第29話秘密の処置


「というわけで失礼します」

「君たちも飽きないね」


 養護教諭の仰るとおり。飽きない。あるいは懲りない。けれど仕方ない。呪詛は放っておけば辺りに因果のねじれを吐き散らす。


「ではベッドを借ります」


 シャッとカーテンで隔絶する。


「兄さん……」

「ほら。胸元を開け」

「はい。兄さんになら……」


 ブレザーを脱いで、ネクタイを外し、シャツのボタンを外して、胸元を開く。その破滅性たるやオメガフレア。また一段と育ったアリスの乳房でした。


「兄さん?」

「いや、何でも無い。精神的な疲労だ。気にするな」

「幾らでも揉んで良いですからね?」

「要熟考だな。それじゃ手っ取り早く済ませるぞ」


 俺はおっぱいの谷間に手を添える。ソナー代わりに能力を発動。呪いを見る。呪詛が溜まっていた。自身に移して浄化する。正確には治癒する。呪いの伝搬は意図せざる縁に通ずる。おそらくアリスも苦しいはずだ。なので取り除くのは兄の役目。


「は……ん……にい……さっ……!」


 発情するなと言いたいところだが、これはもうしょうがない。何せ乙女のハートに触れているのだから。重たい呪いを取り除く。


「はん……んぃ……ぃさん……」


 何も聞こえないフリをする。あらかた浄化し終えて、ふ、と吐息をつくと、


「兄さん!」


 辛抱溜まらんとアリスが俺を引き寄せた。寝そべっていたアリスの腕が伸び上がり、俺の頭部を掴むと引きずり込む。


「ん……ぁ……兄さん……兄さん……っ!」

「……………………」


 所謂一つのディープキス。アリスの唾液がこちらに注がれて、俺の舌がアリスの舌で絡め取られる。クチュ。クチャ。唾液の跳ねる音がする。


「兄さん……兄さん……好きぃ……っ!」


 クチュ。クチャ。ピチャ。


 唾液の交換が続く。俺はそのキスから、舌を逸らした。口の端を舐め、頬を通り、耳元を舐める。


「はぅ……兄さん……っ!」


 クチャリ。音がした。アリスの耳を舐める。丁寧に。丁寧に。


「ぁん……はっ……」


 感じ入るように大人しくなるアリスだった。ちょっとエッチな我が家の妹は、攻められると弱い(あくまで俺限定)。ピチャピチャと音を立てながらアリスの耳を舐める。


「兄さん……兄さん……もう……っ!」

「はい此処まで」

「何故ですかーっ!?」


 絶叫が響き渡った。気持ちは分かる。俺だって続きはしたい。だがさすがに其処まではやりすぎだ。普通に俺らも停学処分を喰らうだろう。


「生殺しですか!」

「発散したいなら自分だけで完結しろ」


 クイとサムズアップの要領で親指を立て、保健室の扉を指し示す。すぐ近くにはトイレがある。普通に普通な生理現象。


「兄さんの馬鹿ーっ!」


 叫ぶだけ叫んで、アリスは服の乱れもそのままに保健室を出て行った。


「青春だなぁ」

「いいの? 放っておいて」

「どうせ何も出来ませんよ」


 あくまで俺が。結局アリスの愛に応えられないのだから、どう取り繕っても言い訳にしかならんよな。


「観柱くんがいいならいいんだけど。コーヒー飲むかい?」

「いただきます」


 ミルクと砂糖ありありで。


「いや、思春期の学生に言うのも今更なんだけどさ。自重は覚えてね?」

「そのつもりですけど」

「要するにバレないようにやれってことなんだけど」


 それもどうよ?


「俺とアリスは兄妹ですよ?」

「けど観柱さんの気持ちは本物ね。あれは違えようがない」


 ――入学式のことだろうか? たしかにインパクト強かったが。


「なんかもうアンタッチャブルになってない?」

「もともと人に好かれるタチじゃ有りませんし」

「告白は受けてるんでしょ?」

「受けてはいません。拒絶しているだけです」


 それは俺にとっての現実だった。解釈は色々あれど。


「でも好かれてるじゃん」

「真実の時間ですな」

「性根は目に見ないしね」

「問題は其処ですよ。愛して欲しいって心が見えないんですよねぇ」


 別に見えても応えられるかは別問題だとしても。


「人生色々よ。男や女だってね」

「養護教諭も?」

「ま、色々ね」


 ブラックのコーヒーを飲みながら、淡々と言ってのける。


「観柱さんは何故君にそんなに夢中なんだい?」

「顔が良いからじゃないっすか?」

「コーヒーより苦いね……君は……」


 ――ま、その評価は嫌いじゃない。


「親父がよく言うんですよ。俺の取り柄は顔だけだって」

「残酷と思うかい?」

「然程でも。実際にそんな側面は有りますし」


 コーヒーを一口。アリスが俺に惚れたのは命の恩人への代価だ。そこまでは養護教諭に話せないも、そこから産まれた呪詛は、たしかにアリスを蝕んで。だから俺は何があってもアリスから距離を置けない。俺が処置しないと取り返しのつかないことになる。周りが不幸になる程度は軽く受け止められるが、呪詛はアリスの心身も蝕む。その結果、鬼にでもなられたら、さすがに笑えないだろう。実際に笑えない。


「はぁ」

「大きい溜め息ね」

「色々と思うところが有りまして」


 本当に……色々と……。人生も男女も色々と……。


「酷く理性的ね。普通ならあんなボインの誘惑に勝てるなんてありえないんだけど」

「養護教諭より大きいですしね」

「悲しいけど事実よねソレ」


 ブレザーでも隠しきれない大きさだ。南無八幡大菩薩。


「ちゃんとお兄ちゃんしてるのね」

「虚しいことながら」

「いいじゃない可愛い妹がいて」

「可愛いのはまず間違いなく可愛いんですけど」


 祖母マリアを思わせる美貌だしね。クォータか。俺も金髪に産んでくれよ……とと様かか様。と言っても遺伝子弄くられても困るだけではあるが。


「で、結局手を出していないの?」

「天地神明に誓って」

「つまらないわね」

「受けを取るためだけに抱かれても妹は納得しませんよ」

「そーかなー?」


 実は俺も自分ですら説得できない言葉ではあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る