第30話この妹にしてこの嫁あり


「おー……」


 渡り廊下の掲示板。五月も中頃の今日この頃。新入生のレッテルが段々薄くなっていき、在校生の自覚が強くなる。ついでにアリスの愚行も広まり、「観柱ヨハネ死すべし。慈悲はない」をスローガンに労組が立ち上がっているらしい。いや労組じゃないけども。


「兄さんは十九位ですか。あれだけ寝こけていながら」

「一位のお前には言われたくないんだが……」


 主席入学生の観柱アリスは、中間考査のランキングで一位を取っていた。前言の通り、俺は十九位。ま、進学校なので普通に成績優良者ではあるも、ブルーハーツ好きとしては、どこか少年の詩を想起する。名曲だ。にわかに集まっている生徒らの視線から逃げながら、俺たちは部活棟に避難した。


 ――魔術研究会。


 文字通り魔術を研究する部会だ。普通にアリスだけなら辿り着けない。人避けの結界が張られているのだ。俺には通用せんがな。はっはっは。で、アリスは対策として、俺の腕に抱きついて、俺を羅針盤としていた。多分目的は違って、大質量のビッグバンで俺の腕を包み込むことを良しとしたのだろう。だいたい中学時代でも破滅的だったので、これ以上が在ると誰が思えるよ?


「兄さんの今の心境をリポートします」

「そうですね。偏にちょっとエッチな妹を持てて、ご褒美だと思います」

「チャンネルヘブンからの実況でした~♪」


 ガチャリ。扉を閉める。


「何の寸劇……?」


 ルビーの瞳に乾杯。死袴綾花しばかまあやかがグリモワールを読んでいた。一応アンタッチャブルな人材に育ってしまったため――俺のせいか?――避難所が必要で、保健室と魔術研究会が宛がわれた。コーヒーを飲みたいときは保健室。お茶を飲みたいときは魔術研究会。綾花の方も俺の聖術――魔法の一種――である治癒に興味を持ったので、シャンシャンで入部が通った。そもそも最初は綾花一人だったのだ。で、ハーバルマジックで暗示を掛けて、無理矢理部室を借りて、結界を構築し、書類を揃えて一人研究会を発足。魔術師と云う人種を俺は綾花が初めてなのだが、こんな簡単に他人が操作できるなら、魔術の世界ってマフィアよりタチが悪くないか?


「緑茶しかないけど……」

「構わんよ」

「いまいち土地勘が働きませんね……」


 ――気のせいだとでも思ってください。


 ポツリと綾花は零した。なんでも禁足地的なルールで縛っているらしく、近付こうとするとタブーやゲッシュに類する誓約に悩まされるらしい。一番良いのは、自覚して尚不貞不貞しくあること……とは綾花の言。要するに「禁足地がなんぼのもんじゃい」と踏み荒らす心地が、結界の強度より勝れば普通に入れるらしい。アリスには無理なので、俺の腕にフニュンと抱きついて、無理矢理突破を敢行するしかない。それでも暗示は続くので、気を抜くといつの間にかいなくなったりする。南無三。


「ヨハネは……大丈夫なんですよね……。興味深いです……」

「治癒が暗示を打ち消してるのかね?」

「えと……多分ですけど……」


 他に作用もないしな。


「もともと神鳴市が霊地となると……」

「何か?」

「俺の産まれも因果なのかと」


 いわゆる鬼の一種ではなかろうか? 少し、そう思った。


「アークブラッドの血筋なら、まず以て親から魔法教養を受けているはずですけどねぇ……」

「アークブラッド?」

「聖術を血統で受け継いでいく一族です。希少ですけどいないわけではありません。まぁ聖術師自体が希少なんですけどね」


 アークへのリンクは魔術師にとって規格外とのこと。――さほどかね? 自分なりに治癒の聖術について考えるも、健康に生きられるくらいにしか思えない悲しさよ。後は助けられる命を拾うことが出来る事か。――あの時、たしかにアリスは死んでいた。そこから何を切っ掛けにしたのか……生き返ると呪詛持ちになった。なんだろうな。それから俺は傷の手当てはともあれ、死者を生き返らせることをしていない。アリス同様に呪詛持ちで生き返られると面倒だ。アリスのボインに手を突っ込むのはまぁ良しとしても、男の胸板に触れてまで平和を維持しようとは思わない。脱がれても困るしな。


「ところで兄さん。先の件ですけど」

「はいはい」

「…………?」


 首を傾げる綾花。涼やかな髪が揺れる。春爛漫。コイツもコイツで有り得ない美貌なんだよな。人避けのおまじないで周囲の意識から外れているのが勿体ない。素体としてなら、ある種アリスにも匹敵する。俺にだけは意識できるんだが、こっちは愛妹の世話で手一杯。


「告白されたんだよ」

「ああ……。アリスは可愛いですし……当然でしょう……」


 おまえもなー。ツッコミの疲弊はヨハネ抗議労組にでも保証して貰いましょ。




    *




「このシスコン!」

「あら。ご挨拶」


 たしかに妹の告白現場に保護者同伴ではシスコンの汚名も甘受せねばならない。汚名どころか普通に俺はシスコンなんだが。的を射ている発言なので、否定は能わず。


「無粋だって言ってんだよ!」

「分かった上で此処にいる俺もなんだかなぁ」


 空き教室の、夕日の赤。心臓ドキドキのバクバクで迎えた愛する少女への告白現場。俺は完全に異物だ。こうなると綾花に人避けのおまじないを貰った方がよかろうか。聖術は治癒一辺倒なので、その辺の融通が利かないのもアークの御業とのことらしいし。そういう綾花もパワーイメージは火炎なので、魔術結社から技術提供を受けて、色々便利に使い倒しているらしい。ちょっと裏山。


「ぶん殴るぞ!」

「停学になりたいならどうぞご随意に」


 証人が愛すべき人……というのもメロドラマ。


「兄さんは悪くありません。一緒に来るようコッチから頼みました。文句が在るなら私が受け止めて見せます。さあ!」

「いや観柱さんに文句はないけど……空気とかアレとか……」


 俺の嫁宣言を入学式でぶちかました重度のブラコン妹相手に告白する十把一絡げは空気を読めていると言えるのか? 中々意義深いテーゼである。


「で? 要件は? 好きなんですか? それともおっぱい揉みたいんですか?」

「おっぱい揉みたいです!」


 挙手して主張する俺。


「お前が言うのかよ!?」


 男子生徒のご尤もな意見。本人は、アリスの魅力に惹かれたとのこと。金髪とか碧眼とか優しさとか真面目さとか。


「嫁になら幾らでも。あ、くわえてもいいですよ? ミルクが出ないのが残念ですけど、さすがに兄妹で避妊しないわけには……」

「聞け!」


 無茶言うな。暴走特急がブレーキ掛けて即時止まるなら電車事故なんか起きんわ。


「兄さんは私の嫁で大好きな人なので」




 ――チュ。




 唇に唇が重ねられた。


「諦めてください」

「ていうか入学式からコレまで色んな奴の告白を邪魔してきたが、お前らアリスへの告白にマニュアルでも作ってんのか? やれ髪が綺麗だの、やれ品行方正だの、やれ一目惚れだの、やれ真面目そうで素敵だの。聞き飽きたぞ」


 なんか就活やアイドルの面接試験も、結構業界内で似通った発言に偏るらしい。アリスへの想いを論文にすると、多分同じ論じ方に収束するはずだ。


「仮に兄さんならなんて告白します?」

「挟んでください!」

「よし。じゃあ社会の窓をフルオープンアタック!」

「スティッキーフィンガー! ……ってあぶねぇ! ノリでバベルの塔が建設されるところだった」


 戦慄に値する。


「もういいっす」


 アリスへの憧れも壊れたらしい。


「そうやって少年は大人に成っていくんだな」


 とぼとぼと空き教室からゾンビのような足取りで去って行く少年を、俺は見送った。


「兄さんも?」

「んー。俺の治癒が老化にも効くかどうかが境目だな」

「ははー」

「納得したように俺のチャックを下げようとすうるな。本気で訴えるぞ」

「勝てます?」


 ぐ……。

 こういうとき女の子はズルいよなぁ。

 この妹にして、この嫁あり。

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