第32話諦観の空気


 中間考査から解放されて、どこか学校ものんびりした空気が漂っていた。


「くあ」


 さすがに半日も学校に縛られれば欠伸も出るわけで、この午睡の感覚はどうにかならんかと……そうも思ってしまう。というか普通に眠い。カフェイン剤を飲むのは最後の手段。


「兄さん。帰りませんか?」


 何時もニコニコ。毎度のアリス。ついでに言えば、アリスにコナを掛ける連中は随分減った。もちろん根絶は難しいにしても、アリスが俺以外を十把一絡げに見るのは何時ものことで、それを男子生徒も分かったらしい。あるいは女子生徒もか。そもそも入学式の爆弾発言まで含めれば、全校生徒がドン引きしても不思議じゃない。しかも俺とアリスの仲を不用意にゴシップにしている連中まで出る始末。そんなことはしていなんだが、一々付き合うのも億劫だ。


「そろそろ暑くなってきたな」

「ですね。衣替えの季節です」

「薄着の季節か」

「兄さんったら……」


 やんやんと首を振るアリス。何を勘違いした? いや分かるんだが、この際ツッコむまい。色々とやぶ蛇になりそうで怖い。ある種、綾花に踏み込んだ以上だ。


「じゃ、帰りますか」

「ですね」


 朗らかに曖昧の笑う。幸せなお兄ちゃんだことで。これで何の異常も無ければ、何も悩む必要も無いかもしれない。そうだったらそもそもアリスが今此処に生きておらず。世の中は厄介に出来ている。別段助けたことには後悔も無いも。


「何か難しい顔をされていらっしゃいます……」


 鋭いね。お前。


「気分転換におっぱいでも揉みますか?」

「ふむ」


 フニフニ。おっぱいを揉む。


「いえ。兄さんのではなく私のモノを」

「校則違反になるからな」


 それだけは間違いない。自分の胸板をフニフニ。そこに、


「観柱さん!」

「却下」


 声が掛けられ、反応するまでコンマ五秒。


「まだ何も言ってねぇ!」

「どうせ色香に迷ったんですよね?」


 決めつけは早計だが、他に理由もあるまいな。声を掛けた男子生徒は狼狽えるように目を泳がせた。どうやら図星のようだ。


「そんなに兄貴が良いのか!」

「ブラコンですので」


 それをハッキリ言えるアリスこそ剛毅だ。普通はそうも「さもありなん」とは言えないところなんだけど。ま、たしかにブラコンではある。シスコンの俺に言えた話でないにしても。ところで要件を聞いていないんだが……それはいいのか?


「どうせくだらないことですよ。帰りましょう」

「舐めてんのかテメェ!」


 男子生徒がアリスに襲いかかる。


「はいそこまで」


 俺が割って入った。拳を手の平で受け止める。


「邪魔するな馬鹿兄貴!」

「お前に兄貴と呼ばれる筋合いはない」


 ミシィと拳が悲鳴を上げた。


「――――っ!」

「一応喧嘩強いぞ俺?」


 別に自慢にする気には為らないモノの。


「だったら徹底的にやってやる!」


 こちらを掴もうとする男子を足払いで転ばせる。


「ガ――っ!」


 倒れる男子に穏やかに声を掛ける。


「今ならまだ生徒指導には呼ばれないぞ?」

「殺す!」

「その言葉の意味を理解して使ってるなら大したモノだ」


 殺し殺されはうんざりだ。正直なところを語れば、人には死んで欲しくない。コレが俺にとってのアリスである……というだけのことだが。


「このシスコンが!」

「真以て大正解」


 一発殴られる。ただ問題は其処には無い。


「――――――――」

「はいそこまで」


 俺はアリスを抱きしめて金色の頭を撫でる。


「コイツは……コイツは……っ!」

「大丈夫だ。こんな奴の拳なんて痛くもないから」

「舐めてんのかテメェ!」


 三者三様に必死だった。

 アリスは俺を殴った男子が許せない。俺はそんなアリスを落ち着かせる。男子はそんな俺の対処に憤懣やるかたない。なにか小芝居にも見えてきた。


「――我ここに願い奉る――」


 アリスが魔力の入力の呪文を唱えた。マジックトリガー。そう呼ばれる儀式だ。


「やめぃ」


 本気で手刀を振り下ろす。無論抱きしめながら。


「何をするんですかぁ。兄さん……」

「魔法検閲官仮説」

「なるほど」


 それで納得するのもどうよ? いやまぁ事実、とっさのこととはいえ俺はアリスの魔術行使を止めたわけだけども。これが魔法検閲官仮説。


「それで? 生徒指導に報告するよ?」

「お前が! お前さえいなければ!」

「だからって暴力や否定で応じられてもね」


 皮肉を言うときはちょっと丁寧な言葉になる俺だった。別に付き合う必要も無けれど、「禍根を残すのもどうか?」との判断だ。殊更問題視はしないにしても、足を引っ張るのは蜘蛛の糸の如し。そこに絡み取られるのは悪手だろう。いや……ソレならソレでも良いんだけども、面倒は嫌いと言うだけで。


「とにかく!」


 一応沈静化したらしい。感嘆符はともあれ。


「私にとっての恋愛対象は兄さん以外におりませんので!」


 うーん。拗らせてるなぁ。いや、あの時から分かっていたことではあったけども。


「それで結局どうするの?」

「生徒指導の先生に出向いて貰いましょう」


 然程かね? とはいえアリスは俺の関係では妥協しないだろう。そこは長い付き合いなので分かっている。とはいえ、やりすぎと噂が立たなければ良いのだけど。普通にブラコンの度合いが酷い。


「ま、いいか」


 とりあえずは衆人環視も集めたことだし。こっちが殴られたのは確か。証人も存在する。であれば教師に任せて問題もなかろうぞ。


「じゃあ生徒指導室に行ってから帰ろうか」

「うにゃん」


 アリスは俺に抱きついてきた。おっぱいが腕に押し付けられる。フニュン。ムニュウ。その柔らかさは低反発ながら心地よい。ああ、コレはダメになる……。

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