ。今日はただのサボり」


 すぐに既読が付いた。


「それは安心しました」


 気を揉んでくれたらしい。中々に友達甲斐のある奴。


「さほど心配を掛けるようなモノか?」

「鬼が近辺に潜んでおります由。魔なるモノは魔なるモノを引き寄せ候ひます」


 なるほどな。たしかに俺にしろアリスにしろ異常ではあろう。聖術……と述べたか。アリスの方の呪詛もそうだが、俺たちは熱力学第一法則を崩す存在なのだろう。


「スタンド使いとスタンド使いは惹かれ合うという奴か?」

「元より魔法は検閲が働きます。一般人……この場合は文明やサイレントマジョリティですね。彼らには魔法の一切が通用しません。結果どこで発現するかならば……」

「神秘を知られても問題ない人種。つまり魔法を理解している輩か」

「そう云うことです。これが拙たちのような魔術師なら対抗も出来ましょうが、あなた方は事情を知っていながら自衛手段を持っていない。極めて危険と言わざるを得ない」


 実はそんなこともないのだが、ここで話すことでもあるまいよ。


「とにかく夜は外出しないでください。人目のある昼なら、幾らでもどうぞ」

「結界に取り込めば昼でも屋内でもやりたい放題なんじゃないか?」

「そこは魔の特性ですね」

「?」


 少しの疑念。


「神鳴市に於ける鬼の発生は『血桜の涙』と呼ばれています。要するに、血桜様の分霊わけみたまのようなモノと捉えて良いでしょう。この鬼は神鳴市の住人の悲哀や憎悪、恐怖や後悔を鋳型に呪詛を流し込んで形成されます。であれば鬼とは魔なるモノ。魔なるモノは夜に動く。この無意識の鏡像が、血桜の涙の根幹で『鬼には夜にて襲われる』……という通念がルールとして働きます」


 普通に支えずに話が出来るのはSNSの良いところだよな。コレが実話なら三点リーダ全開になる。


「その人の通念がルール化し、鬼の行動を定める……と?」

「ええ。ですから昼間は大丈夫です」

「おきどき」


 了解のコメントを送ると、既読が付いた。


「兄さん?」

「んー?」

「誰とSNSを?」

「綾花。先回りして言えば、お前を心配していたらしいぞ」

「むぅ」


 コイツは綾花を恋敵か何かと勘違いしてるんじゃなかろうな?

 コメントしながらもロコモコは食べ終わり、食後の茶の時間。


「午後は何します?」

「何をするか?」

「ナニをしましょう!」

「勉強してろ」


 サラリと流す。下流へと。


「兄さんは意地悪です」

「責任感と使命感の同居する男だ」


 拗ねてみせるアリスは可愛かったが、さすがにな。遺伝子改良でもしなければどうにもこうにも。そこからかよって話だが、そうでもしなければ書類上で審査から弾かれる。生まれてくる子どもも可哀想だ。いや、アリスは「結婚せずに子どもを作らなければ良いんです!」ってしょっちゅう言ってくるけども。いいのかそれで。人間というか生命の根源に喧嘩を売るような思想だ。


「じゃあせめて一緒にお風呂でも……」

「何時もと変わらんな」

「刺激が欲しいのなら提供しますよ?」

「だから警察署に全裸で『ウラキ突貫します!』って突っ込め」


 別に実際にやられても止めはしない。


「ちなみに……その場合兄さんからの扱いは?」

「ドン引き」

「意味ないじゃないですかー!」

「朝刊に載るから、少しは刺激になるだろ」

「こんなに大きく育ったのに……」


 農家の野菜みたいな事言っているところ申し訳ないが、その双子山を押しつぶすな。こっちの理性にもたがはある。かなり頑丈には作られておりまして。


「本当に兄さんはエッチしたくないんですか?」

「アリス以外となら幾らでも」

「綾花……とか?」

「あれはちょっと。ジョークで済むレベルを超えている」


 いや、じゃあ「ジョークで抱かせてくれる女子が居るのか?」って議題を醸せば、多分「ナイン」が結論だろうけども。

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