第21話晴れた日のお散歩


「てなわけで綾花の家に行くぞ」

「構いませんけど。徒歩で?」

「まぁ急ぐこともなかろうな」


 ほにゃららら。教えて貰った住所をスマホで検索。都市中央付近に死袴綾花のご尊宅はあった。うーむ。一等地。俺の家は人のことを言えないにしても。


「交通の便で言えば中々有利な土地だよな」

「ですね~」


 アリスも頷いた。そして、「準備してきますね」と部屋に籠もる。俺も外着に着替えた。春らしい色のジャケットとダメージジーンズ。シャツはプリントもので、アニメチックなカエルが描かれている。俺の好きな生物だ。ヤドクガエルが至高。


「兄さん!」


 バーンと開け放たれる扉。「何か?」首を傾げる。ネックレスを付けながら。


「むぅ。着替え中だと思ったのに」


 其処を狙って現われるお前もどーよ? ツッコみゃしないんだが。


「まぁそれはともあれ可愛いな」

「あはぁ」


 蕩けるアリス。ハワイ土産のマカダミアナッツチョコより溶けやすい一品です。ていうか日本に持って帰っても何故か溶けないよな、アレ。


「兄さんも格好良いですよ?」

「お前のコーディネートなんだから当たり前だろ」


 この辺のお洒落の意識の高さは、才能ではなく努力の結果だ。ソレも血の滲むような。コーディネートを勉強し、色合いの相性を勉強し、流行を早い段階で取得し、自分と俺とを飾る手法。まさに白鳥の水かき。ソレを知らずに、「観柱アリスは可愛い」とは男子も結構勝手な物だ。俺の場合は人に言えないが。


「アリスのワンピースも軽快で良い感じだ」

「ちょっと狙いすぎですけどね。都会は歩けませんけど、普通にお散歩程度ならこのくらいの方が印象深くて良いかと」


 なるほどな。


「では兄さん」


 パチンと音がする。何かを締める音だ。カチャッと金属音。


「えーと……」


 愛妹の首元を見る。首輪がつけられていた。それもネックレスとかそんなんじゃなくて、普通にペット用の。リードもキッチリ付いている。


「何かなアリス」

「はい。リードを握ってください」

「何故に?」

「お散歩するのでしょう?」


 お散歩ね……。


「却下」

「何故です! お散歩でしょう? 調教でしょう? 私に恥辱の地獄を見せてくれるのでは? くっころでは?」

「お前様の破綻具合は……まぁ今更としても、職質に会いたくない」


 それも一つの事実。こんな天下の往来を、美少女に首輪をつけてリード握って引っ張っていたら、警察からニューナンブを突き付けられる。職質だけなら良いが、普通に内申点はハチャメチャだ。それと知らぬアリスでもあるまいに。


「えー……」


 すっごい不満そう。「この時のために買ったのですのに……」と未練がましい独りごちまでする始末。いや、俺だってそう云うシチュエーションは大好きなんだが、あくまで画面の向こう側。リアルでやる勇気はない。人はソレを蛮勇と呼ぶ。


「なので、普通に歩くぞ」

「リードを握らないのなら、せめて手を繋いでください」

「先にソレを言え」


 アリスが可愛い兄貴としてはご褒美も良いところだ。甘いのは自覚しているんだが。


「えへー。じゃあそうしましょう」


 そんなわけで、二人揃って家を出た。施錠もしっかり。


「春のうららの~」


 御機嫌に歩いているのは愛妹アリスだ。俺の手に自分の手を繋いでいる。それだけではなく、指を絡ませていた。恋人つなぎ……と呼ばれるソレだ。


「「「「「――――――――」」」」」


 衆目は皆振り返る。男女を問わず。アリスの奇蹟のような美貌に。インドでとれるゴールドシルクを想起させる黄金の髪。エメラルドより色味の強い碧眼。日本では珍しい欧人の特徴に加えて、なおソレらを従えさせる御尊貌の誂え方よ。ミケランジェロが創作したと言われても信じられそうな美貌は、ある意味で神懸かりの域に達している。


 そして毎度のおっぱいだ。薄手のワンピースと俺と恋人つなぎをしているテンションで、ブルンブルンと跳ねている。俺ですら目に毒なのに、すれ違い人間にとっては妖魔に襲われるも同然だ。


「良い天気ですね~」

「晴れて良かったな」

「兄さんとお出かけです。休憩するときはもちろん、休憩の出来る場所で」


 いや、そこはシャレになっていないから。もちろん公園のベンチを差しているのだろう。休憩するためだけにお金を払う場所じゃないよな? ……多分。


「結局、態勢は変わらず……か……。呪詛の方は大丈夫か? そのテンションを見ればだいたい把握も出来るも」

「ええ。凪ですよ~。兄さんのおかげです。報償に観柱アリスの肉体を下賜しましょう」

「他の奴に言え」


 欠伸をしながら述べるも、「では」とアリスの反論。


「本当に言って良いんですか?」

「いやダメが」

「だから兄さん大好きです! えへぁ……。ホント好き……有り得なくらい好き……」


 蕩けたような表情は……まぁ何時ものこととしても、蠱惑までが笑みに乗っていた。アヘ顔とまでは言わない物の、何処か恍惚とした色はすれ違う人間を情欲に導く。


 アベックの男性がアリスに見とれ、女性に足を踏まれる光景まであった。それほどアリスの華やかさが人外の領域の証拠だ。


「兄さんの格好良さも引けを取りませんけどね」

「曰く顔だけが取り柄だからな」

「兄さんだって努力すれば私のレベルには達し得るでしょう?」

「才能と努力の同居は、ある意味でソレ自体が才能だからな。俺には努力をする才能が無い。その点を鑑みて、俺はアリスに遠く及ばないんだよ」


 結局そん感じだ。だいたい養われている身で、養ってる側のアリスに強くは言えない。


「じゃあご褒美に抱いてください」

「ムギュ」


 抱いた。真正面から。堂々と。


「はぅあ!? 兄さん!?」

「アリスのおっぱいは柔らかいな。フニョンフニョンでプニプニだ」


 今、俺の胸板にはアリスのおっぱいが押し付けられている。正面から抱きしめたのだ。当然だろう。それにしても、愛らしく初心な反応は、肉体の売れ具合と負の比例。


「可愛いな。アリスは」

「ヨハネ兄さんだって格好良すぎますよ」

「両想い……か」

「大好きです。兄さん」


 ギュッと抱きしめる。よし。愛妹パワーは受電完了。それじゃ綾花の家に行くか。


「その前に休憩しませんか? ホテルとかで」

「絶対いや」

「兄さ~ん」


 俺にそういう期待をするな。少なくとも責任の取れない行動をするつもりは無いし、責任の帰結する結果を生みだすことを俺はしない。一緒にお風呂入るのは在りかって? 妹とお風呂に入るのは兄の特権だ。


「キリエ・エレイソン」

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