第28話勇者


「というわけでモールにやってきたんですけど」


 どこのリポーターだと突っ込みたくなる言葉ではあったが、事実を間違えていないのは認める。清楚で楚々としたワンピース。狙ったように華やかだが、そもそも欧人のアリスからして華やかだ。とても衣服が勝てるレベルではない。


「まずは下着ですね。それから水着」


 アリスの進化の留まるところの知らなさよ。一緒に風呂に入るに当たって、俺は水着着用を義務づけた。そうでもなければこっちの理性が大崩壊。決壊したダムはアリス村を襲うだろう。


「バッチコイです!」


 お前ならそう云うよな。南無三。


「ていうかマジで下着に困ってるんですよ」


 そりゃそんだけ大きくなれば。頭なんか良くなくていい。立派に育ってくれれば。この場合の立派が何に依存するかはノーコメントで。実際に頭も良いしな。進学校の洞穴高校に首席入学だ。もうちょっとしたら中間テストも始まるが、まぁ心配のし甲斐もない……が俺のアリスに対する論評だ。


「大きいブラって選び甲斐が無くて」

「嫌味にしか聞こえんぞ」

「ふぅむ」


 フニフニと自身の胸を揉まれるアリス。


「兄さんの好きな色は?」

「下着なら桜色」

「ではその通りに!」


 ランジェリーショップに突撃するのでした。お労しや。


「あれ? 観柱じゃね?」


 ふいに。声を掛けられた。男子が二人。髪を染めてピアスをしている。俺の事を知っているとなると……在校生か?


「こんなとこで何してんだ」

「デート」

「観柱さんと?」


 他に選択肢が無いのも困りもの。なわけで俺は言う。


「よくわかったな」

「お前さぁ」


 はぁ。と盛大に溜め息をつかれた。何かしたか? 俺?


「観柱さんを解放してやれや。いつまでもシスコンじゃいられないだろ?」

「そこら辺は本人の裁量次第だろ」

「もしかして調子くれちゃってる? マジ有り得ないんだが」

「俺が不愉快だってんなら、この場を離れろ。ついでに言えばアリスは俺の敵の敵だぞ」

「そういうところだよな」


 男子が拳を振り上げた。殴りつけられる。口を切った。


「っ」


 ペッと唾液混じりの血を吐き捨てる。さらに殴られる。殴られる。殴られる。


「観柱くんよ~? ちょーっと調子に乗っちゃってるな?」

「教育してやるよ。思想教育って奴? ブハハ!」


 倒れ込むと今度はサッカーボールキックが襲った。辺りは騒然としているのに、二人の男子は気付いていないらしい。


「なぁ。妹離れしろよ?」

「断る」


 サッカーボールキック。


「なーんて言ったかな? 僕チン聞こえなくてさぁ」

「断るって言ったんだよ」


 サッカーボールキック。


「ゲホッ」


 呼気が逆流する。あー。めんどくせ。


「ボールは友達って言うもんな」

「あはは。お前そのネタ古いぜ」

「そうだ。友情の証に金貸してくれよ! 何時か返すからさ~」


 サッカーボールキックを何度も打ち付けながら、そんな頭の湧いた発言をする男子二人。まったく厄介事は鬼より人の方がタチが悪い。


「何をしている!」


 そこで漸く警備員たちが駆けつけた。倒れ伏して蹴りを受ける少年と、少年を蹴り続ける男子二人。普通に警察沙汰だった。男子二人は気付いていなかったが、スマホで動画も撮られている。SNSで大いに拡散された。ネット社会の恐ろしさよ。当然苦情が殺到。ジャーナリズムの皆様方は、洞穴高校の生徒同士の諍いとみるや、学校に突撃。加害者の処置の那辺を校長に問うた。


 ――退学。


 まぁ処置としては順当だ。衆目の中で暴行罪。恐喝罪。普通に考えて社会派には辛いところ。アリスは烈火の如く怒っていたが、何とかなだめすかした。


「兄さんを暴行したんです。万死に値します」


 ぎらついた碧眼が余計怖い。


「大丈夫大丈夫。落ち着け」


 アリスを背中から抱きしめて、金色の髪を撫でた。スラリとしていて全く引っかかることがない。努力の証だ。


「兄さんはそれで良いんですか?」

「治癒は自分にも効くしなぁ」


 幾ら暴行を受けようと、普通に治せる。今回は対外的な問題があったため、自然治癒に任せたが……普通なら『そもそも傷ついてすらいない』のだ。


「兄さんの馬鹿……」


 拗ねてみせるアリスでした。


「可愛いけど騙されないぞ」

「可愛いなら騙されてください」

「却下」


 ナデナデ。


「とりあえずいつも通りにやろう。アリスは俺に惚れてれば良いから」

「兄さんは私の嫁ですよ?」

「知ってる。否定はしない」

「ではブライダルショップで」


 不可能なことは先刻承知だろうが。


「ウェディングドレスプレイ」

「却下」

「ウェディング奴隷プレイ」

「却下どころか性犯罪だソレ」


 いったい何を参考にした?


「むー! 奴隷妻って言う制度がとある同人業界には――」


 それ以上、語らんでくれ。


「いや。もはやどうフォローすべきかも分からんよ」

「兄さんのヘタレ……」

「条例違反を恐ろしく思えないお前が勇者なだけだ」


 別に童貞であること肯定もしがたいが、まず以て妹を抱くのはどうよ? 一緒に風呂に入ったり一緒に寝たりはしているけども。いや、まぁ役得と捉えている自分も居るがな? それにしたってアリスの決断は勇者以外の何者でも無い。


「もうすぐ中間考査か」

「なんだか私たちアンタッチャブルになりましたね」


 まぁな。元々の入学式俺の嫁宣言から始まって。普通に妹の告白現場に保護者同席。仲睦まじく何時も一緒。大好きと言われすぎて、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなレベル。もちろんアリスがヨハネにベタ惚れなのは男女問わず理解しており、辟易気味な印象でもあった。……良く考えなくとも俺らが悪いんだが。


「にしても、私の心臓に溜まる呪詛も魔術の影響なのでしょうか?」

「不条理……の意味でならそうかもな」


 因果に干渉できるなら。少しそう思った。

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