第20話日曜の朝


「ん……くちゃ……くちゃ……」


 唾液の跳ねる音がする。何か……と思うより先に意識を取り戻す。アリスがキスをしていた。それもディープでフレンチな奴。こちらの唾液を舐め取り、嚥下する妹。


「はいそこまで」


 グイとアリスの頭部を押しやる。


「あん。兄さんは不条理です」


 その様に思って貰えて恐縮だ。それにしても、何故に朝から妹とディープキスをしているんだ……俺は? シスコンなのは俺も自認するところだが、それにしたって今のはない。いや別にいやだってワケでもないし、アリスの唇は柔らかいし、唾液は蜜の味がするし、控えめに言って最高なんだが、ソレとコレとは話が違う。


「アリスは俺が好きすぎる」

「兄さんあってのアリスですので。それはしょうがないことかと」

「本気で俺と恋するつもりか?」

「ええ。何か?」


 本当に……素朴にアリスは首を傾げた。其処に潜む魔物は見えていないらしい。深淵を覗きながら、なお深淵に覗かれない希代の天才。それがアリスだ。


「よくわかった」

「お付き合いしてくださるので?」

「そこはさすがに。単にお前の意識が何処に向いているかを確認しただけだ。それにしてもブラコニズムも良いところだが……まぁそれでこそ俺の愛妹だよな」


 可愛いんだけど懐かれると困ってしまう感じ。


「兄さんの妹で恋人です。兄さんは私の嫁」

「はいはい。それで?」

「朝食の準備が整いました。ダイニングに下りてくださると」

「へぇへ」


 そして朝食になる。土曜の夕餉に続いてカレーだ。一晩寝かせた。


「ん。美味いな」

「光栄です!」

「努力の甲斐があるよなぁ。本当にうちの妹は天才にあぐらをかかない努力家だ」

「兄さんは人のことを言えませんけどね」

「俺は努力をしていないぞ?」


 天才でもないし。


「勉強もせずに洞穴高校に入学するんですもの」

「主席はお前だろ」

「ですからそれは努力の結果。兄さんは、努力もせずに上の下の結果をアウトプットする鬼才ですよ」


 その考えはなかった。ま、たしかに人より要領が良くもあるが。別に勉強が出来て困ることも無いしな。ほどほどに結果が出せるなら、それ以上の努力をしようとも思わない。


「ですから兄さんは凄いんです」

「褒め言葉として受け取ろう。それで今日は暇あるか?」

「兄さんのために使う所存です」

「それなら問題ないか」


 茶を飲んでホッと吐息。


「何か予定でも? 私とデートしてくださるのですか? それなら最近買ったワンピースが火を噴きますよ?」

「火を噴くのは良いんだが、この場合はシャレになっていない」


 本当に火を噴く魔術師がいる物で。死袴綾花しばかまあやか。火鬼を具現する辺りで既に人外の領域だ。将棋の駒のモチーフにしているのだろう。


「アリスは俺が好きか?」

「大好きです! むしろ愛しています! 抱かれても後悔しません。むしろ至福です。なにより世紀の恋愛です!」


 そこはまぁ突っ込むまい。アリスの思念的暴想には慣れている。


「それで脱げば良いんですか?」


 そこに着地するからタチが悪いよな。観柱アリスって。いやまぁ愛されている証拠ではあれども……なんかこう乙女の恥じらいというか。そんな性教育的に。何処で誤った?


「アリスのおっぱいを見ると意識のブレーカーが落ちるからダメ」

「鼻血も喀血しますね」


 そんなことになっていたのか。


「でも女体に慣れて貰わないと、兄さんは私を抱けませんよ?」

「そのバインボインのおっぱいをどうにかしろ」

「ブラも新しく買い直さないといけませんし……」


 どこまで育つ気だ……。もはや巨乳を超えて爆乳の域に達しつつある愛妹でした。


 閑話休題。


「とりま、今日は綾花のところに行くぞ」

「綾花ですか? 死袴綾花?」

「その綾花だ」

「なんか思い出せないんですけどクラスメイトですよね?」


 人避けのおまじないは効いているらしい。


「てい」


 アリスの胸元に手をやる。正確にはボインボインの谷間だ。


「えい」


 ソレを予期したのか。アリスは両手を両胸に添えて、グイと胸元にある俺の手を挟んだ。


「ジョークで済む内に止めてくれないか?」

「兄さんになら揉みしだかれても構いません」

「そう云うよな」


 今更ではある。


「そこまで有り難がられても困惑するだけなんだが……」

「兄さん有りきでアリス有りきです。ヨハネ兄さん以外に私はこの肢体を許しません」


 その覚悟をもうちょっと別ベクトルに向かわせられんか? いやまぁアリスが俺に惚れるのも、致し方なしな面はあるものの。治癒の超能力。その本質を俺はまだ知らない。別段知ってどうなるものでも無いだろうけど、なんとなく「人外だよね」ってだけ。


「で、私のおっぱいの感想は」

「押し倒したい」

「光栄です!」


 ジョークなんだが。エメラルドの瞳には灼熱の性欲が見て取れた。


「トイレに行って発散しろ。冷静になったら話を聞いてやる」

「それでは賢者タイムが邪魔しますよぅ」

「ふぅ……」

「え? もしかして賢者タイム?」


 いや冗談なんだが、そこまで青ざめんでも……。


「いや、カレーが美味しいだけ」

「私のおっぱいだって美味しいはずです」

「くわえられるものならくわえたいさ! アリスの爆乳なら尚更!」

「ではお好きにどうぞ! 私の全ては兄さんの物です!」

「とまぁ暴想する危険があるので、既に処理しているわけだが」


 ノーベルのダイナマイトにも匹敵する。


「私が飲んでも良いんですよ?」

「そこは考えていなかった」

「クチュクチュって口に含んでも良いですし」


 何がってナニが。


「あんまり頭の悪いことを口にするな」

「兄さんは意地悪です」

「アリスがドスケベなだけだ」


 俺じゃなかったら既に襲われている。我ながら自分の精神立脚が誇らしいような嘆かわしいような。多分アリスがお嫁に行ったら夫を一発殴らせろと「兄貴の一番長い日」程度は思うにしても。


「だったら私の肉欲を兄さんは責任持って解放すべきですよぅ」

「生憎と、愛妹に手を出せる思春期男子でも無いしな」

「ヘタレ~」

「何とでも言え」


 己の性欲を押さえ込むだけでも疲労するのに、加えてアリスの淫靡な誘惑とくれば、放っておいたら修羅道にも匹敵する。ぶっちゃけ呪詛関連も其処に加味できた。


「というか綾花は大丈夫なんだろうな?」


 そこが少し不安でもあった。アレはアレでソシャゲ以外にスマホを使っていなさそうな御仁である。人避けのおまじないもしかり。友達のいないぼっち……というのが俺の印象の確たるところ。あながち間違ってもいないことに涙が出るも。

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