第13話夜間でのこと


「それじゃ出かけてくる」

「ええ。いってらっしゃい」


 ヒラヒラと肩の高さで手を振るアリスだった。


 夕餉は雑炊。美味しかった。アリスの努力が見て取れる。ダシも逸品。素材選びも一流。ついで調理も一級。身体も温まり、満足の御様子。俺の胃はポカポカに満たされていた。こういう健気な努力が俺は嫌いじゃない。むしろ積極的に好きだ。


「モナカで良いんだよな?」

「ええ。お願いします」


 俺は近場のコンビニに、買い物に出かけるところだった。アイスが食べたい。そんなわけでこんなわけ。普通に考えて特に意味は無い。


 月夜を一人で歩く。春といえど夜はまだ冷えた。コートを着て、歩いていると、ヒュッと体感気温が下がった。ああ……やはし……。


「――――――――」


 獣にも似た唸り声。知性を感じさせないその唸りに、嘆息を吐いた。頭の頭痛が痛い。だがまぁ色々と不条理は互いのことで、コッチもコッチでこうなることは予期していた。アリスの呪詛も影響しているのだろう。一応受け持っているのが俺だからな。


「――――――――」


 現われたのは赤鬼。皮膚のない赤い筋肉を露出し、人一人は十秒で撲殺できそうなマッスルなスタイル。あまり趣味じゃないんだが……中には筋肉に美を求める人種も居ると聞く。俺はそうじゃないんだが、それよりもまず懸念すべき事がある。逃げるかどうか。逃がしてくれるかどうか。結界の反転も視野に入れて……、


「逃げて……ください……!」


 ソレより先に忠告が入った。桜の意匠窮めて風をなし――な羽織を纏っている。シルクのような白い髪にルビーを想起させる赤い瞳。アルビノ。それを俺は知っている。


死袴綾花しばかまあやか……っ!」

「知っているので……?」

「実は少し」


 肩をすくめる。


「――――――――」


 その間にも赤鬼はこちらに襲いかかる。


「――我ここに願い奉る――」


 呪文を唱える死袴さん。


「――火鬼――」


 召喚呪文だろうか? あるいは使い魔? なんにせよ鬼が現われた。火鬼。火を纏った鬼だ。体躯は赤鬼と同程度。


「――――――――」


 不吉をもたらす不気味な咆吼。赤鬼と火鬼が激突する。ジュウと焼ける音がした。火鬼の火炎が直接的に触れ合った赤鬼を灼く。


「――――――――」

「――――――――」


 鬼同士の咆吼。


「うーん。この街はいつからサンダ対ガイラに?」


 化け物同士の戦い。普通に考えて「有り得ない」と言い切れる。


「驚かれないんですね……」

「まぁねぇ」


 異常さで言えば、俺もまぁ他人事ではない。むしろ積極的に自分事だ。おそらく此度の鬼も呪詛の影響だろう。其処を察せない俺ではなかった。


「もしかして……魔術師ですか……?」

「然程でもないかな」


 超能力者が一番近いだろう。ここで詳らかに説明する義理もないにしても。


「――――――――」

「――――――――」


 怪獣大決戦も終わりに近付いていた。火鬼が赤鬼を押しているのだ。そりゃ普通に考えれば膂力で火は消せない。火炎が有利は確かにあった。


「――我ここに願い奉る――」


 さらに呪文。


「――火尖槍――」

「ナタクの!?」


 火を穿ちし、宝貝。火炎が迸った。灼熱が鬼を襲う。火鬼は普通に受け入れた。だが赤鬼の方は苦悶に咆声を上げる。


「――――――――」


 それは不吉の全てを纏っていた。それだけで人を呪えそうな程。だが火炎の威力足るや伝説にも劣らず。灼熱は鬼を灰燼へと変質せしめた。


「う、わーお」


 俺としては驚くより他に無し。


「貴方……?」

「はいはい」

「――ここで見たことは……忘れてください……」

「はあ」


 そう仰るなら。元よりアイス買いに行ってただけだしな。香油とハーブの匂いがした。おそらく暗示の一種なのだろう。魔術師とか神秘の秘匿とか言ってたしな。


「では失礼をば……」


 パチンとフィンガースナップ。俺は結界から締め出された。


「魔術師……ね」


 そういうものもあるのか。なんとなくそんな感じ。


 コンビニでアイスの果実とモナカを買う。


「それにしても鬼に会うな。いや今に始まった事じゃないが……」


 アイスの果実を食べながら、帰路につく。


「そういうのを排除する連中が居るってワケか? それにしては唐突すぎる気もするが……まぁ単純に巡り合わせの問題か。中学はちょっと私立に通っていたわけだし」


 高校で公共に切り替えたわけだが。アイスの果実をハムリ。神鳴市も物騒らしい。もちろんアリスほどでは無いにしても。ていうかアレは一種の中性子爆弾だ。都市全容を滅ぼしかねない特異点。


「それにしても」


 魔術か。――少し話を聞くべきだろうか? そんなことを思う。俺は自分の治癒能力について明快な回答を持っていない。能力そのものは把握しても、「辞書に載せるならどんな言葉が必要か」までは悟りきっていないのだ。その意味でも死袴さんは有益かも知れなかった。火尖槍とか使ってたし。ナタクの持つ宝貝。灼熱を宿す槍。なるほど魔術の多様性を見せつけられた気分だ。


「ていうか美少女だよなぁ」


 アルビノは目立つはずなんだが、アリスと違って死袴さんは目立っていない。


「何かしら人避けの魔術でも使っているのか?」


 実は正鵠を射ていたが、今の俺にソレを知る由もなし。自宅に着く。


「お帰りなさい兄さん」


 ニコニコ笑顔のアリス。パジャマ姿でボインと揺れる乳房。うーむ。これも魔法だ。


「はい。モナカ」

「ありがとうございます!」


 いえいえ。


「道中何もありませんでしたか?」

「鬼に襲われた」

「あ……私のせいで……?」


 青ざめる愛妹。毎度この調子なら俺の心労も減るだろうに。


「そんな処は愛らしいが、責任を背負うな。俺の問題だ」

「兄さんは優しすぎます」

「アリスが俺に優しい程度にはな」

「好きです! 抱いてください!」

「謹んでごめんなさい」


 まぁそういうオチに持っていくよな……我が妹様は。

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